トンカチ小指

家族の中でだけ使われていて、よそでは聞かない言葉ってあるだろう。少なくとも私の実家にはあった。無口な父と、おしゃべりな母と、母の影響を色濃く受けた姉2人、そして私の、にぎやかな5人家族。主に母によって、様々な"うち用語"が生み出されては、使われていた。

うち用語は完全な造語である場合もあるし、赤ちゃん言葉の一種である場合もあるし、どこかの方言である場合もある。母の母である私の祖母が使ってた、なんてこともよくある。なかには家族内ではあまりに馴染みすぎて、それがうち用語だと知らずに過ごしてしまうものもある。


前の部署で、課長が喉が痛いと言って辛そうにしていた日があった。その時はもうコロナ期間に入っていたので、ご時世柄周りの人たちがちょっと身構えると、課長は慌てて 咳じゃないねん、神経のやつやねんと言った。

課長によれば、骨が神経を刺激して起こる痛み、と医者から言われたとのことだった。

「トンカチ小指みたいなことですね」

と私は言った。すると周りの人が誰もトンカチ小指のことを知らなかった。なので私は、

「骨が変形して起こる神経痛です、小指がボコってなる、年配の人がよくなるやつです」

と説明した。

課長は

「そしたら"トンカチ首"みたいなもんなんやろか」

と言い、その場の会話は終わった。


私が姉たちから"トンカチ小指"が母の完全な造語であることを聞かされたのは、少し後の話である。由来は「トンカチで指を叩いてしまった時になるから」や「トンカチみたいに指が出っ張った形になるから」など諸説考えられたが、母に聞いたところ前者らしいとのことだった。


今思えば、わけのわからない造語を得意げに説明する部下に対して、なんとなく話を合わせて「トンカチ首やろか」と言ってくれた課長は、優しかった。

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