海の見える町の高校。 そこに通う高校生達の日常を描いた作品。 子どもたちが放課後交わす他愛も無い話や、悩み、恋愛感情、活き活きと湧き上がる一喜一憂が、1話10ページ程度の短い中で、時にユーモアを交えつつ、詩のように綴られている。画面は全体に白を基調とし、風景のみのコマ、登場人物がただ歩くだけのコマも多い。 大きな動きや派手さは全く無い作品で(暴れん坊なのはバーグマンと中畔くらい)、ただ二人の生徒が会話をしているのみ、というだけの話も多く有る。 全10巻・110話を通して、50
多分、1億個くらいコンプレックスが有ると自覚しているのですが、その中の一つに「野球を知らない」というものが有ります。学生時代からそうでしたが、まさか社会人になってからも、これほど多くの場面(※)で野球の知識が要求されることになるとは思っていませんでした。 特に野球に関する世界的な大会が開催されたり、不世出のスターが出現したりする最中に「あれ?レフトとライトってどっちがどっちデスカ?」みたいな奴(私)がいると、場を白けさせてしまうこと請け合いです。 ※【やべえ、野球の話題だ!
ちょっともう、「怒ったモン勝ち」の様相を呈する世の中じゃないですか。 まあ、そんなのは別に今に始まった事ではないとは思いますけど、僕なんかはですね、それこそ幼少の頃から、かなりぼんやりした子どもでしたし、何か事件が起きて、とうにタイミングを逸してから、「あれ?アレって、俺、怒ってよかった所じゃねえ?なんだよもぅ!」なんて感じに 一人で地団駄を踏む経験が多かったですから。 自分だけに通じる「怒り逃し(おこりのがし)」等という単語を作って「また今日も怒り逃しだよ……トホホ」みた
「マウントをとる」と言う言葉が市民権を得た気がします。 格闘技の世界だと、多分「有利なポジショニングを得る」というポジティブな意味だと思うのですが、現在、一般的に世の中で使われる場合には「上からモノ言いやがって気に喰わねぇなこの野郎」というニュアンスを含むような気がします。 そもそも、「マウントを取られた側」あるいは「その状況を第三者的視点で見た側」だけがマウンティングを認識するのであり、仮に「ウチは年収1兆円ですけど?お宅は?」という人だって、別に内心で「今、俺(私)、マウ
「やなやつ」が好きです。 「嫌な奴」でもなく、「いけ好かない人」でもなく、「碌でもない人間」でもなく、「やなやつ」程度のひねくれ加減が好きです。 「いい人だけど面白くない人」より「やなやつだけど面白い人」の方が好きなのです。 こんなことが有りました。 僕「川魚が苦手なんです」 相手「えー美味しいのに」 僕「特に鮎が苦手で」 相手「あれ?結構、鮎が有名な所の出身じゃなかったっけ?」 僕「そうなんです。だから、子どもの頃から、食べる機会が多かった分、辛かったです」 相手「えー
と言う、本当は全然いいと思っていない前置きで言いたいのですが。 誰しも主人公感を持って生きてる、と言うか余程の俯瞰的視点を持ってない限り、今、この自分を根幹に置いて考えるしか無いわけじゃないですか。 そう言う意味で、割と僕なんかは「俺って特別な存在だぜぇっ!」みたいな感覚から脱却出来ないまま歳を重ねた、結構痛々しいバカヤロウだったりするんですけど。 そんな激痛くんが思うのは「俺の今生きてるこの時代って、今まさに変革を遂げようとしている、『過渡期』なんじゃないか⁉︎」「俺は特
初めてそれを聞いたのは、10年くらい前でしょうか。 街中でいきなり始まるダンス。 あららと思っている内に人が増え、いつの間にか隣に居た筈の彼氏も踊っていて、最終的には指輪が出てきてプロポーズ。 フラッシュモブ。 実際に遭遇したことも見たことも有りませんが、一時期興味を持って動画を探したりしていました。 何に興味が有るって、そりゃ、サプライズを受けた女性の反応ですよ。 探して見つかるようなものですから、基本的には大成功の動画です。 でも中にはやっぱあるじゃないですか。 もう
イソップさんは、紀元前の人だかだそうですね。 そのイソップ寓話に載ってるわけですから、「田舎と都会、どちらが幸せなのか?」 このテーマは、もう、人類が文明と共にある限り、逃れられないものなのでしょう。 ですが。 今日は特別に。 特別にですよ? 僕がこの、人類普遍で不変の議論に終止符を打ちましょう。 結論から言うと、相対的に両者とも幸せです。 相対的に、と申し上げたのは、そのどちらでもない、不幸な……は言い過ぎか、そこまで幸せではない第三勢力がいるからです。 そもそも論と
漫画「ONE PIECE」が連載を開始したのは、僕が高校生の頃だった。「野郎ども、冒険だー!」……船長の雄叫びに呼応する、頼れる仲間たち。 毎週月曜日は、サッカーやってセクシーコマンドーやってスタンドバトルやって流浪人やって葛飾区亀有公園前派出所で警官やって……ただでさえ忙しい所に、海賊達まで現れて、頭の中はてんやわんやだった。親に「漫画ばっか読みやがって」と言われて、「めっちゃフル回転なんですけど!」と頭を開いて見せてやれないのが残念だった。 あれから20年余。今日現在で
藤子不二雄マンガのパロディにリスペクトが感じられたら、それはもう僕の中で名作。 しかし、単純に「アルファがベータをかっぱらったらイプシロンした」とか引用すればそれで良し、ではなくて(それでもちょっと笑うけど)、作品において、科学とポップさが程よくブレンドされていることが重要だと思う。 それこそ、SF=少し不思議、であるように。 タイトル通り、主人公は二人の女子高生。当然ポップで可愛い。 可愛い二人の元には、宇宙人、幽霊、サンタクロース、死神、ゼリー人間……様々な、少し不思議
「めんどくせえよ だせえよ逆に アボカドのサラダとか 一回もおいしいと思った事ねえよ」 (「好きな食べ物は?と聞かれた時にモテる答え」を考えた結果) 「爽やかな関係よね 合コン相手に中出しされて出来婚する私とは違うワ」 (ランニングイベントで知り合った二人の馴れ初めを聞いて) 「穴と袋ってオシャレなフレーズね」「ヘブライ語に直してTシャツのロゴにしたいね」 (女性蔑視を端的に表現した言葉を評して) 「圧倒的に絵が上手い」とか、「続きが読みたくて仕方無くなる構成だ
多分まだnoteも4,5ページ目でしょうから、まだこういう、いかにも「導入です」みたいな顔した話題も間に合うでしょうか。 なにゆえ急に人はnoteに手を出すのか。 ブログより手軽、HP運営なんて面倒くさ過ぎる、140文字では物足りない、mixiのパスワードを忘れた……人によって理由は様々かと思います。 僕の場合は、敬愛する人がnoteを書いていたから。 月1,000円払っても、それを読みたかったから。 どうせアプリをインストールするなら、自分でも書こうかなと思ったから。
僕は老害なので、時につけ、所謂、若者及び若者文化というものに対して、理由なく否定的なスタンスを取る、というプログラムが自動的に発動します。 先日、久方ぶりにTVの歌番組を視聴する機会が有りまして、それは恐らく若者をターゲットにされていたと思うのですが(そして、その時間帯、若者はすべからくスマホやネット動画を見るのに勤しんでいたと思うのですが)、そんな昨今のアーティスト様達の曲を聴いて私が感じたのは、 全部言っちゃうんだ⁉︎ でした。 あの時僕はどーしたこーした だから
今、どれくらい勢いの有るコンテンツなのかはわからないが、20年近く前の黎明期には、mixiは革新的なSNSだったと記憶している。 いかにも若者向けのポップなそれは、現在で言うところの承認欲求を存分に満たしてくれる、新たな世界の幕開けだった。 携帯電話とPCが学生の必須アイテムになり始めた時代。しかし、地域によってはアパートにネット回線が引かれていないのも又ザラだった学生達には、招待制でしか参加出来ない、と言うのも、その有り難みを高める一因だったと思う。 当然、わたくしも、極
本noteは、主に以下の3つのルールに従って書かれています。 ①作成に30分以上の時間を掛けない ②検索等で答えを調べない ③僕を3Fにしない ①30分以上掛けない 基本的にスマートフォンを用いて書いているのですが、スマホと向き合う時間が長くなればなる程、妻の視線の温度は下がっていきます。それに僕にも現実の生活があり、漫画読んだり、ヘラヘラしながら空中を眺めたり、ここではとても言えないような映像作品を観たりするので、何かと忙しいのです。 どうせ40分掛けようが2時間掛け
炎上が怖い。 基本的には、所謂、著名な方、影響力の有る方がするもので、そうでなければ余程の極端な意見でも発表しない限り、在野の某氏が世間様にお燃やしいただく事などそうそう無いとは思うのだけれど、それでも炎上が怖い。 メンタル☆1の身としては、つくづくそう思う。 だったらそもそも公開すんなよ。 ごもっとも。 ぐう正論。 されど、この辺りが、表現欲求と「言うても『余程の極端な意見』なんて持ってなかろ?」の自己認識と「どーせ誰も見てねーよ」の諦念、三者のせめぎ合い、落とし所とい