ソマン⑤~ひとりだけなら~
しばらく動けずにいると、友人が覗きに来てくれた。
鍼灸師の資格を持っている彼女は、足のツボを幾つか押してくれた。
そして、この状態では今日中に下山は無理なので、運ちゃんにその旨を伝える手配をしてくれた。
電話番号は筆者の携帯電話に入っている。
ソマンはチベットとの国境に近いが、軍の施設が谷の向こうに見える山肌にある。
普段使っているインド電電公社(?BSNL)の電話ラインだけ、辛うじて使える場所だった。
運ちゃんと連絡をとる為の電話の電池が切れないように、その時から電力消費規制が始まる。
日帰りのつもりだったので、充電コードは持ってきていなかった。
友人はそれまで、英語を話せる若い女性と話して情報収集をしていたらしい。
ソマンという土地と、その先のコロドンパへの行き方、明日行くのであれば、お姉さんが案内してくれることなどなど。
情報収集の結果を話してくれた。
しかしその時は、もう何もしたくない程疲れていた。
今日帰れないのなら1泊することにはなるけれど、自分にもう余力は無い。
いつもはしないのだが、その時は服を着たまま貸してもらった毛布をかけて、色々考えながら横になっていた。
意外かもしれないが、筆者は寝具に関しては変にこだわる。
材質にではない。他の人の匂いのついた毛布などが苦手で、毛布と自分の間に1枚シーツを隔てて寝るのが常だった。
匂いを嗅いで居場所を定める動物のように、清潔なものか自分の寝具以外は余り使いたくないタイプの人間なのだった。
しかしその時は、そんなことを考えている余裕もなかった。
これも1つのブレイクスルーであった。
またしばらくして、2人のうち年上の女性がグラスに入った甘い紅茶を持ってきてくれた。牛乳は入っておらず、澄んだ薄めの紅茶だった。
更に数時間経って、彼女は食事を持ってきてくれた。
ステンレスのプレートに、キャベツとご飯をカレーで一緒に炊いた、油が多めの黄色いご飯だった。
お腹が空いていたので、消化器のことなど余り考えず、そのまま頂いた。
ほのかに暖かい、塩味が薄めのインド風炊きこみご飯だった。
我々が到着した時、ソマンにはおじいさんが1人と女性が2人いたけれど、普段はおじいさんが1人でこの地を守っているらしい。
聖地巡礼に来た人々に、食事と寝床を供給する仕事をしている人である。
女性2人は近くの村の出身で、
若い方の彼女は青緑の髪をしたファンキーな姿からは想像しがたく、瞑想をして内面の探索を深くする人であるという。
普段は学校教育に関するカウンセリングをしており、感染症騒ぎの前まではシムラというヒマ―チャル州都の大都市で働いていた。しかし、この騒ぎで実家に帰って来いと言われて、今は近くの村にある実家で生活している。
英語が堪能である。
年上の女性は、みどりちゃん(仮名)の母方のおばさんに当たるらしい。
おばさんと言っても筆者より10歳も若い。
みどりちゃんは彼女を「アマチュン」と呼んでいたが、「アマ」はお母さん、「チュン」は小さいという意味で、「小さいお母さん」。
彼女も近くの別の村に住んでいる。
後で聞いた話だが、数年前にダラムサラへ勉強に来ていたらしい。
彼女は英語を少しと、チベット語をよく話す。
彼女たちは5日前にソマンを訪れ、余りに居心地が良いので5連泊しているとのことだった。
「帰りたくない。ずっとここにいたい。」と言っていたが、
筆者達も同じ思いになったものだ。
アマチュンは滞在中、おじいさんの代わりに食事を作っているという。
出してくれたキャベツご飯も、彼女が調理したものだった。
腹具合を考えずに食事を終え、また横になっていると、アマチュンが皿を下げに来てくれた。
心配そうにしているが、彼女自身が強いせいか、相手を弱いと見ることもしなかった。
彼女はチベット語を話したので、互いに会話ができた。
相手も言えば分かると知って、いろいろ話してくれた。
もし具合が良くなったら、明日コロドンパに行けばよい。
わたしが道案内をする。今回2回行ってるから。
それほど難しい道ではない。だいたい2時間から3時間くらいで着く。
多分あなたは行けると思う。怖がりではなさそうだから。
あの子(みどりちゃん)が行くのはとても難しかった。
1回目は、彼女は途中で待っていた。
途中で道幅がとても狭くなるところがあって、彼女は怖がって、そこから先に進めなかった。
彼女をそこに残し、わたしだけコロドンパまで行って、3回礼拝をしてすぐに帰ってきた。
2回目は、彼女もコロドンパまで行けたけれど、とても時間がかかった。
例の場所(道幅の狭い場所)に来ると、彼女はやっぱり怖がった。
ずっと手を握って、中腰になって、ゆっくりゆっくり進んだ。
後ろを振り返ることもできない。
それでも何とかコロドンパに着いて、またゆっくり帰ってきた。
片道2~3時間のところが、朝出て帰って来たら、午後4時ごろだった。
他にも、コロドンパはとても大事なところだ。うちの村のばあちゃんは80歳を超えていたが、コロドンパにちゃんとお参りして帰って来た。
とか、
少しだけ狭い道があるけれど、それほど長くはないから大丈夫。
とか、いろいろ教えてくれた。
最終的な結論は、
「あなたが行こうと思ったらいける。」
だった。
1人になり、トタンの天井を見ながらつらつら考えた。
明日1日あったとしても、友人(彼女は行く気満々だった)は行って、自分はゆっくり休んでいてもいい。
また次の機会に行けば良い。
でも次の機会はあるだろうか?
そこまで考えて、面倒くさがって行きたがらない理由は、元気な友人に対してへなちょこな自分の体力であると気が付いた。
劣っているから、一緒に行きたいと思わないのだ。
そこまで気が付くと、
『ならば、自分ひとりだけなら、行こうと思うだろうか?』
と考えた。
他の誰かのことを考えず、自分ひとりで行かなければならないとすれば、わたしは行くだろうか?
答は「行く」だった。
ひとりだけなら、途中でどんなに疲れても、山道で滑って落ちても、自分は行くだろう。
ここで答えが決まった。
コロドンパには、自分で行きたいと思っているのだ。
だったら行くのである。
明朝の体調など全く予想できなかったが、とにかく行こうと決めた。
残っていたお祈りを済ませて、身体が冷えないように寝床を調えて、
寝についた。
つづく。
DECHEN
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