第11回 煮込みがおいしい東北料理~「ガチ中華」の地方料理②
この写真は、中国最北端に位置する黒龍江省ハルビンで毎年1月、零下20度の気温の中で開催される氷祭りの様子です。実はいま、まさに開催中です。ぼくも一度行ったことがありますが、寒さはハンパじゃなかったです。(撮影/佐藤憲一)
中国の「東北」とは、遼寧省、吉林省、黒龍江省の3省を指します。内モンゴル自治区の東北部も含めていいでしょう。
東北料理は、中国を代表する四大料理や八大料理には入らず、どちらかといえば田舎料理扱いですが、寒冷な気候や風土に根差した独自の味覚も生んでいます。
ひとことでいえば、東北料理は「豪快な鉄鍋や煮込みがメインの田舎風味のグルメ」です。なにしろ厳寒の地ですから、野趣あふれ、体の温まる料理が豊富なのです。
全体的に濃い味つけが多いです。寒い気候ゆえに塩気も強め。水餃子や饅頭(肉まん)がよく食べられ、敗戦後、満洲から引き揚げてきた人たちが日本に広めた話はよく知られています。
食材としては、白菜の塩漬けである酸菜(スアンツァイ)がよく使われ、独自の発酵料理も豊富です。内モンゴル自治区に隣接しているため、羊肉もよく食べます。
では、主な料理を紹介しましょう。
■鉄鍋炖
東北を代表する鉄鍋料理が鉄鍋炖(ティエグオドゥン)です。
東北地方の農村では、薪を焚べた厨房の大鍋に骨付きの鶏や豚肉、羊肉、魚、インゲンやジャガイモ、キノコ、トウモロコシなどを入れた煮込みが家庭料理として食べられていました。いまでは東北料理店の定番メニューとなっています。
注文はメインの具で選びます。鍋のふちに大餅子というトウモロコシ餅を貼りつけて、スープを吸い込んだものを料理と一緒に食べるのが作法です。最低でも4人前が基本なので、人数を集めて行きましょう。
■小鶏炖蘑菇
鶏肉とキノコの醤油煮込みの小鶏炖蘑菇(シャオジードゥンモーグー)。
骨ごとぶつ切りにした鶏肉や干しキノコ(ナラタケを使う)、ジャガイモなどを醤油でコトコト煮込んだ料理です。八角の香りとうま味を凝縮したスープが食欲をそそります。春雨はよく煮込まれているほどおいしいです。
■東北醤骨頭
豚背骨の醤油煮込みの東北醤骨頭(ドンベイジャングウトウ)は、飾らない盛りつけがいかにも東北らしい一品です。
食べ方は骨についた肉を箸でこそぎ取ったり、そのままかぶりついたりで、夢中なってしまいます。手が汚れないように、ビニール手袋を用意してくれる店が多いです。
■鍋包肉
黒龍江省ハルビン生まれの豚肉甘酢あんかけが鍋包肉(グオバオロウ)です。
豚ひれ肉をスライスし、衣をつけてさっと揚げ、甘酢をかけます。やわらかい食感と酸味で、ご飯と一緒に食べてもいいし、ビールにも合います。
1907年創業のハルビンのレストラン「老厨家」の初代調理人がロシア人向けに創案した一品とされますが、実は山東省にも似た料理があります。東北の人たちの多くは、19世紀に山東省などから渡っていった人たちの末裔だからです。
■地三鮮
地三鮮(ディサンシエン)も東北らしい素朴な料理です。
ナスやジャガイモ、ピーマンなどの季節の野菜3種をいったん素揚げし、醤油煮しただけのものですが、滋味あふれる一品です。口の中で野菜がとろけていきます。ナスは熱いので、口の中でやけどしないよう気をつけましょう。辛くないのが好みなら「トウガラシを控えめに」と注文の際に伝えておくといいでしょう。
■春餅
まだ都内ではあまり見かけることが少ないですが、東北風のミソ肉入りクレープが春餅(チュンビン)です。
小麦粉をクレープのように焼いた生地に、豚肉の燻製や塩気の強い東北ミソで味つけして炒めたひき肉、キノコ、キュウリなどを包んで食べます。店によって皮の厚みが違っていて、薄い皮だと具の食感がより味わえます。
広大な農地に恵まれた東北地方は新鮮でヘルシーな野菜料理が多いです。前菜におすすめの数々を紹介します。
■老虎菜
老虎菜(ラオフーツァイ)は東北料理の定番前菜で、青トウガラシとパクチーのサラダ。
パクチーをメインにキュウリやネギなどを合え、青トウガラシを入れることで虎のような辛さとなるいうのが老虎菜の由来です。もともと湖南料理とされるのですが、東北地方ではそこまで辛くしないようです。新鮮なシャキシャキ感が楽しめ、パクチー好きにはたまらない味です。
■東北沙拉棒
東北地方では昔から大豆を素材にしたミソ(東北大醤)を食用にしていました。塩気が強く、濃厚な味で、スティック状にしたキュウリやダイコン、キクラゲ、葉野菜などにつけて食べるとおいしいです。
この東北風濃厚ミソの野菜スティックが東北沙拉棒(ドンべイシャーラーバン)です。こってり煮込み料理の口直しにも最適の一品です。
■東北大拉皮
東北大拉皮(ドンベイダーラーピー)は、ジャガイモや緑豆を素材にした平たい生春雨(拉皮)入りのサラダで、東北料理の定番メニューです。
キュウリやニンジン、干豆腐の千切りなどと合えて、酸味のあるゴマだれソースをかけ、混ぜて食べます。ひんやり涼やかな拉皮と野菜の食感が口の中で溶け合います。
■干豆腐絲
ヘルシーな前菜の定番メニューの干豆腐絲(ガンドウフスー)は、東北料理以外の「ガチ中華」の店でもよくあります。地方によって味つけが違うのが面白いところです。
東北地方では、豆腐を脱水して固めた干豆腐が食材としてよく使われますが、その細切りにパクチーと野菜を和えただけもの。油っぽい肉料理の口安めになるし、香菜と豆腐の淡い香りがすがすがしいです。店によっては、油で炒めることもあります。
羊料理とナチュラルワインのカップリングで有名な東北料理店「味坊集団」のオーナーの梁宝璋さんが、東京近郊の農園を借りて野菜の自家栽培を始めたのは2018年頃からだそうです。味坊各店のメニューで使われる中国野菜の葉ニンニクやパクチー、小松菜、菜の花、空豆、ダイコンなどを無農薬で栽培しています。ですから、梁さんの経営する店に行くと、上記のような、新鮮な野菜料理が味わえます。
ところで、都内にどれくらいの数の「ガチ中華」の店があるのか、正確な統計はないのですが、オーナーたちと話していて、共通の意見として聞かれるのは、最もオーナーの数が多いのは東北地方の出身の人たちだというものです。ぼく自身、都内を「歩き食べ」した経緯から、それは実感しています。
つまり、東京の「ガチ中華」を主に支えているのは東北地方の人たちだといっていいのです。
中国は広いですが、なぜ彼らの数が多いのでしょうか。
理由を簡単に説明すると、彼らは中国国内でも上海などの沿海地方への出稼ぎ者が多く、飲食業に携わる人口も多いのです。そして、日本に暮らす中国人の中でも東北地方出身者は半数近くを占める多数派です。それには日中の歴史的な経緯もありますが、最近は中国全土から留学生が来日するようになったので、比率は下がってきていると思います。
そんな理由から「ガチ中華」のオーナーたちもそうですが、おそらく従業員の約7割は東北地方出身者で占められているといわれます。たとえ、四川料理の看板を出している店でも、厨房や配膳の仕事をする人たちの多くは東北出身者だったりします。
詳しくは、ぼくが連載しているForbesJapanのコラムで、先ほどの味坊集団の梁さんの人生を語りながら、解説していますので、もしよろしければお読みください。
東北地方はもともと主要民族の漢族ではなく、清朝を興した満州族やモンゴル族、朝鮮族などが暮らしていた土地で、中国の料理とは異なる食文化もみられるのが特徴です。次回は吉林省を中心に東北各地に住む朝鮮族の料理を紹介しようと思います。