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大人の「現代文」99……『こころ』Kの死について

Kの自殺2

 

前回の続きです。
Kの死を目撃したとき、真っ先に先生の脳裡に浮かんだことに注目しましょう。再掲しますね。

    「私はまたああしまったと思いました。もう取り返しがつかないと
     いう黒い光
が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全
     生涯をもの凄く照らしました。そうして私はがたがた震え出した
     のです。

 先生はなぜ「ああしまった」「もう取り返しがつかない」と思ったのでしょうか?ごく普通に解釈するなら「Kはお嬢さんとの結婚の道を絶たれ、絶望のあまり死んでしまった」そしてそう思わせたのは「自分がKを出し抜いてお嬢さんとの婚約を決めてしまったからだ」、すなわち自分の出し抜き婚約がKを絶望死に追いやったのだ、ということになるのでしょうが、ホントにそうなんでしょうか?

 確かにそういう理解もあり得るでしょう。自分がKにつらい思いをさせた自責の念を先生が意識していることは間違いないからです。実際、その場所に残された先生宛の手紙に目を通した時の心境を先生はこのように語っています。上掲の引用の次のくだりです。やや長くなりますが引用します。

     それでも私はついにを忘れることができませんでした。私はす
     ぐ机の上に置いてある手紙に目をつけました。それは予期通り私
     の名宛になっていました。私は夢中で封を切りました。しかし中
     には私の予期したようなことはなんにも書いてありませんでし
     た。私は私にとってどんなにつらい文句がその中に書き連ねてあ
     るだろうと予期したのです。
そうして、もしそれが奥さんやお嬢
     さんの目に触れたら、どんなに軽蔑されたかもしれないという恐
     怖があったのです。私は目を通しただけで、まず助かったと思い
     ました。(もとより世間体の上だけで助かったのですが、その世
     間体がこの場合、私にとって非常な重大事件に見えたのです)
      手紙の内容は簡単でした。そうしてむしろ抽象的でした。自分 
     は薄志弱行でとうてい行く先の望みがないから自殺するという
     だけなのです。それから今まで私に世話になった礼が、ごくあっ 
     さりした文句でそのあとにつけ加えてありました。世話ついでに
     死後の片づけ方も頼みたいという言葉もありました。奥さんに迷
     惑かけてすまんからよろしくわびをしてくれという句もありまし
     た。国元へは私から知らせてもらいたいという依頼もありまし
     た。必要なことはみんな一口ずつ書いてあるなかにお嬢さんの名
     前だけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで、すぐKが
     わざと回避したのだということに気がつきました。しかし私の最
     も痛切に感じたのは、最後に墨の余りで書き添えたらしく見え
     る、もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろうと
     いう意味の文句でした。(第一学習社 現代文)

 如何でしょうか?確かに先生は、Kの遺書に自分への非難がなかったことにホッとしてはいます。つまり、死の責任の一端が自分にあると思っているというのは事実でしょう。でも先生の心理の底にあるのは、先生がお嬢さんを得たことでKを絶望に追いやった申し訳無さだけなのでしょうか?実際Kは、本当にお嬢さんを得られず絶望して死んだんでしょうか?私はそうは思わないのです。次回にそのKの心に分け入ってみようと思います。

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