夢を叶えた五人のサムライ成功小説【高木京子編】7
この作品は過去に書き上げた長編自己啓発成功ギャグ小説です。
数分後。
『ふぅ~。かなり勾配のきつい坂道だったな』
『ほんとですこと、あなた。さぞお風呂が気持ちいいかと思います』
『ここをくだれば到着だな』
『はい』
二人はゆっくりと石段をおりていく。
見渡せる眼下の海辺から押し寄せる香りが、ほのかに風に揺られて鼻にはいっていった。
しばらくすると女将であろう。
確かに美しい女性が派手な和服に身を包み、花壇に水を撒いていた。
こちらに気づくと軽く会釈をし、ニコッと微笑した。
啓太と京子も会釈を返した。
すると大声で女将が叫びだした。
『私は当館主の妻で女将をしております五目静香で御座います。この度は遠路はるばるとご足労頂き、誠に感謝致しております。有り難う御座います。ごゆるりと当旅館を満喫してお過ごしください』
思わず聞いていて二人は恥ずかしくなってしまったが、天然性光る女将の態度に好感を抱いた。
気がつくといつしか、ごもく旅館の正面玄関に足を運んでいた。
静香が駆け寄ってきた。
一礼し兼ねてより準備していた色紙とボールペンをさっと手渡し、啓太にサインを要求した。
『先生、信じられません。来てくださって嬉しいです。先生の書かれた小説はすべて読んでいます。ひたむきな心を感じる作品にぞっこんです』
啓太は嬉しさのあまり、喜んで色紙を受け取り、サインを書いた。
静香はしばらく自身の立場や仕事を忘れて、色紙を片手に跳び跳ねていた。
その姿を仲居たちは黙って見ていた。
ちょうどその頃、ごもく旅館は雑誌の取材と重なっていて館内ではライターやカメラマンが、様々とインタビューや撮影に大忙しだった。
統吉はニコニコした面持ちでインタビューに答えていた。
取材班たちも高木啓太の存在に気づき、なんとか企画をより高めようと協力を申し出た。
五目夫妻の懇願もあり、断りきれない人のいい啓太は二つ返事で承諾した。
少ししょげていた啓太に京子は優しく声を掛けた。
『あなた、お断りすればよかったじゃない』
『まぁ、仕方ないさ』
京子は今でこそ、幸せを強く実感していた。
過去を思い起こすと疑問が湧き水の如く、湧き出ることが不思議でならない。
京子はこれまでいかに自分自身を損ねて生きてきたか把握した。
今の幸せに深く感謝して、もっともっと啓太の妻として作家である夫を支えようと決意した。
出会った当初は啓太との日々が楽しくて、啓太を愛するというよりは、自分の楽しさに想いが走り、自分本意の自己中女でしかなかった。
啓太のためではなく、啓太との日々が自分自身を苦しみから開放していた。
そのために啓太と過ごしていた気持ちに対していつからか、自己嫌悪に陥っていた時期もあった。
この想いが少しずつ京子を、思いやり溢れた女性へと変貌させた。
周囲を気遣う優しい女性へと変えていった。
啓太と結婚してしばらくまでは、いかに自身が独りよがりの自己満足に浸っていたか。
その後、大きく打ちのめされることで自覚に至った。
部屋に案内され寛ぐふたり。
襖を開けると眼前には絶景の海が姿を見せた。
潮の香り。岸壁に波打つ音が心地いい。
啓太は畳んであった布団の上に倒れていくように、身体を沈めていく。
それからしばらく眠り込んだ。
寝不足と旅の疲れが一気に押し寄せた。
グースカグースカと鼾がこだまする。
ベストセラー作家でもこのような品のない鼾を掻くのだろうか!
京子は呆れた顔でそっと布団をかけてやった。
京子は目覚まし時計を三時間後にセットした。
三時間、そっと眠らせてあげたいという優しさだった。
そして京子は大きなメモ書きを残して、颯爽と温泉場へ向かった。