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再録「あのときアレは高かった」〜出前寿司の巻

「あれ、欲しい!」

そう思うが月々のお小遣いでは到底手が出ない。恐る恐るおかんに相談してみたら、「そんなのおとうさんに言いなさい!」とピシャリ。
そりゃ、直接言えるのなら、おかんに相談しませんわな……。
と、そんなわけで、クラスの中の金持ちのボンだけが持っているのを横目に見ながら、泣く泣くあきらめたあの日の思い出。
そう、あの時あれは高かったのだ。

昭和の、子どもには「ちょっと手の出しにくい」ベストセラー商品。
当時の価格や時代背景を探りながら、その魅力を語る。

     ◇

時は1985年ごろのことだ。

当時、学生だった私は、郊外に家庭教師に通っていた。相手先が親戚筋という甘えもあり、その家庭を訪れるのは遅れ気味で、中学生を待たせながら、いつも夕食の終わり時、午後8時ぐらいになっていた。

すぐに勉強に取りかかればいいものを、ひとつ問題があった。

そこのオヤジはものすごい飲兵衛で必ず晩酌をしている。始まる頃に私が来ているのならいいのだが、ちょっと待ちくたびれ相当にできあがった頃に「ちわー」なんて言いながらあんちゃん(私)が気軽に顔を出すもんだから、「まあ、座れ」と、私を食卓に招き入れ、なぜかガンガン酒を飲ませるのであった。

そして、そのオヤジは私を相手に語りに語り、時間は午後10時。口を出せずハラハラしている奥さんに向って一言。「おい、寿司とれ」。

当時は今ほどの回転寿司時代ではないが、テイクアウト系の寿司はそれなりに流行っており、そういう「おい、寿司とれ」的なオヤジの生息は、どちらかというと、その10年前、いや20年前の現象なんじゃないのかと思っていた。

「おもてなしのキラーコンテンツ」としての出前寿司は根深い。そんなことを中途半端な頭で感じたことを記憶している。

出前寿司の値段を改めて調べてみる。ある資料によると、昭和40(1965)年ごろは約300円(並・一人前)とある。現在の価格に直すと1200円ぐらいだ。

現在の実際の価格を調べるために駅前の古ぼけたお寿司屋さんに行った。

並は1200円だった。実は値段はあまり変わっていない。いや、むしろ、回転寿しなどで街に寿司があふれた現在の出前寿司の価値は圧倒的に下がっている。

だが、いい感じにできあがった昭和男には、まだまだこの「おい、寿司とれ」というのは、なかなか胸騒ぎのするセリフなのかもしれない。

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