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人・自然・人工物の共生関係と、日々の暮らしを異化するアートの役割|インタビュー:立石従寛

Deep Care Labがお届けする、未来や過去、動植物やモノ、垣根を超えたあらゆる「いのちのワンダー」をめぐるクリエイティブマガジン『WONDER』では、先月からインタビューシリーズを連載しています。
あらゆるいのちへの驚きや想像をめぐらせる気づきを得るために、創造的な実践・活動をされている方にお話を聞いていきます。

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インタビュー企画の第2弾となる今回は、美術家、キュレーター、そして音楽家として「人」「自然」「人工物」の3つの共生関係を模索しておられる立石従寛さんにお話をお聞きました。

今回のインタビューのお相手

プロフィール

立石 従寛 
1986年シカゴ生まれ、ロンドン拠点の美術家、キュレーター(HB.)、音楽家。
仮想現実に流れる人間像の観察をテーマに人工知能、立体音響、写真、建築手法を用いたインスタレーションを展開。主な展示に「沈んだ世界のアンカー 」(SPIRAL HALL、2019)、「生きられた庭」(京都府立植物園、2019)、「Allscape in a Hall」(Artists’ Fair Kyoto、2020)、「AnyTokyo」(九段ハウス 、2019)。主な音楽作品に「Re: Incarnation」(PERROTIN、2021)「ことばおどる 」(NHK、2019)、「Voyage in Sound」(AirBnB、2017)2017年に渡英、Royal College of Artにおいてファインアートフォトグラフィー修士号を2020年に取得。修士論文「It can sing; it can compose; it can shoot」で首席。ノンヒューマンを考察。
根津・池之端キュレイトリアル・スペース「The 5th Floor」代表。軽井沢暮らしの実験場「TŌGE」共同代表。

イギリスの若手アーティスト登竜門「New Contemporaries 2021」選出。

図1

下段 立石従寛さん


「人と自然と人工物の関係性」をめぐる作品づくりと想い

ーー今日はどうぞよろしくお願いいたします。はじめに、立石さんのご経歴と今の活動について教えてください。

立石従寛と申します。大学時代はコンピューターサイエンス、大学院時代はシステムデザインを勉強し、その後国内外で起業したり一般企業に就職しましたが並行してずっと作品作りも行ってきました。第一子が生まれたときにやりたいことをやっていない自分の背中をあまり自信を持って見せられないと思い、長年行きたかった美大にチャレンジしようと英国王立芸術学院、通称RCA(Royal College of Art)を受験しました。もし落ちたら才能がないと見なして芸術は諦めるつもりで1回だけ受験を許してもらったんです。

無事に受かり作家活動を始めてからは、作品のあり方として単なる展示・鑑賞にとどまらないよう、なるべく触れたり匂いを嗅げるような作品や、観客とパフォーマー、展示とオーディエンススペースの区切りがない作品を意識して製作しています。僕はキュレーション自体も作品として捉えたいと思っていて、それが「TŌGE」のプロジェクトにもつながり、結果的にもともと興味のあった「人と自然と人工物の関係性」を含んだ作品作りになっています。

ーー人と自然と人工物の共生関係というのはDeep Care Labとしても非常に興味があります。立石さんがそこに興味を持たれた背景を教えてください。

三者の関係性を考え始めたのは、もともと祖父が「人と機械のベストマッチング」を目指した事業をやっていたのが影響していると思います。祖父の話を父親越しに聞いていて、幼少期から当たり前のようにAIやロボットという単語が耳に入る環境で育ちました。なので、それらに対して「何も怖くない」という感覚をずっと持っていたんです。少し前の映画などでロボットの侵略がディストピアとして表現されるようなものがあったと思うのですが、ずっと違和感を持っていました。人とAIやロボットとの共存協調が言われ始めてからも、描かれる未来像の色合いが銀色や青っぽい近未来的なイメージなのにも違和感がありました。僕としては緑や茶色といった自然に近いイメージがあったので。

自然について大事だと思うようになったのは京都に住んだときからだった気がします。京都は割と自然も残っていますし、いまだに当たり前のように自然を起点に話をするんです。「鴨川から東」とか「どっち側の山の方」とか。京都に暮らして地政学的に考える癖がつきました。その影響か、初めて人と人工物の先に自然が見えるようになったと思います。

今は人と自然をベースにしながら、その上で人工物を考えるという流れがあるように思いますが、僕の場合は人と人工物のことを考えている中で自然が大事だと思った、という流れで今に至っています。


ーー人、自然、人工物の三者の関係性についてはどのようにとらえておられますか。

基本的には三者は地続きで連続的だと思っています。自分の違和感は、その3つの中で唯一自然だけが分断されて、完全に接続が切れていると感じるところです。自分を拡張していった先に自然があるはずなのに、まるでガリレオ以前の考え方のようにどこかで世界が終わってその外には知らない世界がある、といった関係性になっているような気がします。なので今は三者を分けて表現しないと伝わらないのですが、本当に伝えたいのは、それらは連続していて人と自然と人工物の境目を考えることはあまり意味がないということです。

生きられた庭

「生きられた庭」より、立石従寛《Abiotope》(2019) 
© Yuuki Yamazaki


ーー今、自然も人間も人工物に隷属しすぎているように感じていて、三者の中でも特に人工物の今のあり方に疑問を持っています。人工物のほど良いあり方についてこれまでの取り組みの中で見えてきたことなどあれば教えてください。

難しいですね。自分もまだまだ模索中ですが、 例えば人工物である建築は人と自然の関係を見直すときにわかりやすいのではないかと思っています。自然の中で1週間くらい過ごしてみると、座るところを見つけるだけでも大変で、暑いし寒いし濡れるし環境面で厳しいことが多々あります。建築の起源を遡ると柱と屋根だという説があって、木の枝に何かを刺して屋根にして厳しい自然環境から雨風をよけるために使ったそうです。その原点に合わせて身の回りの環境・地形に合わせた人工物を作るくらいが本当はちょうどいいのではないかと思っています。

全員IKEA、無印、ユニクロでももちろんいい。安いし、使いやすいし使える部分には使えばいいと思います。でも使えない部分もあることを理解して、量産品に無理やり僕たちを合わせにいくんじゃなくて僕らに合わせたものを僕ら自身がつくる。それが人工物のちょうどいいバランスなのではないかと考えています。


暮らしへのまなざしを変える場所、「TŌGE

ーーありがとうございます。次に「TŌGE」のプロジェクトについてお聞きします。このプロジェクトの設立背景を教えていただけますか。

2020年春までロンドンに住んでいたのですが、展示のために日本に帰ってきたらコロナでロンドンに帰れなくなってしまったんです。このまま日本から出られなければ子供の小学校受験に間に合わず学校に入れなくなってしまう。仕方なくしばらくは日本にいようということになり、東京からのアクセスと教育環境が良い所として軽井沢を移住先の候補に選びました。そうしたらRCA時代の同窓生でありその後の「TŌGE」共同代表である上野有里紗から「The 5th Floor」でやってきたディレクションやキュレーションの感覚を生かして、軽井沢で自然と人間の人工物のことをテーマに取り組みをしないかとお誘いを受けました。それが「TŌGE」のきっかけです。

軽井沢は地政学的にも歴史あるいい場所で、関東と上越をつなぐ数少ない峠なんですね。戦国時代には既に武田や上杉と江戸を結ぶための要所として、江戸時代には参勤交代のための道として使われて、当時は箱根と並ぶ宿場町だったそうです。険しい峠を越える準備をするための短期的に滞在する場所として発展したということですね。
そのあと明治時代になって、アレクサンダー・クロフト・ショーという宣教師が避暑地としての価値を見出し、今度は夏の間だけ滞在する場所になりました。
その後、公共交通機関も発達しリモートワークをする人も増えてきて、移住者が多くなってきました。移住者の多くは、僕も含めて軽井沢の自然をはじめとする充実した教育環境を目当てにやってきた人たちです。実のところは定かではありませんが、もしかしたら子供が学校に通う十数年くらした後、また別のところへ移る人たちやも知れません。

つまり軽井沢というのは、この数百年でだんだん滞在期間が延びていってる町なんです。でも地形的に見ても本質的には「峠を越えるための場所」でしかなくて、昔は本当に物理的な峠を越える場所だったのが、夏を越える場所になり、人生フェーズの中での子育てという峠を越える場所に変化していった。さらに今は激甚災害が増え、自然と人工物と人間の関係性を今一度模索しなければならない峠にもきていると感じています。

こういった文脈を持つ土地で展開する「TŌGE」で、三者の関係性を見つめ直すプロジェクトをたくさんやりたいと思っています。


ーー今「TŌGE」でやっていらっしゃるのは、「食」「育」「住」という暮らしに根ざしたテーマ性のものだと思いますが、暮らしにフォーカスを当てた背景はあるのでしょうか。これまでの立石さんの作品と少し毛色が違うようにも感じたのですが。

実は、あまり表に出してないので気づかれにくいのですが、暮らしは以前からモチーフとして取り込んでいるんです。作家業としては、仮想世界から見た人間の暮らしや風景を観察する、ということに取り組んでいます。結局、これらを通じて言いたいのは「身体性を取り戻そう」ということです。技術が進展していった先に何が問題になるかといったら、僕らの感覚や問いを立てるスキル、真善美でいう真実を感じ取る能力。つまり、非言語的であり、アーカイブもしにくい暗黙知的なものをどう感じ取るかだと思うんです。

そのためには、身体性がとても大事だと思っています。気持ちいいと感じる、体がどちらに行きたがっているか感じる、つまり身体知ですね。こういった感覚が拡張していくと、最終的には人生の選択にも社会的な選択にもつながるのではないかと考えています。

この身体性を取り戻すために一番手っ取り早くできることが暮らしの中にあるのではないかと考えています。自分たちの動作は自分の感情・体調・気候、いろいろな環境に影響を受けていて、同じルーティンをしてるようで、実は日々全く違うことやってる。歯の磨き方も何を食べたかによって毎日絶対違うはずですよね。その違いを感じ取るだけで、身体に素直になれるし、身体性を取り戻すきっかけになるのではないかと思います。

そういう意味で、実は「TŌGE」も身体性を軸にしたこれまでの作品作りと地続きに存在しています。


ーー自分の暮らしや日常の中で違いを感じ取るということが大事なんですね。ですが日々忙しく過ごす中で、日常のことを立ち止まって見つめたり意識したりするのは簡単なようで意外と難しいように感じます。作品作りに投影されている暮らしを見つめる視点はどうやって獲得されているのでしょうか。そのために日々意識しておられることはありますか。

暮らしにこれまでと違う視点を与えるものこそアートだと思っています。アートの役割はいろいろな言い方があると思いますが、自分がよく使ってるのは「アートとは問いを投げかけることで、新しい視点を日常生活に埋め込む行為」という言葉です。アートでないとできないわけではないとは思いますが、効率的だし力強いと思います。

僕がこうした見方を獲得できたのはホワイトキューブのおかげです。たとえば蜂蜜をホワイトキューブに置くだけで、空間が真っ白なのであらゆる文脈が溶けて蜂蜜だけが浮かび上がってくる。訓練のつもりはあまりないのですが、同じような見方で作品を見たり、読むことを繰り返したりしていくと、日常でも瞬時に頭の中で余計な文脈をなくして対象物だけを浮かび上がらせることができる感覚が出てきます。その後で場所の文脈をもう一度置き直して現実に戻してみる。基本的には暮らしを見るときにもそういうことをやっています。

図1

ホワイトキューブ (イメージ) 
https://pixabay.com/images/id-854880/


ーーホワイトキューブなど、眼差しが変わるための装置もしくは日常を異化するようなきっかけが必要だということですね。
「TŌGE」は暮らしの実験場と銘打ち、美術館とは違う形で日常を異化していると思うのですが、具体的なプロジェクトの中身について教えていただけますか。気になっていたのは木を食べ、飲むプロジェクト、「木(食)人」です。

「木(食)人」はTŌGEと、日本草木研究所とで共同で設立した木食ブランドで、本当にそのまま、木を食べるんです。
ただ、木を食べるのはまだ先で、まず木を飲むところから始めています。実は木を飲むのは特別なことではなくて、アカマツやカラマツ、モミ、ヒノキ、アブラチャンというクロモジの仲間を粉砕して蒸留したり煮込んだりした液体を飲むことが可能です。僕たちは普段、葉っぱや、ルートビアのように根っこなど、木の先端部分しか体に取り入れていないのですが、幹や枝をどうにか体に取り込みたいと思っています。

これはホワイトキューブのような文脈の消し方ではありませんが、結局は関係性を移す行為になります。都市の中に木があってもみんな街路樹のようなデコラティブな存在として見ているのではないかと思います。もう少し意識している人であればこれのおかげでCO2が・・・くらいは思っているかもしれないですが、飲み物や食べ物として木を摂取すると見方が全然変わります。自分はこれまで木の葉っぱなんて触りもしなかったですが、今は触るし、取って匂いも嗅ぐようになりました。昆虫食など違う味覚にも興味が出るようになった自分の変化に驚いています。

木(食)人

木(食)人 第一弾プロダクト《FOREST SODA》


ーー「TŌGE」のプロジェクトは人と自然と人工物の共生関係の捉え直しを軽井沢の豊かな自然の中で実施するプロジェクトですよね。Deep Care Labとしては、同じことを都会の中でやるにはどうしたらいいかと考えていたのですが、「木(食)人」で扱っている木自体は都会にもあるし、食べるという行為も日常の行為なので「TŌGE」での経験やプロダクトをきっかけに都会でも日常へのまなざしを変えることができる仕掛けなのだと理解しました。

そうだと思います。僕も軽井沢で活動し始めて木のことをすごく勉強したからか、東京で木を見た時もこの木は何の木か、から始まり、枝ぶりや周りとの植生関係や日当たり、風の通り方を見るようになりました。「自然なんて行かなくていい、都会にいても頭の中で自然に帰ればいい」という言葉があるのですが、今なら意味がわかります。軽井沢の「TŌGE」に来てくださった方々に野草園を案内したり森を散策したりしながら、植物や動物の紹介をします。そうすると、「東京に帰っても土のことをよく考えるようになりました」とメッセージをくださる方もいるんです。1回美術館や「TŌGE」のような場所で見方をインストールできればその感覚は残るのではないでしょうか。


ーー知識を仕入れて、頭で「こういう見方をするんだ」と理解するだけでなく、立石さん自身が実際にその場に行ったり、実践したり、身体性を伴った感覚を持たれたから、自然の中だけでなく他のところでも同じ見方ができるようになったということですね。

今日は私達の活動のヒントとなることもたくさん聞かせていただきました。どうもありがとうございました。


おわりに

人と自然と人工物、本来は人は自然の一部であり、その人が作った人工物もその意味では自然の一部であるはずが、現在は人が自然と人工物をコントロールできるように錯覚もし、人と人が作る人工物によって自然はどんどん破壊されつつあります。

三者の関係性や暮らしなど、私達が疑問も持たずあえて問いを投げかけることもしない対象を見つめ直すきっかけを与えてくれるのがアートです。特に立石さんの作品はこれまでのアート作品に存在した「触れてはいけない展示物/美術館に設定された動線に従い静かに眺めるだけの鑑賞者」の絶対的な境界を溶かすような、身体性を伴った作品が多いのが特徴です。特にそれが顕著なのが今回紹介してくださった木を食べるプロジェクト「木(食)人」ではないでしょうか。「TŌGE」という非日常の場や、プロダクトを通じて木と私たちの関係性がずらされ、まなざしの変え方をインストールすることで、非日常から日常に戻ってもまなざしが変わり、行為も変えることができる…。これこそが身体性を伴ったアートの持つパワフルさなのだと思います。
これは何よりもこのプロジェクトを始めた立石さん自身が自分の意識と行動の変化に感嘆していることが証拠になるでしょう。

人と自然と人工物の共生関係はこれからDeep Care Labとしても追求していきたいことです。今回のインタビューはそのアプローチの大きなヒントをいただいたような気がします。

立石さん、どうもありがとうございました。

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