(第32回) ゴジラ対策基地・多摩川浅間神社
強く思うことは必ず実現する。時は昔。日本社会が、まだまだ物事の整理がついていない、熱気ムンムンの(高度経済成長)時代。私たちは、日々、いろいろなことを妄想した。
野球選手になりたいとか、ロックスターになれるだとか、UFOを捕まえるだとか……。日曜日の昼下がり、ラジオの『歌謡ベストテン』を聞きながら半分居眠りをし、そんな白日夢に耽っていると、親から「なに寝ぼけたこと言ってんだ、しっかり勉強しろ!」とお決まりのように言われた。
ここで、巨大なゴジラと自衛隊に戦闘を繰り広げさせたい。林立するタワーマンションに負けないぐらいに大きいゴジラが、川べりで待機する戦車や自走砲の隊列と向き合う「しびれる」ようなシーン。そんな「寝ぼけたこと」を実現させた場所にやってきた。(東京都大田区)田園調布にある「多摩川浅間神社」である。
東京をバックに神奈川の入り口を見渡せる「抜け」の景色は申し分ない。ゴジラの巨大さを際立たせるビル街と川べりの(合戦場を思わせるような)景色の距離感がいい。近くを走る鉄道(東急線)が景色のアクセントとなり、ゴジラの大きさに比べると幾分頼りなげに設けられている橋は、いい物語のきっかけになる。すべてが空想である。
東急東横線「多摩川駅」からすぐ、本殿の参拝を終え、多摩川浅川神社の「見晴らし台」に立つ。
多摩川浅間神社からゴジラの出現した武蔵小杉方面を眺める。画面右端は東急線。
うんうん、よくぞ、そんな壮大な「絵」を思い浮かべたなあ、そうだよな、こ大都会の切れ間のようなこの土地で「大戦闘」が繰り広げられたらかっこいいよな、よしできるぞと強く思い、そしてそれを実現させる。人間の創造力ってすばらしいなと納得させられていく。
2016年に公開された映画『シン・ゴジラ』で、武蔵小杉に侵攻してきたゴジラを食い止めるべく決行された「タバ作戦」。自衛隊の前線基地「タパ作戦前方指揮所」が置かれたのが、ここ多摩川浅間神社である。
多摩川浅川神社は、全国にある富士信仰の浅間神社のひとつで、鎌倉時代の創建とされている。社殿は「浅間神社古墳」の上に建てられており、溶岩石を積み重ね、富士登山を模した構造となっている。その階段は、『シン・ゴジラ』のなかでも見ることができる。長年、東京に住んでいるが、正直、この神社のことは(ロケ地で有名になるまで)知らなかった。ただ若い頃、東急線の車窓から見た「見晴らし台の風情」をぼんやりと覚えているのみであった。
しかし、多摩川浅間神社もたいしたもので、この降って湧いたような「ゴジラ禍」をちゃんと昇華させた。ゴジラキャラクター入りのお守りと絵馬のセットである。この商品が人気であるとなにかの記事で読み、遅ればせながら(発売は2019年12月)手に入れに来たわけである。
もちろんすべてが、空想の世界の「遊び」ではあるが、強く思うことは必ず実現する。ゴジラ禍のお守りがコロナ禍にでも効けば、それはそれでうれし。実際神社側も、このお守りを(ゴジラの危機から逃れた)「災害から守られる」「災いを跳ね除ける」ご利益のあるものとしている。
田園調布にもひさしぶりに訪れた。言わずとしれた日本の超高級住宅街だ。だが、住民以外はあまり縁があるとは思えない土地だ。小さい頃から、長嶋(茂雄)さんの住むところと敬いながら、高校生の時に田園コロシアムでやったサザンオールスターズのコンサートに来て以来訪れる機会もなく、今回約40年ぶりの訪問となったわけである。
これはこれで「観光」なのだ。非常事態宣言も解け、自粛要請も緩んだ週末のこの日(2020年6月当時)は、田園調布周辺や多摩川沿いなどを散歩して歩く人々がけっこういた。界隈のお店にはまだまだ寄ることのできない気分だが、人の住む場所を通り、お守りを買いに神社に行く。そんなシンプルなことが、とてもうれしかった。
〜2020年8月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂
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