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カウント・ベイシーと原子力の1957年

 本日はカウント・ベイシーの命日だそうだ。亡くなったのは1984年。私は大学2年になったばかりの頃だが、訃報に接した記憶がない。このレコードを買ったのがその前なのか後なのかも定かではないが、いずれにしろ当時すでに自分にとっては「古典」だったので、亡くなる前だったとしても、生きているとは思わずに聴いていたんじゃないかな。あと、その37年後に自分が相対性理論の本を書くとも思ってませんでした。

 さて『E=mc^2』である。『アトミック・ベイシー』とか、単に『ベイシー』とか呼ばれたりするので正式タイトルがはっきりしない。ジャケットの下のほうには、「E=mc^2=COUNT BASIE ORCHESTRA + NEAL HEFTI ARRANGEMENTS」という謎の数式が書かれている。アインシュタインの有名なE=mc^2はエネルギーと質量が本質的に同じであることを示したものだ。だとすると、ベイシー楽団とニール・ヘフティの編曲の和はエネルギーと本質的に同じということになるわけだが、じゃあベイシー楽団単体だと何なのかがよくわからない。両者の積(かけ算)ならば、ベイシー楽団が質量(m)、ニール・ヘフティの編曲が光速(c)の2乗という話になるのでわかりやすいんだが。べつにわかりやすくはありません。

 そんなことより、このジャケットでもっと問題なのは、やはり写真であろう。いつどこで撮られたキノコ雲なのかは(原爆か水爆かも)知らないが、CD化に際しても差し替えられなかったようだ。楽団とアレンジャーのコラボがもたらす音楽の威力を核爆弾ドッカーン!で表現するのは、いまならまずあり得ない。いったいどういう了見だったのか、じつに不可解である。

 このアルバムが録音された1957年といえば、アイゼンハワー米大統領が1953年の国連総会で行った「原子力の平和利用」演説で設立を提案した国際原子力機関(IAEA)が発足した年だ。日本ではその前年に日本原子力研究所が設立され、このアルバムが録音された年に初めて国産原子炉の臨界に成功している。「夢の原子力」がもたらす豊かな未来に世界がうっとりしていた時代だったのかもしれない。まだ生まれてないから、知らんけど。

 しかし仮にそうだとしても、平和利用とは正反対の写真をここに持ってくるのは、いくら何でも無邪気すぎませんかベイシーさん……と、言いたくもなるわけだが、当時の米国社会で広島や長崎や第五福竜丸などの被害がどのようなニュアンスでどこまでリアルに伝えられていたのかもわからない。戦争利用だろうが平和利用だろうが「俺たちに勝利と幸福をもたらす夢のパワー」のように受け止められていたのなら、鈍感なのはベイシーさんだけではなかったのだろうし、だからこそレコード会社もこれが「ウケる」と考えたのであろう。

 いずれにしろ、それも含めて歴史なので、CD化に際して差し替えられなかったのはむしろ良かったと思う(Apple Musicでもアートワークがそのまま出ている)。過去の文学作品などを現在の価値観によって書き換えるようなポリコレ所作はウンザリだ(そういえば旧名称に含まれていた「障害者」を改称の際に「障がい者」だったことにした競技団体もあったっけ)。この名盤がジャケットのせいで聴く者をフクザツな心境にさせるのは残念な面もあるけれど、そのフクザツさを引き受けることもまた、古典に接することの意義なのだろうと思うのだった。

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