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再録「あのときアレは神だった」〜志村けん

テレビアニメ、漫画、スポーツ、アイドル歌手などなど。
実在の人物から架空のものまで、
昭和にはさまざまな「キャラクター」が存在した。
われわれを楽しませたあの「神」のようなキャラクターたち。
彼ら、彼女たちの背後にはどんな時代が輝いていたのだろうか。
懐かしくて切ない、時代の「神」の軌跡を振り返る。

(2016年より、夕刊フジにて掲載)



白いブリーフ姿やムキムキの海パン姿など、己の肉体をツイッターでさらす「裁判官」氏が話題になった。この人がなかなかすごい。注意勧告は受けたものの、一個人が職業を明かさずに、プライベートな時間になにをやろうが問題はないはずだと、世間の批判や論争はどこ吹く風。いまだに痛快なツイートを続けている。

この先、「裁判官」氏がどのような「発展」を遂げていくのかはわからないが、とりあえず「のれんに腕押し」的な態度で事態をやり過ごした。

「のれんに腕押し」の神セリフ。それは、「怒っちゃや~よ」(志村けん)である。

志村けんは「謝罪の神」である。

変な顔で変な声を出しながら、これをやられると、必死に怒っていた長さん(いかりや長介さん)も、結局最後ははぐらかされてしまう。

昨今、不祥事発生時の危機管理や謝り方などが問われているが、この「怒っちゃや~よ」の「のれんに腕押し」感や「怒りが台無し」感、それでもって「なんとなく許されそう」感を、少しは参考にしたほうが良かったのにと思われる方々も、ここのところずいぶんいた。

後に、腕と顎を前に出すポーズだけが「アイーン」へと独り歩きし、この場合の重要な意味である「のれんに腕押し」感はなくなった。だが、「裁判官」氏は絶対に『8時だョ!全員集合』当時の「怒っちゃや~よ」を見ていたはず。

怒っている人には、ムキになって反論したり、しおらしく(見えるように)反省しても、その勢いは止まらない。愛嬌(あいきょう)を振りまきながら、「その怒りを収めてほしい」という最低限の要望だけを伝える。

その「怒っちゃや~よ」をさんざん見せられた子供たちは、いくら会社で偉くなったり、権威ある職種に就いていたとしても、この影響からは逃れられない。

もちろん、志村けんにはこれだけではない、数えきれないほどのギャグや名キャラクターがある。だが、この「怒っちゃや~よ」の感性は、改めて「神」だと思う。 (中丸謙一朗)

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