遠慮しがちな日本人こそ本当は「創造豊か」
これからは愛を循環させていく時代です。
この愛の循環をさせていくには、日本人が眠らされてきたところから、心を取り戻し本当の姿に戻っていくことなのですが、その時にたった1つの大切なことがあります。
それは、日本では遠慮することが美徳とされ、遠慮のない人間は軽蔑されてきた”遠慮”という自分の殻から抜けていくことです。
遠慮しがちな人は、ポジティブな側面としては創造性が豊かだからこそ、自分を客観視できるのですが、常に他者目線であることから、ネガティブな側面から見たとき客観視出来るからこそ、自分を見て「こうしたらおかしいのではないか」と常に自分を制しています。
だから遠慮しがちになり自分を出せなくなることが多くあります。
例えば、「申し訳ない」「自分はいいです…」という遠慮は、優しさであることから美しく思うこともあるかもしれませんが、広い視点から見たときに、遠慮は優しさや思いやりではないことに気づかれるのではないかと思います。
人の善さではあるのですが、他人のために遠慮し我慢して、人のためを思い身を引く行為は、本当は心の中では「こうしたい」と思っていることがあるはずです。
そのようなとき自分の心と行動が矛盾しているので、自分が自分に対して、「裏切られた」 と感じています。
自分に嘘をついているので後悔も残り、人のために遠慮している自分の人生を恨む羽目にもなることや、結果的に、人に対して「向こうから察して欲しい」という思いも強くなることあり、欲求が増してしまいやすくなります。
ここでもっと厳密にお伝えすると、「申し訳ないです」と思うことがダメなのではなく、「申し訳ない」という思いの裏に何を思っているかなのです。
「迷惑なやつだと思われるかもしれない…嫌われたくない」と思っているのと、「感謝を込めたありがとう(申し訳ない)」では違いますよね。
これは愛の循環をストップさせていることに気付くことなのです。
私の例を元にお話していきたいと思います。
先日大阪に対面センションをしに行った夜に、友だち3人と行ったお店が、夜景が見える場所だったのですが、夜景が見える席は2人席で、3人だと夜景が見えない席だったのです。
このように本当は夜景が見える席がいい場合、みなさんどうされますか?
2人席だから諦める方もいらっしゃるでしょうし、本当は夜景を見たいけど迷惑だから何も言わない方もいるのではないでしょうか。
私たちは、夜景が見たい思いから、スタッフの方に一度聞いてみることにしたのです。
3人で座ることが出来るかどうかを聞いてみたのですが、大人3人は難しいかと思いますという返答だったので、それは仕方がないと思い「分かりました」とお礼を伝えたところ、その後すぐに、「良ければ一度座ってみられますか?」と言っていただいたのです。
そこで有り難く座らせていただくことにしたのですが、このようなシチュエーションの場合も、「迷惑だから」と断る方もいるかもしれませんが、せっかくの行為を受け取らないということは、その方の思いである愛を受け取らないと言っていることと同じことなのです。
3人でも余裕を持って座れたので、席を移動させていただくことになったのです。とても有意義な時間を過ごすことができたといったことがありました。
このような時、席を移りたいとか、お願いしてみることをわがままだ、迷惑に違いないと思っていた場合、聞くこともなければ、「こっちが良いのに」という気持ちを押し殺し諦めてしまうかと思います。
ですが、「迷惑だし仕事を増やすだけだ」という周波数と、わがままを聞いてもらって申し訳ないと思いながらも感謝する周波数とでは、その後に起きる展開が違っていきます。
わがままを聞いてもらって申し訳ないと思いながらも感謝する周波数の場合は、スタッフの方が豊さを感じる周波数となります。
尋ねてみたことで、スタッフの方の配慮と心配りを受けることになったわけですが、これはスタッフの方にとっても「対応出来て良かった」と感じる幸福感、豊さを引き出していることになります。
事実そう思われたかどうかは本人の自由ですので、事実そう思ったかどうかが重要なのではなく、気持ちの良い心のやり取りをさせていただいたことで豊かさを感じることができたわけです。
「迷惑だし仕事を増やすだけだ」というマイナスの周波数の場合、行動に移すこともないかと思いますので、豊さの交換はきっと生まれていなかったことでしょう。
もちろんお客様の言うことは全てと言うことではありませんし、わがままを言うことが良いことと言う意味でもなく、自分の思いに忠実になることで、心の豊さは循環するのです。言ってみてダメならダメで良いのです。
もちろんお客様の言うことは全てという気持ちで伝えることや、気を利かせて欲しいという気持ちなどの場合は、トラブルになることや嫌な顔をされたり迷惑がられることも多くなります。
ですが、自分の思いに忠実にただそれだけの思いでいた場合は、今回のように快く提案してくださったり、お互いがハッピーなエネルギーでの交換になります。
それに、もしかしたら今後、他のお客様にご案内する際に一つ選択肢が増えることになった可能性もありますので、他の人の喜びにも繋がっていきます。
このようなことから、もちろん状況などみた上でお伝えしてみることは必要ですが、迷惑かもと初めから諦めているとしたら、たくさんの喜びや豊さの循環をむしろストップさせていることに気付かれることなのです。
これからの時代は愛を循環させていくことです。
誰も見てないかもしれないのに、「誰かが見てるかもしれない」と思い、人の目線で自分を制してしまうような豊かな創造性を、そのまま、自分を表現する方向に使うように切り替えたら、あなたはとても豊かな世界を創っていくことが出来るのです。
実際は、他人は「そんなに人を気にしてない」ことに気づけば、誰も自分のことをそんなに気にしてないとわかるはずです。これは幻想に気づくことで外れます。
まとめとなります。
日本人が眠らされてきたところから、心を取り戻し本当の姿に戻っていくことなのですが、それには、”遠慮”という自分の殻から抜けていくことです。
遠慮しがちな人は、客観視出来るからこそ、自分を見て「こうしたらおかしいのではないか」と常に自分を制しています。だから遠慮しがちになり自分を出せなくなることが多くあります。
しかし、遠慮しがちな人は、創造性が豊かだからこそ客観視できるということでもあるのです。
「誰かが見てるかもしれない」と思い、人の目線で自分を制してしまうような豊かな創造性を、そのまま自分を表現する方向に使うように切り替えたなら、あなたはとても豊かな世界を創っていくことが出来るということなのです。
しかし遠慮ばかりをしていた場合、それは愛の巡りである循環をストップさせていることに気付かれることです。
「申し訳ないです」と思うことがダメなのではなく、「申し訳ない」という思いの裏に何を思っているかです。「嫌われたくない」と思っているのと、「ありがとう(申し訳ない)」では違いますよね。
嫌われたくないからという思いが潜んだ遠慮は、結局自分の為なのでエゴであり優しさではないからなのです。
本来の優しさは、漢字からも分かるように思いを遠ざけるという遠慮することではなく、配慮である思いを配る「心配り」の上に成り立つものなのです。
一人ひと宇宙ですので、あなたが主人公であり、他人から見ればあなたが脇役。一人一人が純粋に自分に素直に生きたとき、相手がどうするかは相手に委ねられています。それも選択だからです。
あなたの選択の結果を相手に委ねるのではなく、あなたの思いに素直になったならば、それは愛を循環させていることになりますので、その思いは綺麗に回っていくことでしょう。
すると、あなたからどんどん心を通わせ愛を循環させていく人が増えていくことにもなりますので、愛を感じる人が増えていき、一人の力が大きな力へと変化していくのです。
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