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【高齢化率50%】千葉県松戸市、高度経済成長期に建てられた「常盤平団地」街開き60年超えのリアル【孤独死問題】

日本が戦後から高度経済成長期に舵を切り出した昭和30年代、どんどん膨れ上がる首都圏の労働人口をカバーするために郊外部に続々とマンモス団地が造成されていった。赤羽台・桐ヶ丘団地ひばりが丘団地、草加松原団地…ここいらの“団地創成期”と言える時代からある住居棟はその多くが老朽化に伴い建て替え工事が進められ、当初からあった街並みの多くがもう存在しない。街開きから60年以上が経過し、団地自体が建て替えられて新しい住民を受け入れるなどして、全く別の街に姿を変えてしまっていたりする。

今から60年以上前、昭和35(1960)年に街開きした千葉県松戸市のマンモス団地のリアル

我々が今回訪れたのは千葉県松戸市にある常盤平団地だ。ここも首都圏に数ある団地の中では屈指の古株かつマンモス団地である。日本住宅公団の設立から間もない昭和35(1960)年4月から入居が始まり、既に街開きから63年が経過しているにも関わらず、その当時の街並みをそのまま残している。約17万ヘクタールの土地に約170棟、約4839戸が建設され、最盛期には約17,000人が暮らしていた。

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