牛と人間のウェルビーイングってどう実現するの?ー現場での試行錯誤を聞くー
Deep Care Labがお届けする、サスティナブルな未来をひらくクリエイティブマガジン『WONDER』では、持続可能性につながるビジネスやプロジェクト、気候危機時代の生き方のヒントになる創造的な実践や活動をされている方にお話を聞くインタビューシリーズを連載しています。
今回は、2020年10月にオープンした千葉県千葉市若葉区にある観光牧場「千葉ウシノヒロバ」のみなさんにお話を伺いました。千葉ウシノヒロバは酪農家から預かった乳牛を育成する牧場であるとともに、牧草地でのキャンプやバーベキューが楽しめ、地元野菜をつかったマルシェも開催されている施設です。
キャンプ、マルシェ、乳牛の育成を通じて、施設のコンセプトである「牛と人と自然が、穏やかに交差する場所」を目指し、これまで試行錯誤してこられたことや所感などをお伺いしました。
今回のインタビューのお相手
ウシノヒロバ設立背景 ーヤンキーもサラリーマンも動物もみんなごちゃまぜの場所を目指してー
ーー今日はどうもありがとうございます。最初にみなさんの自己紹介をお願いします。
川上 川上鉄太郎と申します。ウシノヒロバを運営している株式会社千葉牧場と、親会社であるデザイン会社chicabiの代表をしています。他にも食品工場やヘアケアブランド、不動産投資ファンドなど色々なジャンルで会社を7つ経営しています。もともとは野村総合研究所で経営コンサルタントをやっていまして、ビジネスの立ち上げやマーケティングが専門領域です。
山本 山本文弥と申します。僕は長野を拠点に、事業や商品開発にまつわるコンセプトづくりの仕事をしています。自然やローカルに根ざした活動もしたいと思っていて、個人の活動としては花人として店舗やイベントで花を生けたり花の教室を開いたりしているのと、最近は一棟貸しの宿も始めました。
ウシノヒロバとのつながりは、長野に引っ越してから突然鉄さんから「牧場をやろうと思うんですけどUXデザインできませんか」と電話がかかってきて。「僕牧場のUXデザインとかやったことないですけど…」「僕も牧場の経営したことないから大丈夫です」みたいなやりとりをして。じゃあ大丈夫かな、と思ってご一緒することになりました(笑)
溝部 溝部礼士と申します。僕は個人で設計事務所を立ち上げて活動しています。用途を問わず建築設計していますが一番多いのは住宅です。クライアントから要望されたものをただ建てるだけではなく、その建物が周辺に対してどう影響するか、どのような建築を建てるべきか、建築にできることは何かを問い続けながら活動しています。ウシノヒロバでの役割は主に牛舎の建築設計です。僕の友人のTAIMATSUという設計事務所が今回ウシノヒロバ全体のマスターアーキテクトで、僕はその設計チームの1人として関わっています。TAIMATSUも僕も牧場の建築設計に関わったことはないですし、みんな初めての状態で手探りで。それこそ鉄さんとか文弥さんと一緒に牛の生態を調べたり、いろんなことをみんなで勉強しながらやってきました。
――牧場に関わったことのなかった方々が一緒になってウシノヒロバをつくりあげていったのですね。そもそものウシノヒロバの設立背景を教えていただけますか?
川上 千葉市さんが50年くらい千葉市乳牛育成牧場という牧場を運営していたんですが、ずっと赤字を税金で補填していたため問題視されていたんです。運営を民間で引き継ぐことになり、その公募にchicabiが手を上げて採択いただきました。chicabiは元々デザイン会社なので酪農はまったく関係ないんですが、僕が個人的に食料自給率問題に興味があって、酪農の勉強したときに日本の酪農がかなり危機的な状況と知り、これは誰か第三者が入って変えていかないといけないと思って始めることにしたんです。
ウシノヒロバは牧場だけでなくキャンプ場もやっているのですが、これも自分の問題意識がベースにあります。実は、この15、6年くらいの間で自分の身の回りで鬱病になったり自殺してしまう人たちをたくさん見てきたんです。みんな高学歴で、東京でいい会社で働いていたけれどそうなってしまった。そこに違和感を感じていました。自分自身も東京の社会にどんどん飲まれて行ってしまうような感覚があったので、スイッチを切り替えられるような場所が車で1時間くらいで行ける場所に欲しいと思っていたんです。その時にちょうど牧場経営の話があって、ウシノヒロバはヤンキーでもサラリーマンでも「誰をも受け入れる場所、誰もが来られる場所」にしようと思い至りました。
最初に文弥さんには「修道院みたいなところを作りたいんです」とお伝えしました。僕、イギリスにいたことがあるんですけれど、イギリスには「プライオリ」という小さい修道院があるんですね。そこはまさに自分が目指している「誰をも受け入れ、ちょっとスイッチが変わる場所」で。そのイメージから考えて、最終的に牧場とキャンプ場が合わさった施設になりました。
――なるほど。Deep Care Labの視点から見ると、ウシノヒロバのコンセプトは牛も人間も生態系も尊重するマルチスピーシーズ※的な世界観に近いように感じていました。でも背景となる問題意識からすると、最初は人間のための施設という意味合いも強かったのですね。そこからどのように牛のことも意識したコンセプトに変化していったのでしょうか?
川上 僕が先程のような「こんな場作りがしたい」というイメージを文弥さんにお話したら、キーワードを整理してコンセプトを作っていってくれたんです。最初の何ヶ月かずっとそういう話をしていましたよね。
山本 そうですね、話し合いばかりしていました。僕も相談をもらったときに、単なるキャンプ場ではなくて、いま社会に必要な場所にしたいという想いを持っていたので、それってどういう場所だろうと考えるところから始めました。ウェルビーイングや人間の幸せに関して、あとは牛についてもまったくの素人なので牛の生態のこと、動物の権利やアニマルウェルフェアについて調べました。経済性とのバランスも考慮しないといけないので、そういった類のことも議論して。でも結果的には、何が正解か明確な解はないから全部のバランスを取る場所にしようとなりました。
企画当時、マルチスピーシーズという言葉はいまほどは世の中で使われていませんでした。だから僕らも言葉としては出していないんですけど、今思えばマルチスピーシーズだな、という感じがしていますし、現在では明確にマルチスピーシーズを意識しています。今って自然とか田舎とか都市とか、ヤンキーとかサラリーマンとか、神様とか動物とかきれいに区別してしまっていますけど、本来は全部ごちゃまぜに存在しているはずですよね。なので人も他の生き物もごちゃまぜの場所を作った方が、世の中っていろんな人がいるんだなとか、いろんな生き物がいるんだなとか、わかるのではないかと思ってます。
人間ではなく牛のための設計って??理想と現実をつなぐ「神社」のメタファ
――話し合いを重ねる中で結果的にマルチスピーシーズ的になっていったのですね。コンセプトができあがると、それを建物の設計、設え、運営など様々なところに反映させていく必要があると思うのですが、牛や自然へのまなざしも含めるとなると人間の心地よさだけを考えるときよりも難しくなるのではないでしょうか…。コンセプトをリアルに落とし込むときに苦労された点などはありますか。
川上 一番苦労したのは溝部さんですよね。
溝部 設計のときの話をすると、文弥さんがウシノヒロバのコンセプトをダイアグラムにまとめて、企画に関わる人たちに時間をかけて共有してくれたんです。普段の設計では我々がむしろコンセプトを作る側になることが多いのですが、今回はコンセプトをクライアントの方からいただきました。言ってることはすごくよくわかるしやりたいけど、おっしゃる通りどうやって形にまとめていくかで苦労しましたね。
ウシノヒロバに限らず、建築設計を行う際大きく2つの視点というか大切なことがあると思っています。1つ目は現実と向き合うこと。建築設計は住宅設計であれクライアントの理想や要望と現実を行ったり来たりしながらすり合わせていく作業が多く必要になります。現実というのは今回のウシノヒロバの場合だと、当然牛の生態や牧場のオペレーション、防疫対策などを考える必要がありましたし、既存建物の状態の把握をしてどうキャンプ場として利活用するかの検討もありました。同時に、建築基準法、都市計画法、水質汚濁防止法といった様々な法規や条例を考慮しながら、行政との協議やインフラの整備、コスト調整、施工会社とも話し合いながらまとめていきます。そういう現実とちゃんと向き合っていくと、当然こちらをやろうとするとこちらが成立しない、といったことが出てくるんです。建築で重要なのは現実に流されすぎず理想も持ちつつ、バランスをもって向き合っていくこと。そうすると、その先にリアリティが出てきて、その場所やクライアントらしいものになっていくと思っています。
もう一つは、物の関係性をどうまとめていくかを考えます。どういうことかと言うと、何か形ができると他の物との相関関係が生まれるんですね。例えば棒一本立てただけでもそれに対して右・左・上・下・奥・手前とか位置関係という関係性が表れますよね。同じようにその建物を見上げるのか見下ろすのかとか、何かと比べて小さいのか大きいのか、素材から受ける印象など一つ一つの関係をどうまとめていくか考えるんです。そのときに常に文弥さんたちが考えてくれたコンセプトがベンチマークとして効いてきました。そういうことを一つ一つ積み重ねていくことで物に心が宿るというか、考えてきたことが「構え」として出てくるんですよね。今回ウシノヒロバはいくつもの建物があるので周囲と合わせてどういう「構え」や「関係性」を作っていけばいいかを考えながらまとめていきました。
ーー普段住宅などの設計をする際には人間の振る舞いを意識すれば良いと思うのですが、牛だと落としこみ方が変わったりするのでしょうか?
溝部 設計の考え方自体は基本的に一緒なんですが、牛舎に住むのは牛。牛については全然知らなかったので、生態や家畜の歴史を勉強したり、鉄さん、文弥さんと牧場を回ったり、酪農家さんの講演を聴きに行ったりして理解を深めていきました。
先ほどの通り、牛舎の中でやらないといけない防疫対策やオペレーションはもちろん、アニマルウェルフェアをどう実現させていくかというテーマもありました。アニマルウェルフェアのための面積を確保しつつ従業員の動線やコストも意識すると、ある意味自然と形が決まっていってしまうんです。でもそこに理想として描いたものをどうやって表すことができるかをすごく悩んで行ったり来たりしました。
最終的に糸口になったのはスケール感です。公共施設や住宅でも大抵の建築は当然人間の身体寸法が基準となって出来ていますが、人間以外のための建築というのもいくつかあるんです。たとえば工場やダム、教会とか宗教建築もそうですよね。明らかに神を意識した高窓があったりして。牛舎も牛の大きさを考慮したり、清掃のために重機が行き来できる高さにしたりと、人間以外の寸法でつくられるんです。そうしたスケール感を意識した建物の建ち方をきちんと整えて見せてあげれば、自然と人と牛の適切な距離感になるんじゃないかと思っていたんですが、そう簡単に「これだ」とは思えなくて。
そのときに文弥さんと話をしたら「牛舎は神社みたいな感じの場所にしたいんです」って返ってきて、モヤモヤしてたことが全部繋がったんですよ。神社って、私たちは離れたところからお参りできるだけで、宮司さんたちがいらっしゃる祭壇には通常入れないですよね。でも神様と精神的な繋がりは感じられるし、神の時間と人の時間もそれぞれ穏やかに成立している。そういう神社のあり方と今回の牛舎のスケール感がつながりました。牛舎の建築工法自体は社寺建築とは違いますが、立ち居振る舞いとして少し厳格な佇まいになるように最終的にまとめていきました。
ーーコンセプトとリアルを接続するメタファとして神社というキーワードが効いたんですね。このキーワードはどこから出てきたんですか。
山本 ウシノヒロバの牛って、農家さんからお借りして代わりに育てている牛なのですごく大切にしないといけないんです。ふれあい牧場と違って気軽に触ったりできないから遠くに見ることしかできない。人間とは別の生命をどういう形で大事に見せるか、その存在感を立ち上がらせるか、と考えたときにぱっと思い浮かんだのが神社だったんですよね。ウシノヒロバにもちょうど高台に木が生えているところがあって、そこが鎮守の森みたいに見えたらいいなと漠然と思っていて。その前に牛舎を作れば神社みたいになって、動物とか神様とか人間がごちゃごちゃにいるようなイメージで場所作りができるんじゃないかと思ったんです。それに、人間と牛には古代からつながりがあって、世界中で牛を神格化する文化があります。修道院というキーワードからの繋がりもそうですけれど、宗教性が見え隠れするような場所や建築って長く残りますよね。ウシノヒロバも単なる流行からキャンプ場を作るのではなく長生きする芯のある感じにしたかったというのもあって、神社というキーワードにつながりました。
ーー教会も神社も自分たちの生活圏に必ずあって、ふとしたときに立ち寄れて心落ち着けられる場所ですよね。「誰もが来られる場所」という大元の想いとマルチスピーシーズ的な部分をつなげるキーワードとして「神社」はぴったりだと感じました。
今お話いただいたように、コンセプトの実現に向けてみなさんでいろんな試行錯誤をしながら「あ、これが正解だったんだ」と後追いで見つけていったんですね。
川上 そうですね。千葉市への提案のときに10年後の事業計画まで出したんですが、オープンのときに100%の完成形を目指さないということは最初から決めていました。10年20年ずっと作り変わり続けていく発想だったんです。今も手を入れてない建物がたくさん敷地内にあるんですよ。今後それらを変えていくんだろうと思いますし、やりながらの発見の連続がずっと続いていくんだろうと想像しています。
ーー森みたいですね。育っていく感じ。
川上 本当にそうですね。それが理想かな。僕はお正月に書き初めをするんですけど、2020年のときに「群落」という言葉を書いたんです。最初木が1本しか生えていないところから、だんだんと木が増えていき、それぞれが関係し合っていって林になり森になっていきますよね。その林になろうと集まってきてる状態が「群落」です。chicabiもウシノヒロバも僕が全部コントロールしていくんじゃなくて、それぞれが自由な方向に行きながらも全体として一つの塊になってくような組織でありたいと思って書いたものなので、森のイメージは本当に近いかもしれないですね。
山本 僕もアートディレクションが全部一貫してる必要ないと思っていたんです。トップダウンできっちりデザインしていくよりも、コンセプトは根底にありつつそこから色々なものが生まれていく感じが良いと思っていました。同じ土壌のもと、いろんな草木が有機的に育っていくような感じで。
川上 chicabiのアートディレクターたちは大変そうでしたよね、やっぱ統一したがるというか(笑)1人がまとめて欲しいっていうのをみんな思いながら。溝部さんたちもそうだし、建築チームもそれぞれ4人ぐらいデザイナーがいたから「鉄さんと文弥さんはそう言ってるけど…」みたいな。
ーー溝部さんはそのあたりどうでしたか。
溝部 そうですね。さっき建築は理想と現実を行ったり来たりすることが重要だと言ったんですが、建築って現実を見て合理的な判断を積み重ねていくだけでも自然とできちゃうので、その意味でコンセプトっていう理想につながるフックを作ってくださっていたのは僕はすごくやりやすかったですよ。ただ、それとコストとかの折り合いをどうつけていくかでみんな悩んでいたように思います。
牛ではなく人間側が頑張る。関わる一人ひとりの試行錯誤が続く。
ーーオープンから1年経ったと思うんですけれども、これまでは企画側のメンバーだけで検討していたのが、お客様が実際にウシノヒロバを利用することによって企画段階とは別の現実的な要素が入ってきているのではないかと思います。1年やってみて今感じておられることがあったら教えてください。
川上 そうですね1年やってみて、良い意見も指摘も本当にいろんな声をお客様からいただきました。今ウシノヒロバで働いている20名ぐらいのスタッフからも、いろんな意見が来ています。スタッフはウシノヒロバが出来上がる直前ぐらいから入ってくれているのでずっと一緒に考えてきたわけじゃないんですよね。そこのギャップもやっぱりあって現実を突きつけられたと思っています。でも悲観的に捉えているのではなくて、スタッフそれぞれがコンセプトを自分事で考えてくれてるのもすごく感じるんです。僕ら、「HATENA BOOK」というブランドブックを作って、このプロジェクトに関わってる人たち全員に1冊渡してるんです。建築のメンバーも、chicabiのメンバーも、ウシノヒロバで働いてる人もみんな持っています。答えじゃなくてハテナを持とうというブックで、それをみんな事あるごとに読み返してくれてるんですよ。そこにはコンセプトも書いてあるし、僕が何を目指したいか書かれてる手紙のようなものも入っています。そういうものがあることで、牛のことも、人のことも、お客さんのことも皆考えながら試行錯誤してくれてるのは、とても良いスタートを切れていると思っています。
ーー差し支えなければ「HATENA BOOK」にどんなことが書かれているのかもう少し教えてください。
川上 HATENA BOOKは、まずコンセプトに近いところで酪農とか動物とかに関する質問を10個と、千葉の酪農とか農業に関するデータブック、最後に僕からスタッフ、千葉市に住んでる方、牛たちに宛てた3つの手紙が付いています。もちろんコンセプトも載っています。
ーー手紙の形式おもしろい...!プロジェクトでこの手のものを作っても1回パラパラ見るくらいで終わってしまうことが多いと思いますが、読み直して立ち戻りながら考え続ける姿勢ができているのはすごいですね。
川上 そうですね。僕もびっくりしています。ウシノヒロバのオフィスに入ったらスタッフがこれ読んでたりするんですよ。いつも持ってるショルダーバックに入れてすぐ出せるようにしてくれていたり。月に1回全体定例でプロジェクトメンバーみんなでミーティングをしていて、そのとき必ず最後に文弥さんにコンセプトに関わる小話をしてもらっているんですね。現場のみんなって、どうしても目の前のことに流されていっちゃうんですけど、月に1回必ず文弥さんの話を10分でも5分でも聞いているからコンセプトへの意識が常にあって、さらに「HATENA BOOK」が媒介にもなっているんだ、と見てて思いますね。
山本 元々コンセプトに共感してくれって入ってくれてる人が多いしやっぱ鉄さんがそういう人を採用しているので、そういう意味では浸透してますよね。
ーー牛と人のウェルビーイングの両方を考えると、普通の接客業のようにお客さんの要望だけに応えればいいわけではなくなると思うのですが、コンセプトをどう体現するかはスタッフの人たち一人ひとりが考えながら実践しているのですか?
川上 ウシノヒロバは先ほども言っていたようにふれあい体験ができないんです。自分たちの牛も買ってふれあいをできるようにしようかと話もしているんですが、よくあるふれあいの中で「乳搾り体験」ってありますよね。でもあれってよく考えてみたら牛の方は一日中ずっと乳搾りされちゃってるんですよね。それが牛の体にいいわけがない。なので、僕らはいつ来ても乳搾りできますよ、ではなくて、1日の中で乳搾りをした方がいい時間帯に体験をできるようにして、それ以外の時間は、例えば餌を食べたり掃除をしたり、寝たり放牧したり、牛の生活サイクルの方に合わせて「この時間に来たらこれができますよ」というスタンスでふれあいを提供したいと話をしています。人中心に考えるとお客様がやりたいことをやらせてあげる方が良いと思うんですが、「牛がしてほしいことをしてください」「いま牛は掃除してほしい時間なので掃除してください」ってお客様にも言う。そうすることで牛の生活について知ってもらえたらなぁと思っています。
あと、うちの牧場は、観光牧場目当てで来るお客様からしたらあまりにも牛を尊重しすぎているんです。預託事業だと当然なんですが、今本当に遠くから眺めるだけしかできないので、今は牧場の前でスタッフの子たちが育成牧場のことや預託事業のこと、牛の生態などのクイズを出していたりします。お客様とのコミュニケーションは牛ではなくスタッフが頑張ることで、牛に触らずともお客様を満足させることはできるんじゃないか。そんなことをみんなが考えながらやってくれています。
ーー私達が持っている、牧場だったらこれできて当然でしょう、というイメージにも問題がありそうですね。
川上 そうなんですよ。僕も牧場をやり始めて初めて知ったことばかりだったんですけれど、牛乳ってお乳なので妊娠してないと出ないですよね。うちの牧場で預かっているのは子牛なので当然お乳でないんです。そんなことも気づかなかったですし、牛乳農家さんからしたら牛乳がたくさん採れる方が売り上げになるのでたくさん絞りたい。でも絞られる牛からしたらたまったもんじゃない。お乳が出なくなったら乳牛も屠殺されてお肉になるんですが、そうやってお乳を絞られ続けた牛は通常の寿命の半分以下の年齢で廃用牛になるんです。でも役割を終えたって決めてるのは人間じゃないですか。そういうことに気付いていくと、牛に負荷を与える観光牧場の形で牧場をやろうとは思わないし、客の立場でそれを楽しもうとも思わない。そういうことを考えないといけない時代なのかと思います。
ーー確かにそうやって牛の目線に立って人間側も振る舞いましょうと言われることで、これまでの人中心の考え方に気づく人も出てくるかもしれませんね。
溝部さんは1年経ってみていかがですか?
溝部 普段は設計して建てたら仕事としては終わりになるんですが、今回フラットな関わり方で入らせてもらっているので、ここはもうちょっとこうした方がいい、ああした方がいいね、というのが今もいろいろ出てきているんです。鉄さんとどうアップデートしていこうか、と話をしています。
川上 牛の行動によってもやっぱりこれ必要だったねとか、(企画段階で)僕らが予想できていなかったことがあるんです。
溝部 僕としては、何か作って終わりだと良かったのか悪かったのかわからないので、こうやってフィードバックをもらえることがすごく有難いし、元々人以外の建築もすごく興味があったので、引き続き何か関われるといいなと思っています。人間の建築にもきっと返ってくるものがあると思うので。最近建築業界でも、人間以外の生物と共生していくための建築といった話題が出てきているので余計に興味がありますね。
ーー文弥さんはいかがでしょうか。
山本 コンセプトは力強いものができたと思うのですが、それがお客様に伝わってるかどうかはまだまだだと感じるところがあります。でもそれも当たり前だと思うんですよね。やろうとしてることが大きいですし、マルチスピーシーズ的な世界観は、そりゃ一年じゃできないよなと冷静に思って。コンセプトは強いものができたと思っているのであとは徐々に積み重ねていくだけかなとは思っています。
ーーどこまでコンセプトを表に出すか、お客さん側に振る舞いとして強いるか、バランスが難しそうです。
山本 そうなんです。説教くさい施設にはしたくないというのはあるので、小難しい話は今まであまり外でしてないんです。ウシノヒロバはこういうことを考えてますよ、いい施設ですよって押し付けるんじゃなくて、何も考えずにキャンプに来たお客様が何か発見して帰るみたいな方がいいなと思っています。ちょっと偶発的な出会い、それこそなんで牧場なのに牛触れないんだろう?というようなところから気づきがあるような。そうじゃないといろんな人が来てくれる存在にならないと思ったんですよね。最初からマルチスピーシーズと言ってしまうとそれに興味ある人しか来ない。そうではなくて、ヤンキーでもサラリーマンでもとりあえず誰でも来れる。来た上でたまたま何かを持って帰ってくれたらいい、そういうスタンスですね。
牛と人間のウェルビーイング。人間中心な私たちがいかに自分たち以外の存在に気づき、感謝し、影響を与えられるか。
ーー最後に、難しい質問かもしれませんが、牛と人間のウェルビーイングはどう両立しうるか、現段階で考えておられることを教えていただけますか。
川上 僕、これを始める前は牛と人のことしか考えてなかったんです。でも農園チームができて畑を始めたり、今はキャンプの生ゴミを堆肥舎で牛糞と混ぜながら堆肥にして、自分たちの農園と千葉の農家さんで使えないかと考えています。こうなってくるともう、牛と人だけではなくて、当然微生物とか植物とか、うちの牧場にいるつがいのキジとか、本当にいろんなもの全てについて考える方が自然だと自分も思い始めてるんですよね。
この間うちのスタッフと話してるときに、今あまり使われてない牧場のある区画に勝手に入ってきちゃう人がいるので、ゲートを作ろうかとスタッフに話をしたら、「そこはキジの通り道だから、キジが通れる分だけ空けておいてください」って言われたんですよ。これはすごい気づきだなと。そういうことも全部含めて気付いていかなきゃいけないと思いましたし、さっきの堆肥の話で言うと、小松菜が育つ堆肥だったらどんな野菜も育つと言われるらしいんです。小松菜の視点で考えると、良い堆肥と悪い堆肥がわかるんだって思えるようになったり。あと牛って人に見られてる時間が長いほどストレスを溜めてしまうんです。そうやってそれぞれを主語で考えたときに、人間以外のものってすごく敏感というか、いろんなものを認識してるんだなって最近感じていて、人間が一番そういうとこ鈍感というか、周りの自然や動植物のことや、自分が行動したことの影響とか一番気付いてないじゃないですか。だから人間ってもっと勉強しないといけないなって思うんですよね。
牛と人だけじゃなくて生態系がウシノヒロバの中には広がってるので、それを僕らがどれだけ認識して勉強して、いいと思えることをアクションしていくかが大事だと思っています。そういう機会をもらってること自体がありがたいし、考えることが楽しい。うちのスタッフたちも多分そういう機会があることが給料以上にいいと思ってると思うんですよね、おそらく。
そう考えると、僕のチャレンジとしては究極の話、ウシノヒロバでの利益はそこまで出なくてもいいと思っているんです。短期的かつ経済的に採算を取れるかどうかだけで判断していくと、今みたいな話って優先順位がどんどん後ろになっていっちゃうんですよね。目の前のことも大切ですが、目の前のことだけに向き合ってしまうと、到底コンセプトは実現できない。それよりも、10年から20年ぐらいで黒字化するつもりで、それまでは環境や動物やウェルビーイングなことにどんどんお金使うべきなんじゃないかと思ってるんですよね。
chicabiは事業をする中でお給料を払い成長していくようにしていますけれど、でもウシノヒロバに関しては、ウシノヒロバだけで採算を語るのはよくないと最近本当に思っていて、最悪ウシノヒロバが赤字でも、先ほどのような気づきや考える機会を与えてもらってるってことなどがプラスになっているので、例えば1000万円の赤字だったとしても、僕らのウェルビーイング指標が+2000万だったら良くない?って思いたいじゃないですか。もちろんグループ全体としては利益を出し続けていきますし、キャッシュフローは安定させなければいけませんが、そういうところに資本主義だけの世界を脱却していくヒントがあるんじゃないかと思っています。こういったことは経営者の考え方と立ち居振る舞いで全て決まってくるので、そこに向き合っていきたいと思います。僕はマルチスピーシーズに詳しいわけではないんですけど、これが僕なりのいろんなものを含めたウェルビーイングに向き合う今の考え方ですね。
山本 僕らは人間なので、人間より動物を優先するのは違うと思っているんです。原理的に人間中心に考えざるを得ないというか、神様にお祈りするのだって最終的には自分たちの幸せのためだったりするので。だから、人間中心に考えたときにも動物とどう付き合うか、自然とどう付き合うかという話だと思うんです。
ある程度経済成長するときには、何らかの犠牲が必要だと思うんです。それはお互い様で、人間が自然を壊すこともあれば自然が人間を壊すこともあるし、僕も花を取りに山行ったらすごいかぶれて帰ってくることもあるんですよ。でもそういうことも受け入れるようにしていて。山入ってるんだからそりゃそうだよね、植物としても人間に対してやることあるよねって。お互い様とか、いのちをいただくという謙虚さや感謝を持てると良いと思っています。動物を大事にするあまり、お肉を食べないっていう選択は何かちょっと極端すぎる。そうではなくて、食べるんだけど感謝する。アイヌの考え方にも近いですよね。そもそもアイヌの論理も、クマからするととんでもない話かもしれません。クマが美味しい肉を持ってきてやってきてくれるって。でもだからこそ狩ったあとはちゃんと送る。そこにはやっぱり感謝がある。感謝があれば何でも良いわけじゃないんですが、人間としてそういう魂を持つことは大事だと思っています。まだまだ時間かかると思うんですけどウシノヒロバはそういうことに気付ける場所になっていくといいな、と思っています。
溝部 2人とも壮大な素晴らしい意見なので、ちょっと喋りづらいんですけど(笑)建築的な視点でウェルビーイングを考えると、たとえば住宅一つにも公共性ってありますよね。住宅って、個人のお客様が自分のために所有して住まうもので、道行く人とか決して中に入れないし利用できないんですが、見かけることによっていろんな気持ちが生まれたりする。ちょっと周囲に配慮してるとか、こだわりを感じるとか、そういう心が表れるものなんです。今回家畜と呼ばれる牛に関わってみて、畜舎建築にも同じようなことがあるんじゃないかと思っていて。たしかに実際自分も牛舎を設計してみて経済的な制約や防疫対策を考えていくとどうしても中に閉じた管理していくための建築になっていくんですけど、もっと外に向けた公共性を意識するというか、自分たちで完結するんじゃなくて地域や周辺に対してどういうふうに構えるのか、何かそういう公共性を意識することが人間と家畜のウェルビーイングの第一歩になっていくのではないか、先ほどの話でいう気づくきっかけの一つになるのかなぁと最近思ってます。
ーーありがとうございます。コンセプトは共有しつつ実現に向けた立場の異なる御三方にお話を聞けたのが大変勉強になりました。
ウシノヒロバのこれからの発展がとても楽しみです。
まとめ
ウシノヒロバの存在を知ったとき、牛と人間の関係性を中心に、マルチスピーシーズを実現しようとしている場所だと感じました。
私たちがDeep Careの概念で語っている理想に近いコンセプトを、現実の場に落とし込もうとされている。どういうふうにやっているのか、どんな難しさがあったのか、これから実践しようとする人たち(私たちも含めて)のヒントになるのではないか、先達として話を聞きたい・・・!とご連絡をさせていただきました。
ウシノヒロバに関わる人たちが、理想としてはわかる、でもどうやって実現するんだろう?と感じるコンセプトに向けてチームとして学び、考え、試行錯誤されている。地道で、でも着実な姿勢がとても印象的でした。
また、経営者として川上さんが最後に資本主義だけに閉じない世界を開いていく可能性として「1000万円の赤字だったとしても、僕らのウェルビーイング指標が+2000万だったら良くないか」とおっしゃっていたことにも大変感銘を受けました。
これまでの私たちの世界では、家畜である牛をいかに効率的に、経済的にも儲かるように活用し肉や牛乳を採るかという「搾取の論理」が主導的だったかと思います。でもそれでは限界が来ているのがであれば、面倒だったり手間だったり人間側の「乳搾りしたい!」という欲求が叶えられなかったとしても「お互い様」の関係性の中で他種といかに関係を結び直していけるか、ということに向き合っていけると良いのだと思います。
経営者側が儲かる効率性を越えてコンセプトの達成を目指す覚悟を持てるかどうかというのも、他種と共に生きていく世界感には必要なことなのかもしれないという新たな視座が持てました。
また、ウシノヒロバのような誰をも受け入れる場所をきっかけとして、ちょっとずつ人々の意識がシフトしていくかもしれません。以前、立石従寛さんにまなざしをずらすアートの役割を教えていただきましたが、同じ役割を牧場も担える可能性があるんだ、という気づきがありました。美術館にも森にも牧場にも、いろんなことに気づくフックが用意されている。そういうところにたまに行きながら、流されてしまう日常の中でふと立ち止まり気づきを得る。その繰り返しの中でも、まずは他種と共に生きていく世界に向かうヒントがあるかもしれません。
千葉に訪れる機会のある方はぜひウシノヒロバへ!
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