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元上司の電話に自分の市場価値を思い知る

「ちょっとハナコ聞いて!!」と、元同僚のミキちゃんからLineが届いた。「なになに?」と返信したら、「この憤りリアルタイムで共感して!」とメッセージの後すぐにスマホが鳴った。

憤慨の理由は今は離職して専業主婦をしているミキちゃんに元上司のササキさんが仕事を手伝ってほしいとオファーをしたことにあった。

実はそのオファー、私のところにも来た。

定年退職後に起業したササキさんは送別会以来6年ぶり?となる電話口で「いやぁ儲かっちゃって」と自慢した後に「人手が足りないから手伝ってくれないか?」と、東京都の最低賃金(1113円)の端数を切り上げた時給1150円を提示してきた。代表取締役は妻なので面接を受けに来いという。

この人はボケてしまったのではないか?と私は半ば本気で疑った。


専門スキルが必要な仕事&何年も一緒に働いた間柄の元部下に、最低賃金を提示して面接を受けに来いなどと、まともな人がいうとは思えなかったのだ。当然こちらが年収いくらで働いてきたかも知っているだろうし。


だから詳しく話を聞く前に丁重にお断りした。

旦那さんの海外赴任に帯同するために私よりも何年も先に離職したミキちゃんは院卒の帰国子女。日英堪能なバイリンガルで港区在住のセレブ妻である。そんな彼女にもササキさんは同額を提示したという。


「ササキさんあんな人だった?近所のコンビニの求人より安くて絶句したんだけど」とミキちゃん。


「同じことおもった」と私。


「良くしてくれた元上司だからさ。勇気を出して断ったら『気にしないで』だって。いや、気にするのはお前だろ。その非礼を土下座して詫びろ。電話切った瞬間に即、着拒」


普段はクールなミキちゃんのあまりのもの言いに「着拒は酷すぎる」と思わず笑いつつ、まぁ普通は怒るよな、と。何を隠そう私もササキさんからの電話を切った後に「葬式はいかん」と誓ったクチだから。


「あはは。『葬式はいかん』て、それもたいがいじゃない?」とミキちゃんも笑った。


まだ母が60代だったころ、30代から足繁く通っていた陶磁器屋さんで「1週間ボランティアをしない?」と声をかけられたことがある。

店主が海外に買い付けに行っている間、朝10時から夜7時過ぎまで日給3000円で店番をしろ、というオファーだった。

「なにがボランティアよね。『そういうのは搾取っていうのよ』と言ってやればよかった。薄謝で申し訳ないけれど留守の間、店番をしてもらえないかと頼むならまだしも、失礼だわ」と温和な母には珍しく気分を害していた。


四半世紀にわたって、わが家の食器はほぼ全てそのお店を通じて購入していたのに、たった1度のその出来事をきっかけに、母は二度とその店に足を運ばなかった。

母がそこまで怒るなんて私にとっても意外だったから、きっと店主は母が来店しない理由にいまだに気づいてないのではとおもう。


ササキさんとミキちゃんと私。一緒に働いていたころは、まだみんな若かった。私たちは30になるかならないかで、ササキさんも45くらいだっただろうか。彼が北海道に赴任した際は二人で遊びに行った。

「でも連絡してきたのは、きっとあの頃が楽しかったからだよね」と言ったら、ミキちゃんが「私も楽しかった。だからこそずっと素敵なササキさんのイメージのままでいてほしかった。なんであんな変な電話してきたんだろう。ホントがっかりだよ」と。

同感

「もし正気だとしたら、私たちはバカにされたってことだよね?」とミキちゃん。「そうね、私はまともに取り合わなかったけれど、本気で言ってるなら、彼にとって私たちは1150円の価値ってことなんだろうね」「いやぁ傷つくわ」


そう、私たちは傷ついたのだ。

私の場合はこの人はボケたんだろうなと流さなければ、ミキちゃんは私に電話しなければ、お互いやっていられないほどに。

で、私はいったい何に傷ついたのだろう。似たような時給で、汚い恰好して早朝のスーパーで豆腐を並べているというのに。


何年も一緒に働いた元上司から提示された賃金が「これが君の今の市場価値だよ」と言われたように感じたこと? 部下だったときは人事評価で最高点をつけてくれたのに、自分のお金となると最低賃金で雇おうとしたところに幻滅した?それとも、改めて自分には人を見る目がないと痛感した? 


きっと全部なんだろうな。


まだ20代だったころ、青山の美容室で働いていた中学の同級生が「バリバリ働いてたのに専業主婦になったお客さんはこちらが聞いてもいないのに全員、判で押したように自分が働いてた時の話をする。きっとアイデンティティの喪失なんだろうね」と言っていたのを思い出す。


ショックを受けた根っこの部分は、ササキさん云々にあるのじゃなくて、私自身の問題なのかもしれない。









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