変わりゆく植物、そして人との関わり合いから“生きがい”を見出す。園芸療法で「Meaningful life」を追求する|インタビュー: 晴耕雨読舎 石神洋一さん
子どもの頃、学校で野菜を育てたり、畑に行って野菜を収穫したりした記憶はありませんか?
毎日水やりをするたびに大きく育っていく姿に驚いたり、自分で採った野菜が「こんなにおいしいのか」と感動したり。大人になって忙しい日々を送っていると、植物と触れ合う時間はどうしても少なくなりがちです。
もし「心の余裕がない」「仕事ばかりで人生がつまらない」と感じているのであればあらためて植物と向き合ってみると、人生における豊かな時間を取り戻せるかもしれません。
Deep Care Labがお届けする、サスティナブルな未来をひらくクリエイティブマガジン 『WONDER』では、持続可能性につながるビジネスやプロジェクト、気候危機時代の生き方のヒントになる創造的な実践や活動をされている方にお話を聞くインタビューシリーズを連載しています。
今回は、日本では数少ない「園芸療法」を取り入れたデイサービスセンター「晴耕雨読舎」を運営している石神洋一さんにインタビュー。園芸療法とは、花や野菜などを育てる体験を通して、心や体の健康回復を図る方法です。園芸療法を通じた「生きがいづくり」を目指す石神さんの姿勢には、私たちが豊かに暮らすための知恵が隠されているかもしれません。
今回のインタビューのお相手
「生きがい」を育む園芸療法。植物を育てる「時間」の意味
ーー晴耕雨読舎は、デイサービスでの取り組みとして「園芸療法」を実践されています。なぜこうした取り組みを行っているのでしょうか?
私たちの園芸療法は、「生きがいづくり」と「身心機能の維持・回復」を目的としています。ここに集まる方々の多くは、一人では生活がままならず、介護を必要としています。そういった方々に対して「生きがいづくり」をどのように提供するか。意欲的にチャレンジしたくなる取り組みを、と考えてたどり着いたのが「園芸療法」だったんです。
ご自身で小さな畑を借りて農作物を育てるのは大変ですよね。でも、晴耕雨読舎に来ていただければ設備が整っているので、自分のペースで野菜を育てることができます。誰もが自然な流れで農作物を育て、「できた!」と思ってもらえるように、私たちも工夫しながらサポートしています。
ーー園芸療法には、どういった効果があるのでしょうか?
「緑が人を癒やす」のはもちろん、「人が人を癒す」という効果があるとも言われています。園芸療法は、誰かと共同で作業することが前提にあるんです。一緒に活動することを通して、お互いに癒やし、癒やされていく。それが大きな効果だと感じています。
それから私たちのデイサービスには、もともと植物が好きな方が多いんです。昔、花や野菜を育てていた方が、ここで畑を目の当たりにして「お花がきれいだな」「お世話したいな」と心が動き、活動を通してやりがいを感じたり、生きている実感につながったりする。それもまた園芸療法の効果と言えるかもしれません。
介護が必要だからデイサービスに通わざるを得ないだけで、わざわざ行きたいと思って来る人は多くないんですよね。でも、仕方がなく通っている状態だと、そこで過ごす時間がもったいない。ここに来て活力を取り戻してもらうために、園芸療法があるんです。設備が整った環境で、自分のやりたいことに挑戦してもらうと「私にもできることがあるな」「やってみたら、これが楽しかった」と、少しずつ楽しくなってきます。
ーー折り紙を折ったり、頭の体操になるゲームをしたりといった、一般的なデイサービスの活動とは何が違うのでしょう?
大きな違いは、植物を使う園芸療法は生命とつながる活動であるということです。園芸療法が面白いのは、植物は自ら変化していくということ。折り紙であれば1週間後も特に変化はありませんが、植物であれば勝手に変化していきますよね。
植物の変化は私たちに驚きや感動をもたらします。それこそが自然や命との触れ合いです。自分で育てた野菜を自分で食べたり、家族も一緒に喜んだりすることが、結果的に楽しみにつながる。
ーーたしかに、しおれかけていた植物が1ヶ月後に復活している姿を見ると、生命力の強さを実感します。野菜一つひとつで育つスピードも違いますし、植物に触れる時間を持つことはすごく大事だと感じますね。
子どもや孫を育てる時間が意義のある大切なものであるように、野菜も育てること自体に意味があるんです。日々の生活に根ざした活動に取り組めるデイサービスにしたいと思った時に、意味のある時間を過ごせる園芸療法が最適なのではないかと思いました。
主体性を持ち、「Meaningful life」を追求してもらう
ーー園芸療法を実践する上で、特に大事にされていることは何でしょうか?
ここで時間を過ごしていただく以上、利用者の方に主体性を持っていただくことは不可欠だと思っています。ですから、流れに沿って「これに参加してください」と強制するのではなく、「これはどうですか?」と提案することを大切にしているんです。ここに来る前は自立した生活を送っていたのに、利用者の主体性を奪ってしまうと、生きがいも失われてしまう。主体性を失うような生き方はしてほしくありません。
デイサービスを始めた頃は、園芸療法のノウハウを活かして、毎日何かしらの活動をしようと考え、「今日は種まきをします」「今日苗を植えます」と決めていました。ただ、半年も経つと、ネタが尽きてしまったんです。それである日、利用者の方と「庭に置く棚があったらいいですね」とお話していたら「それ、作ってみたい」と楽しそうに伝えてくれて。その方は片麻痺(編注:身体の左右どちらかに麻痺の症状が見られる状態)の症状があったのですが、私たちがサポートしながら一緒に作業した結果、棚を完成させることができ、とても喜んでくれました。
やはり自分がやりたいと言ったことに関しては、みなさん一生懸命取り組もうとしてくれるんです。その時に、私たちがやるべきことを考えるのではなく、利用者の方がやりたいと思っていることをサポートしていこうと思うようになりました。
昔、お味噌を作っていた利用者の方から「ここで毎日お味噌汁が出るのであれば、味噌を作ってみませんか?」と提案いただいたこともありましたね。そこで、作り方を教わりながら一緒に味噌を仕込みました。完成までに半年ほどかかったのですが、みんな「おいしかった」と喜んでくれて。私も一緒に作りたい、という人が増えて、仕込む量も今では年間150kgほどになりました。
ーー「どうすれば生き生きと過ごしてもらえるか」という問いの答えは、利用者の方々の中にあったんですね。
はい。私たちのミッションは「Meaningful lifeの探求」です。有意義な時間、意味のある人生を探求すること、という意味です。デイサービスセンターの仕事は、限りある時間を預かるということ。いかに人生における大事な時間、意味があると思える時間として過ごしてもらうのかが重要になります。
以前、スウェーデンから晴耕雨読舎の見学に来てくれた方がいまして。「こういう時間を過ごしてもらいたいと思って運営しているんです」と英語で説明していたら、その方が「Meaningful life」と言ってくれて。「そう、私たちが作りたいのはMeaningful lifeだ」と、しっくり来て、そう名付けたんです。
ーー園芸療法を実践されている根幹には、「Meaningful life」への志向性があったと。
ただ、私たちの施設にいらっしゃる方の中には、時間が経つにつれて本人の意思表示が少なくなっていったり、もともとご自身で日々の過ごし方をコントロールするのが難しかったりする方もいらっしゃいます。そうなると、どう過ごしてもらうかは、ある程度私たちが考えなければなりません。
しかし本来は、誰しも有意義な時間を過ごしたいと思っているはずです。「もう寝たきりでいいや」ではなく、「せっかくだからちゃんと人生を生きよう」と思えるようなサポートが必要だと感じています。ですから私たちと一緒に長く過ごしてきた方であれば、これまでの行動をもとに反応を見ながら模索するようにしています。本人の意思表示がしづらいタイミングでお会いした場合でも、初めにご家族の方からお話をお聞きするようにしていますね。
環境問題から園芸療法へ。自然環境への関心の移ろい
ーーそもそも石神さんは、アメリカのハイオ大学大学院で環境学について学ばれています。昔から自然環境に対して強い関心をもたれていたのでしょうか?
はい。「環境問題をなんとかしなければいけない」という危機感を強く持っていました。昔から釣りをしたり、川で蛙を捕まえたりと、自然の中で遊ぶことが好きだったんです。ですから環境破壊に対して違和感を感じていましたし、大学の先輩が環境問題に関する本を読んでいる姿をよく見たことも影響していると思います。
だから、大学院に通っていた頃は、誰かを助けること以上に、地球環境を守るために社会はどう向き合うべきか、ということに意識を向けていました。最初の就職先も、都市緑化に力を入れている造園資材メーカーを選びました。ただ、すごく良い会社で、主に屋上緑化の施工に携わっていて仕事は面白かったものの、もっと土に触れたり、人と直接やり取りしたりするほうが自分には合っているかもしれないと感じたんです。
ーー環境問題に強い関心があった中で、なぜデイサービスセンターを立ち上げようと思われたのでしょうか?
私がまだ20代後半の会社員だったこともあり、もっと社会の役に立ちたい、何かをやり遂げたいという思いが強かったんです。自然環境に優しい生活はどんなものだろうと想像した時に、自給自足かとも考えたのですが、かといって田舎で自給自足の暮らしを送ることはちょっと違うなとも思って。それなら社会とのつながりを保ちながら自分で何かをしたいと思った時に、会社の人から紹介してもらった園芸療法がちょうど良かったんです。
必ずしも介護や福祉の仕事をしたいと思っていたわけではありませんでした。ただ、私の両親も医療福祉の仕事をしていたこと、また私自身も困っている人がいればお手伝いするような、人のためになることをしたいという思いがあったこともあり、2001年に高齢者の介護予防のためのデイサービスセンター「街かどデイハウス晴耕雨読舎」をスタートさせました。
ーー環境問題に対する危機意識から、徐々に園芸療法・福祉へと関心が移っていったと。
そうですね。自分の中で園芸療法は、環境問題と福祉の両方にバランスよく取り組める営みなんです。たとえば、自分のできる範囲で環境を破壊しないようにと、晴耕雨読舎では無農薬・有機栽培で野菜を育てるようにしています。農薬や化学肥料もできるだけ使わないようにしていて。そもそも認知症を抱えている利用者に「先週、薬をまいたから、今週は間引き菜を食べないで下さい」と言っても、伝わりづらいんですよね。環境に優しくしようとすることで、結果的に場所や生き物、人にとっても優しくなっていると感じます。
それに実際に園芸療法を取り入れてみると、利用者と一緒に畑仕事をすることが楽しくなっていったんです。利用者が喜んでくれたり、元気になったりする姿を見て、もっと人を支えたいと思うようにもなっていきました。
ーーとはいえ環境問題への危機感を持ったまま、福祉というフィールドに移ることにはさまざまな葛藤もあったのではないかと思います。
どうでしょうか……「環境問題をなんとかしよう」と思っても、非常に抽象的ですよね。氷が溶けていくなど自然環境の大きな変化に対して直接的にアプローチできるかと言われれば、決してそうではない。
一方で、デイサービスセンターの運営は、続けていくほど利用者のニーズがわかってくるんです。そうすると、「目の前の人を助けてあげたいな」「地域にいる他の人たちも支援してあげたい」と思うようになるんです。経営者である以上、デイサービスセンターを利用されている方や、そこで働く従業員の幸せをいまは一番に考えるようにしていますね。
それぞれの地域で園芸療法が実践される世界へ
ーー現在は、どちらかと言うと福祉に関する問題意識のほうが強くなってきたと。
もちろん、環境問題には関心を持ち続けていますし、最近は、子ども向けの自然体験活動にも取り組んでいます。未就学児の親子向けの自然体験活動を通して「生き物を大事にしよう」と発信しているんです。毎年、子どもたちと一緒に昆虫の標本を作っているのですが、虫嫌いだった子どもが、昆虫を観察していくうちに見方が変わるなど、自然に対する向き合い方に変化が生まれていると感じています。
ーー施設内に畑があることで、子どもたちが自然を学べる場にもなっているのですね。
さらに施設内に子どもが集まることで、お年寄りの利用者と一緒に話をしたり、畑仕事を一緒に手伝ったりと、世代を超えた交流も生まれています。お年寄りの知恵をたくさん教わることで、子どもたちが「こういうやり方をしたら上手くいくって聞いたよ」とお母さんに伝えたり、お母さんも巻き込んで、しめ縄や味噌を作ったりすることもあります。
ーーそうした最近の動きも踏まえて、最後に、今後やっていきたいことを教えてください。
園芸療法を取り入れたデイサービスは、まだまだ普及していません。ですから、晴耕雨読舎のように実践したいと言ってくださる方が、それぞれの地域で実現できるような仕組みづくりを整えていきたいです。
晴耕雨読舎があるこの場所は、自然環境に恵まれていて、やや特殊な場所と言えるかもしれません。ただ、私たちが運営しているもう一つの施設「Roles晴耕雨読舎南平台」は、高槻市南平台の住宅街にあります。この施設は、「Role=役割」をキーワードに、自分の役割を見つけ、有意義な時間を過ごしてもらおうと開設したデイサービスで、利用者一人ひとりのやりたいことに寄り添っています。そこでは、家の庭を使ってお花を育てていて、取り組みが意外とうまくいっています。
そういった園芸療法を取り入れたデイサービスを増やし、利用者が有意義に過ごせる場所を増やしていきたいですね。
おわりに
園芸療法は、植物をケアすることで、ケアされる。まさに、ケアしあう関係を体現するアプローチだと感じました。石神さんはこれをデイサービスに取り入れていますが、誰しもが身近なところで、実践できるケアの営み。特に、植物や野菜といった人間とは異なる時間スケールに身をおくことは、忙しない日常、次々やってくる近い未来の予定と不安からある種解放されていくような感覚になるのだと思います。ケアと「時間」は切っても切り離せない命題。それを人間ならざるものとの日常的な関わりの中からもっと探求していきたく思います。
(Deep Care Lab 川地真史)
・・・
Deep Care Labは、祖先、未来世代、生き物や神仏といったいのちの網の目への想像力と、ほつれを修復する創造的なケアにまつわる探求と実践を重ねるリサーチ・スタジオです。人類学、未来学、仏教、デザインをはじめとする横断的視点を活かし、自治体や企業、アーティストや研究者との協働を通じて、想像力とケアの営みが育まれる新たなインフラを形成します。
取り組み、協業に関心があればお気軽にご連絡ください。