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【短編小説】JK「メンズコーチなんて大嫌い!……だったはずなのに」
「ねえ、最近よく聞かない? メンズコーチとかいう胡散臭いやつら」
夕焼けが窓際を染める放課後の教室。机に頬杖をつきながら、私は大げさにため息をついた。隣の席でリップを塗り直していた千夏が、くすりと笑う。
「聞く聞く! なんか『男を最高の状態に仕上げる』とか言ってるんでしょ? 何様って感じ」
「でしょ? あんなの、ただの詐欺じゃん。恋愛とか見た目とかを売り物にしてさ。そもそも、努力すればモテるって思想がダサすぎる」
「わかる〜! 女を都合のいいアクセサリーか何かと勘違いしてるよね」
私たちは声をひそめて笑い合った。SNSには、メンズコーチなる職業の男たちが溢れている。スーツ姿で「人生を変える」「自信を持て」と説く動画。ダサい。胡散臭い。しかも、そんな彼らの影響を受けた男たちが「俺も変わる」とか言い出すのが痛すぎる。
「ねえ、どうせなら逆に私たちが“ウケる男の条件”でも決めちゃう?」
「いいねそれ! まず……あ、でもどうする? ここで実践台がいたらもっと面白いのに」
そんな話をしていると、教室の扉が開いた。
「お、いたいた」
不意に入ってきたのは、隣のクラスの**神谷悠斗(かみや ゆうと)**だった。高身長、少し癖のある黒髪、整った顔立ち――だけど、どこか無骨で飾り気がない。
「なに、神谷くん。いきなりどうしたの?」
「いや、今度の文化祭の話で……って、何話してたの?」
千夏と私は目を見合わせた。そして私は、ふっと笑いながら言った。
「メンズコーチってダサいよねって話」
「……へぇ」
神谷くんは少しだけ目を細めた。その反応がなんとなく気になったけど、気のせいだと思った。
「で、文化祭の話って?」
「俺、今年のファッションショーに出ることになったんだ」
「え、ウソ!? あのチャラいイベントに? 似合わなすぎ」
「うるせぇな、俺だってカッコよくなる努力くらいする」
「いや、無理しなくていいんだって」
私が笑うと、彼は静かに言った。
「……メンズコーチの知り合いがいてさ。今、その人にアドバイスもらってる」
瞬間、私の笑顔が固まった。
「……え?」
「そいつの話、聞いてみる?」
神谷くんに連れられ、私と千夏はカフェに向かった。そこで待っていたのは、黒のタートルネックにスラックスを合わせた男だった。
「はじめまして。**橘蓮(たちばな れん)**って言います」
見るからにスマートで、洗練された雰囲気。だけど、私は睨みつけるように言った。
「……胡散臭い。メンズコーチって、女をモノ扱いする職業でしょ?」
「その偏見、興味深いね」
彼は穏やかに笑った。その落ち着いた態度が逆にイラつく。
「神谷くんを洗脳してるんじゃないの?」
「俺はただ、彼に自分の良さを引き出す方法を教えてるだけ」
「努力してモテようとか、浅はかすぎるんですけど」
「じゃあ君は、どんな男が魅力的だと思う?」
「え?」
「外見や仕草を気にしない男? それとも、自分を磨いている男?」
私は答えに詰まった。すると橘蓮は微笑んだ。
「君は、努力すること自体を否定したいわけじゃない。ただ、女のためだけにする努力が嫌なんだろ?」
「……っ」
図星だった。彼の言葉には、私が普段ぼんやりと考えていた核心があった。
「俺は別に、女にモテることだけを目的にしてるわけじゃない」
そう言ったのは神谷くんだった。
「自分に自信を持てるようになりたかっただけ」
彼の言葉が、なぜか胸に響いた。
その後も、橘蓮と神谷くんは会うたびに変わっていった。私の前で、少しずつ洗練されていく神谷くん。
いつしか、私は神谷くんの姿を追うようになっていた。
「お前、最近ずっと俺のこと見てるよな」
ある日、彼がふっと笑いながら言った。
「……別に」
「……ま、いいけど。俺、お前が思ってるより、ちゃんとお前のこと見てたよ」
その言葉が、胸を打った。
いつからだろう。
私は、神谷くんの変化を“嫌”だと思わなくなっていた。
むしろ――
「……ねえ、神谷くん」
「ん?」
「そのメンズコーチ……もう会わなくてもいいんじゃない?」
彼が、静かに笑った。
「それってどういう意味?」
私は、答えなかった。ただ、彼の目をまっすぐ見つめた。
橘蓮が言っていた言葉を、思い出す。
「男が努力するのは、誰かのためじゃなく、自分のためだ」
そして、神谷くんは努力を続け、変わった。
でも、その変化の中に――
私は、恋をしてしまった。
彼が変わったから好きになったんじゃない。
彼が変わる過程を見て、好きになったんだ。
「……もう、メンズコーチとか関係ないよね」
「そうだな」
神谷くんが笑い、私の手を取った。その瞬間、心臓が跳ねた。
私の中の「メンズコーチ嫌い」は、気づけばどこかへ消えていた。
そして、ただひとつの想いだけが残った。
――この人が好きだ。
「お前、結局メンズコーチ肯定派になったんじゃね?」
千夏にそう言われ、私はむくれる。
「ち、違うし!」
でも、内心では少しだけ――いや、かなり認めていた。
「努力する男」は、やっぱりかっこいい。
そんなことを思いながら、私はまた、神谷くんと目を合わせた。
そして彼が、優しく微笑む。
その笑顔に、私はまた、心を奪われてしまった。
――メンズコーチなんて大嫌い。
……だったはずなのに。
──第二部──
文化祭のファッションショーの当日。
私は、幕の隙間からステージを覗き込んでいた。
神谷くんは、黒のジャケットを羽織り、髪もセットされていて、明らかに"変わった"。
堂々とランウェイを歩く彼を見て、私は思わず息をのむ。
(……かっこいい。)
その事実を認めるのが悔しかった。
私の知っている、冴えないけど素朴で真っ直ぐな神谷悠斗は、もういないのかもしれない。
「おいおい、そんなに見惚れてどうするの?」
不意に聞こえた低い声。
振り向くと、そこには橘蓮が立っていた。
「……っ! なんでここに?」
「俺もこのショーに関わってるんだよ。」
彼は余裕のある笑みを浮かべる。
「なぁ、君さ。神谷のこと、好きなんだろ?」
「なっ……」
図星を突かれて、息が詰まる。
「認めなくてもいいさ。でも、そういう視線してたよ?」
心の中を見透かされた気がして、私は視線を逸らした。
だけど、橘蓮はさらに言葉を重ねる。
「でもさ、俺は思うんだよね。彼が変われたのは、俺のおかげでもあるって。」
「……だから?」
「俺も、彼に負けるつもりはないってことさ。」
彼はそう言い残し、ステージへと向かった。
(負けるつもりはない……? 何を……)
考えるより早く、アナウンスが響いた。
「次のモデルは……橘蓮!」
橘蓮は、ショーのラストを飾る特別ゲストとして登場していた。
「え、彼も出るの……?」
驚きに包まれる中、彼は自信満々にランウェイを歩いた。
まるで雑誌のモデルのような立ち振る舞い。
(……くそ、完璧じゃん。)
場内の女子たちが、彼に釘付けになっている。
「蓮さん、カッコいい〜!」
「神谷くんも素敵だったけど、やっぱりプロは違う!」
私は、ぎゅっと拳を握りしめた。
その時、ふと視線を感じた。
ステージの上の橘蓮が、まっすぐ私を見つめていた。
そして、にやりと微笑む。
(……なに?)
その笑みには、"挑戦"の色が含まれていた。
「俺も本気で狙いにいくよ?」
その言葉が聞こえた気がした。
文化祭が終わった後も、橘蓮はしつこく私に関わってきた。
「なぁ、一緒に帰ろうぜ。」
「……は? なんで?」
「いいじゃん、俺と話すの嫌?」
「……別に嫌じゃないけど。」
(いや、本当はめっちゃ警戒してる。)
だけど彼は、強引でもなければ、不快でもない。
むしろ、会話は面白いし、気を遣ってくれる。
(……うわ、やばい。なんか普通に楽しい。)
そして、そんな橘蓮の様子を、神谷くんも気にしていた。
「お前、最近橘とよく一緒にいるな。」
「え、別にたまたまじゃん。」
「……あいつ、マジで狙ってると思うぞ?」
「……かもね。」
冗談のつもりで言ったのに、神谷くんは真剣な表情をした。
「お前は、アイツのことどう思ってる?」
「……わかんない。」
正直、それが本音だった。
私は、どちらの気持ちも無視できなかった。
ある日、私は神谷くんに呼び出された。
「話がある。」
「なに?」
「お前さ……蓮のこと、本当に好きか?」
「え……?」
「俺は、もう逃げたくない。ずっと言いたかったんだ。」
彼の目は、真剣だった。
「……好きだよ。お前のこと。」
心臓が跳ねた。
「変わる前の俺でも、今の俺でも……関係なく、お前に好きになってほしい。」
私は、震える唇で答えた。
「……私も、たぶん……ずっと。」
「……そっか。」
神谷くんは、ふっと笑い、そしてそっと私の手を握った。
その温もりに、涙が出そうになった。
橘蓮の魅力を否定できなかった自分。
でも、やっぱり私が好きになったのは、神谷くんだった。
「……ごめんね、蓮さん。」
心の中で呟いた。
翌日、橘蓮は笑いながら言った。
「ま、予想通りかな。」
「……ごめん。」
「謝るなよ。神谷のこと、選んだんだろ?」
「うん。」
橘蓮は、ふっと寂しそうに笑った。
「ま、俺には他にも惚れてくれる女子がいるし?」
「うわ、最低。」
「冗談だよ。」
そして彼は、私の肩をぽんっと叩いた。
「でも、いつか後悔したら、また俺のところに来いよ。」
「……後悔しないよ。」
私はそう答えた。
すると、橘蓮は「そっか」と笑い、背を向けた。
(ありがとう、蓮さん。)
その背中に、心の中で感謝を告げた。
「なあ、メンズコーチって、結局どう思う?」
神谷くんが、私に問いかけた。
私は少し考えて、答えた。
「……大嫌い、だったけど。」
「だったけど?」
「今は……まぁ、アリかな。」
「結局肯定派になったんじゃね?」
「ち、違うし!」
私は顔を真っ赤にして反論する。
でも、神谷くんは嬉しそうに笑った。
「俺は、お前に好きになってもらえてよかったよ。」
彼が私の手を握る。
(やばい、幸せすぎる。)
メンズコーチなんて大嫌いだった。
……でも、そのおかげで私は、最高の恋を手に入れた。
だから、今ならこう言える。
「……ありがとう。」
終わり。
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