大人の「現代文」83……『こころ』先生自身が「魔物」になる!
卑怯の探求
昨日の続きです。恋の沼にどっぷりはまったKが先生に(親友として)「公平な批評」を求めた後、先生がKにどういう「公平な批評」をしたかです。引用します。
私はすぐ一歩先へ出ました。そうして退こうとすれば退けるのかと
彼に聞きました。すると彼の言葉が不意に行き詰まりました。彼は
ただ苦しいと言っただけでした。実際彼の表情には苦しそうなとこ
ろがありありと見えていました。もし相手がお嬢さんでなかったな
らば、私はどんなに彼に都合のいい返事を、その渇ききった顔の上
に慈雨のごとく注いでやったかわかりません。私はそのくらいの美
しい同情を持って生まれてきた人間と自分ながら信じています。し
かしそのときの私は違っていました。(第一学習社 教科書より
以下同)
明晰な先生は、自分のこころを正確に見詰めていますよね。もし相手がお嬢さんでなかったなら、「美しい同情」に満ちた言葉を「慈雨のごとく」彼に注いだはずだが、そのときの私は違っていた、というのです。
どう「違っていた」のか、当然「美しい同情」の言葉を発しません。単純に裏返せば「美しくない」「非同情」の言葉でしょう。さらにこれに「親友」というワードを追加すれば、「親友としての美しい同情の」言葉を発したのではなく、「非親友としての美しくない糾弾」の言葉を発するのです。ここに表向き「親友」を装った先生の意図的な二枚舌の姿が明らかになるのです。いわば先生はタテマエとホンネを使い分ける、あるいはダブルスタンダードの人間に変身するのです。具体的にどう反応したか見てみましょう。
私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたの
です。私は、私の目、私の心、私の身体、すべて私という名のつく
ものを五分の隙間もないように用意して、kに向かったのです。罪
もないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当な
くらいに無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管している要
塞の地図を受け取って、彼の目の前でゆっくりそれを眺めることが
できたも同じでした。(同)
Kはあくまでも先生を、百パーセント信頼できる親友と思うからこそ、こころをさらけだして、「公平な批評」を求めているわけですよね?この「公平」という言葉の意味は、当然一切の利害は絡まないということも意味しているでしょう。そのKに対する先生の態度は、むろん「公平」なものにはなりません。いやそれどころか、先生自身が「魔物」になりはじめるのです。