ソマン⑨~メメ~
メメは、スピティ地方の言葉で「おじいさん」を意味する。
ソマンのメメは、5年間天空の?聖地を守っている番人である。
筆者達が訪れた時は、たまたまローカルの女性2人が5泊していたが、
訪れる人のほとんどは1~2泊で帰る人々ばかりだ。
ひとりで寺を守り、聖地を訪れた人のために寝る場所と食事の世話をする。
頼まれれば周囲の聖地を廻るガイドもする。
険しい山の上にある祠など、素人では登れない道でも、比較的登り易いルートを示して一緒に登ってくれる(先日はそれで膝を痛めたと言っていた)。
周囲の言い伝えも沢山知っている。
スピティ語が解るなら、物語の宝庫。
料理も上手。
そして素朴で、欲が無い。
アマチュンとみどりちゃんから聞いたメメの物語である。
メメは、ナコ村の仏教徒コミュニティーから任ぜられ、1ヶ月5000ルピーの給与をもらってソマンを守っている。
ナコはキノール郡だけれど、メメの出身はスピティ郡である。
飲食物は支給され、或いは土地の人々が持ってきてくれるので、生活費はかからない。
電気代もどこかから支払われているのだろう。
ソマンは大切な聖地だけれど、なかなか良い状態に整えることは難しい。
タシガンや他の近隣の村では現金収入が少なくて、お金がかかることにはなかなか手が出せない。
その点、ナコは観光客が訪れるので豊かである。
ナコの人々はソマンまでやってきて、巡礼道を整えたり、ゴミ箱を設置したり、他にも聖地を保持するための仕事を良くしてくれる。
メメは彼らから派遣されているのだ。
任期は5年。
来月(筆者達が訪れたのは2021年9月)の終わりに任期が切れる。
今はひとりで暮らすメメだが、何年か前まではおばあさん(奥さん)が一緒に暮らしていた。
おばあさんが亡くなってから、メメはひとりでソマンに住み続けている。
メメはアマチュンに言った。
「わしは今生で、修行も完遂できなかったし、お金も作れなかった。」
アマチュンはメメに言ったそうだ。
「そんなこと言わないで。メメはソマンに来る巡礼の人々に、こんなに良くしてくれてる。町から離れたありがたい土地にわざわざ巡礼に来る人を世話しているのだから、ものすごく福徳を積んでるよ。」
メメは朝、ソマンの小さな寺に灯明を灯し、お水を供養する。
離れにある竈で火を起こしてお湯を作り、尊像の衣を洗う。
食事は、宿泊者がいれば彼らの分も一緒に作る。
ソマンにある食材は乾物が多い。
小麦粉、米、豆、茶やスパイスやコンデンスミルク。
下から誰かが持ってきてくれれば、タマネギ、トマト、キャベツ、ジャガイモ、ときどき果物。
もらったインスタントラーメンが沢山あるので、誰かが外で食事を作らなければならない時などは惜しげもなく持たせるけれど、
メメ自身はインスタントラーメンはあまり好きではない。
お布施された地産の全粒小麦粉でチャパティという薄いパンを焼き、ダル(濃い豆スープ)や生の玉ねぎと一緒に食べることが多いという。
でも本人に「マギー(インスタントラーメン)好きじゃないの?」と訊くと、「好きだよ」と答える。
僻地の山頂にひとりで暮らしているので、仙人のように世俗嫌いなのかというとそうでもない。
友人がいうには、ある朝早く朝食を作りながら、メメの部屋にあるテレビはガンガンとボリウッド(インドのハリウッドみたいなところの歌)をかけていたそうである。
友人の方が辟易して、瞑想のために毛布をまとって外に出たそうだ。
メメが普段視ている番組は、ニュースと古いインド映画である。
白黒の、古き良き時代の映画の再放送を、よく視ているそうだ。
あと1ヶ月で任期が切れるといって、メメは少し嬉しそうだった。
10月の終わりになったら後任の人が来るので、先ず1~2週間故郷のスピティで暮らす。それからパンジャブに住む息子の所へいく。息子は、銀行に勤めそこそこ偉くなった嫁と結婚しているので、後の人生は心配ない。幸せだろう。
メメは最近の機械類が苦手だ。
電話は小さな袋に入れて、首から掛けている。
呼び出し音が鳴ると嬉しそうに袋から電話を出して、受信のボタンを押して話している。
アマチュン達が帰った翌日、消毒用の青いサニタイザーが忘れられているのを見付けたが、
それも電話で「手をキレイにするものだ」と説明を受けて、嬉しそうに笑っていた。
アマチュン達は、親戚の結婚式があるというので急にソマンから帰らなければならなくなった。
出発時、メメに五宿十五飯の恩義ということで、カタ(白い縁結びの布)と一緒に幾らかのお金を渡そうとした。
「いらん。いらん。」
といって渡されたお金を、彼女らのバックに戻すので、
最後はアマチュンとみどりちゃん2人とも泣きそうになり、
「いいから、いいから。」というメメと抱き合って涙を流していた。
普段ひとりでいるから、人に優しくしてくれるのだろう。
ソマンを訪れるいろいろな人々のことも、よく覚えている。
ある日、外国人の尼さんが1人でソマンへやって来た。
メメの作った夕食を食べた後、彼女はターラー洞窟へ1人で行って夜を明かしたらしい。
その後、彼女に会うことはなかったとメメは言っていた。
メメが1人であることを知ってか知らずか、或る日、メメの留守中に泥棒がやって来た。ありがたい仏像もあるし、食べ物やお布施されたお金もある。
泥棒に何かを盗まれたので、その後ソマンへ続く1本道の木の上に、セキュリティカメラが設置された。
メメの部屋で、道の途中にあるカメラの映像を見ることができる。
良い人ばかりが訪れるわけではない。
メメは、他のお年寄りと同じように、自分と同じものを食べたり飲んだりする人がいると嬉しいらしい。
朝のお茶は甘いミルクティー。
山の上には牛がいないので、ミルクはコンデンスミルク缶。
一緒に飲むと喜んでくれる。
チャパティとダルを作る様子は手馴れていて、こちらが興味を持っていると、ニコニコしながら手順を見せてくれる。
粉を容器からザル?で取り出して、洗面器みたいな大きなアルミの皿に取り、水を入れて餅のように練る。
多すぎたと思えば二等分して、丸めた1方を次のために取っておく。
今使う半分から注意深く、大きさが同じになるように分けて、少しずつ団子状にちぎる。丸い板の上で麺棒で丸く平らにのして、その後両手で左右に振って更に薄くし、薪ストーブで暖めておいたチャパティ用のフライパンで焼く。
焼けたら蓋つきの冷めない容器にいれて、ちゃんと蓋をする。
ストーブの火のつけ方や、薪のくべ方、火の調節の仕方など、無経験丸出しの我々にただ淡々と、にこやかに見せてくれた。
ダルの下ごしらえも、ちゃんと順序通りされている。
豆はあらかじめ、塩を入れて圧力鍋で煮てある。
床に座って、タマネギとトマトをチャパティ用の板の上で、小さなナイフを使って小さく切る。
手元に古い薬箱みたいなスパイスボックスを用意する。
ときどき、スプーンが見付からなくて探す。
薪の直火で暖めた中華鍋で作ってくれたメメのダルは、今回の旅行で最も美味しいダルだった。
つづく。
DECHEN
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