長編恋愛小説【東京days】5

この作品は過去に書き上げた長編恋愛小説です。

『拓也さんってどんな歌を歌うの?』
『バラードがメインだよ』
『バラードっていいよね』
『でもさぁ、カラオケに行くと必ず盛り上がりを鎮めるのは僕なんだよね』
『どうして?』
『激しいリズムやアップテンポな曲ってまず選曲しないから』

薄ら笑いを漏らす奈美。
思わず両手で口元を隠す。


笑った奈美は輝いている。出会った頃の奈美は本当に寂しい顔をしていた。
目に光がなかった。僕の存在がほんの少しでも生きる力になれば嬉しいと強く思った。


エレベーターに乗り、三階へ。
受け付けのスタッフの指示に従って、僕たちは案内された室内の部屋番号へと向かった。
部屋に二人きりになる。


奈美は何を歌おうか、アーティスト順に記された本のページを捲っては指でなぞっていく。

『拓也さん、先に歌ってよ』
そう言って本を僕に渡した奈美を見つめた。
『じゃ、曲を入れる』


僕はリモコンを操って曲を送信した。
室内の照明をやや暗くする。


歌うときに明るすぎると抵抗を感じてしまう僕は強引に照明の明るさを自分の好みに合わせた。

やがて流れ出すイントロに合わせて、マイクを握りしめ僕は立ち上がる。


左手を腹部に当てて腹式呼吸が出来ているか、きちんと確認をして流れるメロディーと共に歌い始めた。


奈美が画面を見つめる。
テロップと同時に画面に映し出された、寂し気な眼差しで夜の街を歩く男性の顔にも目線がいっている。

歌い終えると奈美は拍手で讃えてくれた。
恥ずかしくなるくらい、大袈裟なまでに拍手は続いた。


奈美の心遣いに胸が痛んだ。
『社交辞令じゃないから。本当に上手いよ』
何も言ってないよ!と心で呟く僕は、小さな声でありがとうと囁いた。

奈美は歌が上手なのだろうか・・。どんな歌声なのだろうか、どんな曲を歌うのだろうか。
とても興味がそそられる。


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