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小説:あの歌のクロニクル(草稿版)


結局、これは誰の物語だったのだろうか。


彼女は、この街で皆に歌姫と呼ばれた。

彼女の歌声は、この街の労働者の心を癒した。

この街は、さびれた田舎の街、きっとどこにでもある街。

漁師、工場労働者、土建屋、廃品業、サービス業、農家、卸業者、飲食店、歓楽街、この街のあらゆる職業の働き手たちは、夜になれば広場に集まり、彼女の歌声を聴いた。

誰が仕切っているわけでもなく、自然に集まり、彼女は毎日決まった時間に広場に立ち、演奏も無く歌った。

歌声は人々を救いはしなかったけれど、癒し続けていた。


ある日突然に、歌姫は失われた。

自然災害だった。

あの日、空が裂けた。

次元層がズレて空間が割れた。

亀裂が走り、空間がうねり、次元波ウェーブとなって街を襲った。

次元波ウェーブに飲み込まれたら、時空の断層に固定されて二度と戻らない。つまり、死を意味した。


歌姫は幼い弟の手を引いて走った。

次元波ウェーブが姉弟を襲った。

転んでしまった弟を庇うようにして歌姫は覆い被さった。

次元波ウェーブが姉弟を飲み込んでしまった。

ボクはそれを少し離れたところから見ていた。助けることはできなかった。ボクもまた次元波ウェーブから必死に逃げていたからだ。

ボクは逃げながら、横目に彼女が次元波ウェーブに飲まれるのを見たのだった。


ボクは生き残ってしまった。自らの生存がこれほど恨めしく、また不可解に感じたことはなかった。

なぜボクが生き残って、皆を癒していた歌姫とその弟が亡くなってしまったのか。

偶然だと言えばそれまでだけれど、この「偶然性」の気持悪さに吐き気を催す。

その吐き気と絶望からボクを癒してくれたのも歌姫だった。この期に及んでも、ボクはまだ歌姫に頼っていた。

歌姫が以前、遊びで録音した音源が街外れのカラオケマシンに残っていた。

100円分のクレジットを支払って録音する、また100円分支払って再生できる、簡素なマシンだった。

カラオケマシンは、偶然に次元波ウェーブに飲まれずに残っていた。

ボクは繰り返し、繰り返し再生した。食べることも寝ることも忘れて再生したのだった。


10年ほどの時が経って、カラオケマシンはいとも簡単に取り壊されてしまった。

次元波ウェーブによる次元層の汚染が少ない地域から復興予算で街が再建されていった。

ボクたちの街はずいぶん遅れたけれど、ようやく再建の順番が回ってきた。

いまだに多くの行方不明者を残し、災害後に仮設住宅に移住した老人たちも少なからず亡くなってしまった。

誰のための再建なのか、ボクには分からなかった。

残された現実は、歌姫ではなくボクが生き残ってしまったこと、そして歌声を保存したマシンは取り壊されたということだった。


カラオケマシンが取り壊されてから10年が経過した。

ボクには妻とひとりの娘がいる。

娘はもう少しで3歳になる。寝かしつける時には必ずあの歌を歌った。

きっとあの歌は、もはやボクの記憶の中にしか残っていないだろう。

再生できるのはボクの身体だけだった。全く似ても似つかない、下手くそな歌声で娘を寝かしつけるのだった。


時々泣きそうになりながら、ボクは娘を寝かしつけた。

ボクだけ幸福になって良いのか?と自分に問いかけながら、その問いが傲慢であることも自覚していた。

この20年間の生活で、悲劇的な自己認識を上手く扱える処世術のようなものをボクは身につけた。

多分なんの変哲もないこの生活が、ありきたりなこの幸福が「前を向いて生きる」ということなのだと今は思える。

そう思えるのも、ボクが偶然に今を幸福に過ごしているからかもしれないけれど。



ずいぶん久しぶりにこの手記を開く。

娘は成人し、ボクは妻との二人暮らしを再開した。

その矢先に、ボクに癌が見つかった。

余命という言葉が自分に向けられることがあるだなんて予想もしていなかった。

ふと自分の手記を思い出して、久しぶりに読み返してみた。

あの厄災がまるで決定的な運命の出来事であったかのように感じていた、あの頃のボクがそこにはいた。

あの頃はきっと、目の前の出来事を処理しきれずにボクはそれを「運命の出来事」と感じていたに過ぎないのだろう。

確かにあの厄災は運命だったとは思う。だけれど、その後にもずっと人生が続いていたのだということをしみじみと感じた。

運命的な出来事の後に続く人生。

ある意味では、余命を言い渡された今日という日が、ボクという人間にとっては運命の日なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

娘が生まれた日だろうか、娘が成人した時だろうか、それともボクが死ぬ間際だろうか、もしかすると運命の日なんて本当はないのかもしれない、あるいはボクが死んだ後になってからボクの運命が始まるのかもしれない。

生きていれば、過去の出来事の意味合いはどんどん変わっていく。

言ってしまえば、運命は変えられない、けれども、運命の意味は変わっていくということ。


お父さん寝ちゃった? 仕方ないよね、鎮痛剤が効いてしまっているだろうし。

お父さん昔からあの歌好きだったよね、なんか小さい時によく寝る前に鼻歌で寝かしつけてくれたし、料理してる時とか、運転中とか、ボーッとしてる時とかにも歌ってたもんね。

なんの歌だったんだろう、曲名だけでも聞いておけば良かった。

わたしも鼻歌で歌えるようになっちゃったよ。


また、明日お見舞いに来るね。



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ママに連れられて、祖父の遺品の整理に来た。

祖父が亡くなって15年くらい経って、祖母が介護施設に入居することが決まり、祖父母が借りていた賃貸マンションを解約することになったのだった。

遺品整理というより、引越しの手伝いくらいに思っていたのだけれど、祖父の自室の棚をあさっていると面白いものが出てきた。

「ほへ〜、これもしかしてデータコードかな」

「何それ? なんのマーク?」

「ママの時代にはまだギリギリあったんじゃない? 携帯型のカメラとかでこのマークを読み込めばデータ復元できるやつ」

「ああ、あったあった。あんまし使ったことないけどね」

「なんのコードかな?」

「分からないよ中身は、お爺ちゃんじゃないと」

「家に携帯型のカメラあったかな?」

「確かパパが持ってたかもね、なんだっけ、スマホ?って言うの? 昔の人が使ってたやつ」



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データコードをスマホで読み込んでみると、テキストデータが復旧できた。

祖父の日記のようなものだった。でも日記と言うには書く頻度がマチマチで、ずいぶんと時間が飛んでいるようだけど。

もしかしたら完全にデータを復元できてない? そんなことあるのかな、今度調べてみようと思う。

それよりも、祖父は被災者だったんだっけな、と思い出した。

それから、祖父の日記に出てくる「歌姫」が気になった。

街の人を癒す歌は、どんな歌だったんだろう。


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ネットで調べてもそれらしい情報は無かった。

国会図書館や、祖父の地元の大学にある郷土資料館のようなところにも行っていろいろ調べたけれど、「歌姫」はヒットせず。

きっと歴史の外で、こうやって埋没してしまった記憶は、無数にあるんだろう。

歴史の教科書に載るのは、象徴的な出来事ばかりで、その傍らにある人間の生活の記録は埋没していく。

そりゃそうだと思う、沢山の人間が生きているのだから、そんなの全部記録にとっておけるわけがない。

そんな当たり前のことを思い知らされた。


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歌の方も色々と調べてみた。

当然、それらしい歌は見当たらなかったのだけれど、面白かったのは、人間という生き物は、とにかく歌というものに癒されてきた動物であるということだった。


いろんな人が、この歌に癒された、あの歌に癒されたということを言っている。

ということは、前提を逆にして考えることができるのかも。

つまり、祖父を癒した歌は見つからなかった、けれども、今あるどんな歌も、もしかしたら誰かを癒しているのかもしれない、ということだ。

この歌も、あの歌も、誰かを癒すために歌われているのかもしれない。

そう考えると、普段、アイレンズ(コンタクト型の通信端末、眼球に装着する)でレコメンドされる音楽の聴き方が変わった。

というか、聴く姿勢が変わったような気がする。

そんな大袈裟なことではないかな。

所詮、今回調べた事も、この感覚も、この生活も、きっと埋没してしまうんだろうしね。


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祖父の日記を読んで以来、ずっと「歌姫の歌」が頭の隅っこに残っていた。

大学の進学を決めたのも、次元考古学を専攻したのも、祖父の日記の影響だ。

祖父も、まさか自分の日記が、孫娘の進路を決めることになるだなんて思わなかったろう。

次元層のズレによる次元波ウェーブはこの国のあちこちで生じている。

祖父が被災する以前にもあったし、あの後も何度か大きな次元波ウェーブの被害があった。

そのたびに、次元波ウェーブに飲み込まれて、たくさんの記憶が失われてきた。

人類はこの自然厄災に対抗すべく、次元層の調査を行なっている。

次元層には大量の記憶が折り畳まれて保存されているのではないか。

この仮説が学会に登場して数十年が経つ。

発表当時の熱気は失われつつあるが、主だった国立の大学には研究室が設置されている。

祖父の聴いた歌を復元できるか分からないけれど、化石みたいにして「そこには歌があった」という証が見つかるのではないか。


15

君の歌声は、なんでみんなを癒すのかな?

別にわたしの歌声は特別なものではないと思うよ。

でも、みんな聴きにきてるじゃない? ボクの歌じゃこうはいかないよ。

それはそうかもね。うーん。きっとね、キッカケなんだと思う。

キッカケ?

そう、歌はキッカケなんだ。キッカケは鍵みたいなもので、鍵穴にガチャリとハマるときに意味が生まれるの。だから、わたしは偶然に鍵を持っていただけ。

分かるような、分からないような。

ふふ、わたしも分からないもん。

そういうものかな。

そかいうものだよ。


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実はね、わたし、たぶんこの鍵は受け取ったものだと思う。

たぶん?

うん、曖昧なような、はっきりしているような、微妙な記憶なんだけれど、わたし、小さいときに鍵を受け取ったの。

手渡すみたいに?

少し違う。

どんな風に?

あれは、たぶん、光だった。


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またお見舞いに来るね、と鎮痛剤が効いて寝ている父に向かって言った次の日の朝方に、病院から電話が来た。

一寸で覚悟を決めて電話を取ると、思っていた言葉とは少し違う言葉を言われた。

え? 父が居なくなった?

容体が悪化した、危篤状態、そういう言葉を覚悟していた。

鎮痛剤が効いて意識がほとんど沈澱していた父が、つまり動けるはずのない人間が居なくなった?

わたしは寝ている娘を起こして病院に向かった。


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病院に着くと、病室には父がいた、相変わらず鎮痛剤が効いていて、眠っているようだった。

申し訳なさそうな、同時に狐につままれたような顔をしている看護師に別室に通された。

看護師の説明よれば、検温の時間に病室に行くと、間違いなく父はベッドから居なくなっていた。

そして、別の看護師をナースコールで呼んで、その看護師もベッドが空であることを確認したため、一度居なくなったことは事実であるらしい。

わたしに急ぎ電話をして、ぐるりと館内を捜索し、わたしが到着する直前に病室に戻ると、父はベッドで寝ていた。

つまり、一瞬消えて、すぐに戻ってきた。

正直、病院側としても何が起きたか分からないと言う。

わたしも、とりあえずは父も居ることだし問題ないと伝えた。

その二日後に父は亡くなった。


19

ボクは今どこに居るんだろうか。

身体に力が入らないと、こんなにも身体は重たいんだな。

薄目を開くと、わたしは万華鏡のようにキラキラとした空間にいるようだった。

空間と言って良いのだろうか? 身体が動かないので分からない。

いつここに来たのだろう、ボクは病院のベッドに居たはずだった。

ここはどこだ、何でここにいるんだと、うつらうつら考えているうちに、急に視界がクリアになった。

さっきとは違う場所にいる、そう感じた。

ここは公園だと直感する。ならば、どこの公園なのだろう。

誰かいる。少女だろうか。


20

おかあさん、わたしね、さっきひかりのたまをのんだの、こうえんで。

え、何か食べたの? 公園で?

ちがうの、おくびがぽかぽかするんだよ。

首? 喉? 風邪? お口開けて見せて、あーってして、あーって、うん喉は赤くはないか、良かった。公園で何か食べたの?

ちがうの、ふわーってして、ひかりだったんだよ。

どういうこと? まあ良いか、公園に落ちてるものとか拾った訳じゃないんでしょ?

ちがうの、おくび、ぽかぽかして、ひかりだったんだよ。


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ボクは、すーっと口に向かって飛ぶようにして、少女に飲み込まれていった。

視界が溶けていった。


22

危険性が高いため、次元層の直接調査は何度も行えるものではない。

空間のズレによって露出した次元層を刺激して、次元波ウェーブを誘発すれば調査員はひと溜まりも無い。

しかし、研究者という生き物は、調査をせずにはいられない生き物なのだ、それがいくら危険であっても。

わたしは第八調査区域(旧第九避難地域)に来ている。

祖父が被災した地域だ。

通称ダイキュウと呼ばれたこの地域は、復興した市街地から適度に離れていて、また露出した次元層も比較的安定しており、各研究機関がこぞって調査に来る。

調査と言っても、ドローンを次元層に入れて、探索させて次元層から帰還させるという工程すら、いまだに達成出来ていない。

とはいえ、人間が次元層に触るわけにはいかない。

したがってドローンが唯一の観測装置である。

ドローンは次元層の発する微細な振動に共振するように微動する。

共振の精度が高ければ高いほどに、次元層に留まる時間が稼げると言われているが、実際に帰還できたドローンは無い。

成功確率は、ほぼゼロ。

それでもこの場に立って調査がしたいのだ。

研究対象である次元層を目の前にすることで、ある種の実感が得られる。

論文執筆や事務作業、授業とは全く違う感覚だ。

次元層にはきっと沢山の記憶が埋没している。

今はまだうまく取り出すことが出来ていないけれど、いつか掘り起こしてみせる。


23

調査用ドローンが帰還した。

その連絡を受けたとき、わたしは市街のホテルにいた。

飛び起きて調査地近くの野営テントに向かう。

テント内のデスクで見せられたのは波形模様だった。

「この波形はドローンと次元層の共振動とは別のものですね、何でしょうか、これ」

「これ、たぶん、歌だよ」

わたしは直感で答えていた。

「歌ですか?」

「そう、この波形と類似した歌を探して」

「何でそんなに明確に歌だと言えるんです?」

「良いから探して! これだ、多分これなんだ!」


24

あれはね、ひかりだったんだよ。

ひかりのおと、ひかりのうた。




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