絡み合う要素への丁寧な向き合いが未来の風景をつくる|インタビュー:ランドスケープデザイナー 吉田葵さん
Deep Care Labがお届けする、サスティナブルな未来をひらくクリエイティブマガジン『WONDER』では、持続可能性につながるビジネスやプロジェクト、気候危機時代の生き方のヒントになる想像的な実践や活動をされている方にお話を聞くインタビューシリーズを連載しています。
今回は、ランドスケープデザイナーの吉田葵さんに、リサーチ・デザインの進め方や大事にされているスタンスについてお話を伺いました。
今回のインタビューのお相手
さまざまな要素が絡み合って形成される風景=ランドスケープ
ーーまずは、吉田さんがランドスケープデザインという今のお仕事にどのようにたどりついたのか教えていただけますか。
小学生の時からずっと、自然以上に美しいものはない、山の美しさや川の美しさに勝るものはないと思っていました。ですが、大学の芸術の授業で絵画などを見に行くようになり、加えて建築の授業にも出席し始めてから、人が作るものの素晴らしさも感じるようになったんです。それで芸術と自然双方を掛け合わせた領域をやってみたいと思い調べていたら「ランドスケープデザイン」という言葉に出会いました。人間は環境を破壊することもできるけれど、よりよく作っていくこともできる。ランドスケープデザインは後者を体現できる領域のように感じられて魅力的でしたね。
ーーランドスケープデザインが一般的にどういうものなのか、そして吉田さんが実践する中で大事にされていることがあれば教えてください。
ランドスケープデザインはシンプルに「風景を創る仕事」です。じゃあ風景ってなんなのかといえば、例えば風景写真を見たときに何が目に入るかは人それぞれですよね。海がすごく綺麗だと思う人もいれば、ここの家ってどういう家なんだろうと思う人もいる。つまり、海とか家とか含めて風景っていろいろな要素がかけ合わさってできていて、かつ全く同じものは存在しないんです。もちろん人間が作った環境であれば再現性があるかもしれない。でも自然な土地においては絶対に同じものは存在しない。それがすごく面白いと感じています。
私が風景を見るときは、この風景が何によって形成されているか、構成している要素を捉えるようにしています。地形は、水は、植物はどうなっているのか、その土地で人がどう暮らしていて、どういう鳥が飛んでくるのか、どういう営みがあるかなどを見ていきながらリサーチやデザイン取り組んでいきます。
ーー風景といってもすごく広義の捉え方をされていて、その環境下に何があって何が行われているかを全体的に見ていくということですね。面白いですね。
各要素は季節によっても異なってくるのですごく面白いです。地域の方に話を聞いたり、ワークショップやヒアリングを実施して探っていくこともありますね。
具体的なプロジェクトを紹介すると、石川県の能登半島に珠洲市という場所をご存知ですか。ここは限界集落なのですが世界農業遺産に登録されていて里海里山の暮らしが今も続いているところなんです。今そこで現代集落プロジェクトを行なっています。このプロジェクトは、資本主義や都市の一極集中に持続性はあるのか?100年後の人間は豊かな暮らしを育んでいるか?という疑問からスタートしていて、海や山が近い環境で何ができるのか、土着の文脈を参考にしながら新しい集落を作っていこうとしています。集落ごとの祭りについて現地に住んでる方々に内容や由来を伺ったり、四季折々で何が食べられるか、山菜は何が取れるかなどを聞いていきながら、そこに現代的なテクノロジーがどう介入できるのかという議論に繋げています。集落が将来どうなっているのかを絵にすることで、それを見た様々な方のチャレンジに繋げられるといいな、と。
ーーその土地でこれまで築き上げられてきたものを見ずに「こういう未来があればいい」と将来ビジョンだけを語るケースも多い中で、脈々と受け継がれてきた地域の土着の文脈に目を向けて、現代にどう再編集しているかを模索されているのはとても面白いし共感します。土着の文脈をどのように紐解き、設計やコンセプトに落とすのかもう少し詳しく教えてください。
先ほどの祭りの例でもう少し詳しくご説明すると、人口減少や高齢化で山車を引ける人がいなくなってきて祭りが無くなりかけていたんです。そういった状況での新しい集落での営みってなんだろうと考えていくときに地域の方へのヒアリングをしました。水田で米を作るって一言で言っても、田植えをしたり草刈りをしたり用水路の掃除をしたり、大変ですよね。お話をうかがう中で、祭りが稲作の大変な仕事の前後に設定されていることがわかってきました。つまり、みんなで頑張ろう!勢い上げていこうぜ!って士気を高めるために祭りがあった。こうした文脈がわかると、現代で祭りを実践するにはどうしたらいいか、ただ同じことをやるのではなく、士気をあげるタイミングっていつなんだろうと言う視点で考えることができるようになるんです。こうやって昔からの営みを現代に翻訳していくことが大切だと感じています。
ーー地方都市では過去から受け継がれた文脈を辿れるものがたくさんあると思うのですが、都市のランドスケープデザインはアプローチの仕方が変わるのでしょうか。
都市のランドスケープデザインも基本的にアプローチは一緒です。自分で歩いたり聞いたりして、俯瞰的にデータを収集していきます。都心でもそれぞれの土地の持つ文脈を読み取って人がそこをどのように使っているかを見ていくと、何かしら継承できるオリジナリティーがあると思っています。どこにでも同じものがあるよりも、そういった固有の文脈があるほうが面白いですよね。
人間の暮らしと環境、その未来を考える
ーー風景というのはすぐには完成せず、例えば建物を1つ建てるとしても周りへの影響もあると思います。まだ訪れていない未来をどのように想像し、どのような観点でデザインしていくのでしょうか。
1世代、だいたい30年くらいを目安にしたりするんですが、30年のうちに樹木も成長するし、樹木の変化によってそこに集まる生きものも変わっていくので成長する植物のための領域を設定していくことも大事になります。さらに、人の介入が環境を撹乱して多様性を上げることもありますよね。なので人が様々な環境を構成していくことで生きものの拠り所も増えていくことも想像できます。デザインする対象地にもよりますが、人と自然の関わり方のパターンも増えていくと予想して、それを押さえつけないような設計思想を持っています。
一方で、話をしながら気づいたんですが、未来のためにこれはやってはいけないという視点を持つことも必要な気がします。例えばコンクリートを打つと酸性の水が地に染みてしまうんです。その未来を踏まえて「コンクリートを多く使うのはよくないかもしれない」と考えられる視点もこれから必要になってくるように思います。
ーー生態系や自然の存在とそこに住む人、そしてそれらが変わっていくと言う前提で捉えていくのはとても面白いと感じました。変わっていくであろう未来の暮らしのイメージはどのくらいまで持っているのですか。例えば将来の生活をイメージすることはもちろん大切ですが逆にイメージの押し付けになってしまう可能性もありますよね。
改めて自分がやっていることを思い返すと、持続可能な暮らしの実験をこれからしたい地域ということであれば、そういった暮らし方をイメージしていったりしますが、おっしゃる通り、押し付けになりすぎてはいけなくて、暮らしぶりは人によって本当に違うので限定せずにオープンに考える部分と、向かいたい方針の下でそうした暮らしをしたい人が集まれるような環境をいかに生み出していくのか意図を持って考える部分と、両方を行ったり来たりして考えているように感じます。環境が暮らしをつくるし、暮らしが環境をつくるし、関係しあっているんですよね。なのでデザインする時には、こういう場だったらみんな楽しんでくれるんじゃないかとか、こういう未来になってるだろうから、人はこういう風に場所を使ってくれるんじゃないか、というように環境と暮らしの両面を見据えて考えています。
人と自然が共存できる環境設計に向けて
ー ケアの視点が未来の風景につながる
ーー吉田さんは「マルチスピーシーズ」というキーワードも意識して人と生態系両方にとって良い環境づくりをランドスケープの観点から探求されていると思いますが、その時に意識していることを教えてください。
マルチスピーシーズ(※)という視点では場所の適正とポテンシャルに合わせて環境をつくることを大事にしています。例えば、過去の温泉リゾート計画のプロジェクトでは、湖があり周りが山に囲まれている土地の中でどこを人間が使うべきかを土地のポテンシャルから分析しました。湿地帯は生きものたちの領域で、反対に谷は昔から水田に使われたように人間が使う領域にする。人間が使う領域に温泉リゾートを置き、さらに山裾をどのように使うか考えていきました。1つの敷地の中でも太陽の動きによって日当たりが異なるので、そこに合う植物もその植物に寄ってくる生きものも異なってくる。このように、場所の適性やポテンシャルに合わせて環境を作っていきます。
ーーやはり非常に多角的に捉えていくんですね。一方で、人と生き物や自然が対立してしまうケースもあるように感じます。例えば洪水が多いエリアで治水のために高い壁を立てたりする。こうやって自然を制御する方法が洪水のリスクを完全にゼロにできるかというと実はそうではないですよね。
オランダのランドスケープデザインの事務所でインターンをしていたことがあるのですが、そこでルーム・フォー・ザ・リバーというプロジェクトがあり、堤防を作らず、50年や100年に1回の川の氾濫をシミュレーションして、氾濫する範囲は水を受け入れるための空間にすると振り切っているんです。平常時はみんなが公園として使いつつ、水位が上がったらそこは水のための場所。これもランドスケープの領域だと学びました。オランダはコロッケが有名なのですが、ワゴンで売られているコロッケが水位に応じて値引きされるんです。こうやって楽しめる設計になっていることがすごくいいと思いました。水害を恐れて水と自分たちを棲み分けるとも違って、共存するというか受け入れる感じですね。
ーーお話をうかがってきて、生態系に関する基礎知識とその土地で営まれていた物事を知ることの重要性を感じました。さまざまな要素が絡み合う中でそれらを総合的に取り扱っていくためのものの見方やイマジネーションはどのように育めるのでしょうか。街をいろいろなレイヤーの重なりで見ていくことも1つのエクササイズにはなりそうですが。
もちろんお勉強的な要素も必要なんですけど、楽しんでみるっていうのが1番大事な気がします。街を歩くときも、これなんだろう、あれなんだろうって視点を持ったり。
レイヤーの話で言うと、例えばまずは水の要素だけに注目して取りまとめていくことも1つかと思います。土地の中の水があるところや水路を図にまとめていくんです。そこからその視点を地形や植物へとずらしてレイヤー化していく。そのように図にまとめて俯瞰で街を見ることと、まちを歩いて見て回ることを同時に実施していくんです。お花がすごくきれいに植えてあるけれど壁がある、敷地の境界線はここにある、こんなスペースがあるということに気づいていくことで多角的な発見があります。
ーーさまざまな要素が重なっていって結果として繋がりが形成されていく視点は街をみるときだけでなく色々なことに応用できる気がしますし、そのときに図を通して理解していくことで複雑なものを捉えていきやすくなるとも感じました。目に見えないとなかなか相互依存や繋がりが理解しきれない。可視化されているからこそどうしていけばいいんだろうと考えられ始められるわけですね。
そうですね。本当にビジュアライズの力はすごいと感じています。思っている以上に「私たちはわかっていないことが多い」ということもわかってきます。例えば地域の方はいろいろなことを知っていて、体験も知恵もあるんですが、絵で見るとこうだったんだ!とすごく驚かれるんです。ビジュアライズされると、そこからまたいろんな人の視点がどんどん集積されていくように感じます。
ーーありがとうございます。最後に、吉田さんのこれまでの実践をケアの観点ではどのように捉えられると思われますか。
丁寧に知っていくことを諦めずにやっていくということかと思います。丁寧に、というのは1個の物を作るにしても、周りの風景からちゃんと学んだり、風景を成り立たせる要素を俯瞰的に見たり、今だけではなく過去の地歴も見たり、そして植物が将来成長する様子を想像したりするということ。こうやってさまざまな方向からじっくり向き合うことこそがケアに繋がると思います。
ーー今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
おわりに
吉田さんのランドスケープデザインのお仕事の仕方、そして考え方を丁寧に紐解きながらお話をお伺いできた時間でした。人間の生の尺度だけで考えることのできないランドスケープ。そこには、地球規模の営みで作り上げられてきた地形、さまざまな生き物たちによって形成された生態系、過去の人間たちがその上で営んできた文化、といった過去から受け継がれてきた膨大な遺産が関係しています。現代を生きる私たちがどうそれらに手を加えて現代の私たち自身を豊かにし、そして未来世代に引き継いでいくか。その意識が風景にも投射されていくのだと感じました。
そう考えると、自分の身近に広がっている何気ない風景や環境が今を生きる自分次第でいかようにでもできてしまう、その責任を感じるとともに、歴史を興味深く紐解き、そして楽しみながら豊かさを未来までつないでいけたら・・・・という思いも生まれてきます。
何より、吉田さんがランドスケープデザインを志した理由の1つ。「人間は環境を破壊することもできるけれど、よりよく作っていくこともできる」。この人間に課せられた希望の役割を、吉田さんのようなランドスケープデザイナーをガイド役にしながら、一人一人が自分たちの身の回りで実践していくことが、果てしないけれども着実に未来につながるステップなのではないかと感じました。
吉田さん、どうもありがとうございました。
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