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死に関連するビジネス最前線:寿命延長からデジタル遺産管理まで、世界の最新動向

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序論

少子高齢化や技術革新を背景に、「死」に関連するビジネス(いわゆる“Death Tech”)が世界的に注目されています。生を延ばすための医療テクノロジーから、死と向き合う終活サービス、さらに死後に残るデジタルレガシーまで、スタートアップから大手・老舗企業まで多様なプレイヤーが参入しています。デジタル終活サービス分野は前年比194%成長との報告もあり​(businessinsider.com)、従来タブー視されがちだった死の領域でイノベーションが急速に進んでいます。本記事では、(1)死の回避(生を最大化), (2)死の受容(死と向き合う), (3)死後の影響(死を超えて残す)の3分野に分け、各領域の注目企業や最新動向を紹介します。

❶死の回避(生を最大化する)

「死の回避」とは、寿命を延ばし健康寿命を最大化するための技術やサービスです。予防医療や健康管理AI、介護ロボットによる高齢者支援、さらには寿命延長を目指すバイオテクノロジーなどが該当します。近年、この分野には大規模な資金投下が行われており、アンチエイジング産業は2026年までに市場規模640億ドルに達するとも予測されています​(rossdawson.com)。主な動向と企業例を見てみましょう。

予防医療とAIヘルスケア

  • フリーノーム(Freenome) – 米国のスタートアップで、AIを用いた血液検査によるがんの早期発見に取り組んでいます。50歳以上の死因の90%を占めるがん・糖尿病・心疾患・神経疾患を早期に発見することで治療を可能にしようとするもので、ごく初期の腫瘍兆候(特定タンパク質の出現など)を検知できる手法を開発しました​(swisslife.com

  • プレヌーヴォ(Prenuvo)全身MRIスキャンによる包括的な健康診断サービスを提供する2018年創業のスタートアップです。MRIで500以上の疾患(がん、動脈瘤、椎間板ヘルニア等)を早期発見できるとされ、シリコンバレーやハリウッドの富裕層に人気です​(swisslife.com

  • バイオーム(Viome)腸内環境のRNA検査と個別栄養提案を行う2016年創業の米スタートアップです。人の加齢の約90%は環境要因・生活習慣に左右されるとの研究に基づき、遺伝子検査やAI解析により一人ひとりに最適な食事・サプリメントを提案します。2023年には8600万ドルの資金調達を達成し、この分野で最大級の投資を受けました​(swisslife.com

  • ケアプレディクト(CarePredict)高齢者の自宅生活を支えるAIモニタリング企業です(2013年米国創業)。ウェアラブルデバイスとAIプラットフォームで利用者の日常行動パターンを監視し、異変(転倒リスクや健康状態の悪化兆候)を85%の精度で予測します​(weforum.org

介護ロボット・高齢者支援テクノロジー

高齢者人口の増加に伴い、ロボットによる介護支援も重要な分野です。日本をはじめ各国の大手企業も参入しており、政府支援のもとで開発が進んでいます。例えば、パナソニックは18年以上介護事業に取り組み、ベッドが車椅子に変形する介護ロボット「リショーネ(Resyone)」を開発しました​(news.panasonic.com)。リショーネは要介護者の起き上がりを補助するロボットベッドで、世界初の介護ロボットISO規格(ISO13482)認証を取得しています​。またトヨタホンダも歩行補助や移乗支援ロボットを開発中です。

スタートアップでは、イスラエル発のイントゥイション・ロボティクスが開発した対話型ロボットエリク(ElliQ)が注目されています。ElliQは高齢者の対話相手や健康コーチとなるAI搭載の卓上ロボットで、ニューヨーク州高齢者局の実証では利用者の孤独感を95%も軽減し生活満足度を向上させたとの報告があります​(aging.ny.gov)。日本ではソフトバンクのPepper産業技術総研の癒しロボットParo(アザラシ型)なども試みられてきましたが、ElliQはより実用的な高齢者支援策として期待されています。


バイオテクノロジー・アンチエイジング

老化そのものに挑むバイオテクノロジー分野では、シリコンバレー発のスタートアップに巨額資金が集まり、「不老長寿ビジネス」の様相を呈しています​(rossdawson.com)。代表的な企業には以下があります。

  • アルトス・ラボ(Altos Labs) – 2022年に米国で設立。Amazon創業者ジェフ・ベゾスやロシア人投資家ユリ・ミルナーらが30億ドルの巨額出資を行ったことで話題になりました​(labiotech.eu

  • ユニティ・バイオテクノロジー(Unity Biotechnology) – 2011年創業。老化細胞(セネセンス細胞)を除去する創薬(セノリytics)でパイオニア的存在です。PayPal創業者ピーター・ティールやジェフ・ベゾスも初期から出資し、2018年にNASDAQ上場を果たしました​(rossdawson.com

  • インシリコ・メディシン(Insilico Medicine) – 2014年設立で香港に本拠を置き、AI創薬で有名な企業です。ゲノム解析やビッグデータ、ディープラーニングを駆使して、新しい抗老化薬の開発スピードを飛躍的に高めています​(rossdawson.com

  • ライフ・バイオサイエンシズ(Life Biosciences) – 2017年米国ボストンで創業。老化の仕組み自体を治療ターゲットにする創薬を目指し、8つある老化要因の複数にアプローチできる新薬プラットフォームを開発中です(​rossdawson.com

  • カリコ(Calico Life Sciences) – 2013年にGoogle(現Alphabet)が設立した老化研究企業です。親会社Alphabetの巨額資金と世界トップレベルの研究者陣を擁し、基礎研究から創薬まで長期視点で取り組んでいますrossdawson.com

  • アルコー延命財団(Alcor Life Extension) – 1972年設立の米国アリゾナ州に拠点を置く老舗の人体冷凍保存(クライオニクス)機関です。これは厳密には医療ではありませんが、「将来科学が進歩した時点で蘇生する」ことを期待して死亡直後の遺体や脳を液体窒素下(-196℃)で冷凍保存するサービスを提供しています​(swisslife.com

以上のように、寿命を延ばすビジネスでは先端テクノロジー企業や著名投資家が支えるスタートアップが多数登場しています。従来の医療・介護メーカー(パナソニック等)やIT企業(Google等)といった大手・老舗も、こうした長寿産業や介護ロボット市場に参入しつつあります。今後も健康長寿の需要増を追い風に、予防×AI×バイオの融合が進むでしょう。

❷死の受容(死と向き合う)

「死の受容」の分野では、人生の終わりを見据え心身の準備を支援するサービスや、遺族の負担を軽減する葬儀・供養のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいます。また、グリーフケア(遺族の悲嘆ケア)にテクノロジーを活用したり、VRで故人を偲ぶといった新しいアプローチも登場しています。コロナ禍で葬儀のオンライン化が進んだことも、この領域のデジタル革新を加速させました​(prtimes.jp)。以下、具体的なサービス例を紹介します。

デジタル終活プラットフォーム・オンライン遺言作成

従来、エンディングノートや遺言作成は重いテーマで先送りされがちでしたが、近年はウェブやアプリで手軽に終活できるプラットフォームが人気です。

  • ケイク(Cake) – 米国発の終活プラットフォームで、人生の最終プランニングや死後の手続き準備をオンラインで支援します。パンデミックを契機に利用者が急増し、2020年にはAIと機械学習で終活のユーザー体験を向上させた初の企業となりました​(scrum.vc

  • Trust & Will/FreeWill – いずれもオンラインで法的に有効な遺言書や財産管理書類を作成できる米国スタートアップです。Trust & Will(2017年創業)は累計4800万ドル以上、FreeWill(2017年)は3000万ドル近い資金を調達し、デジタル遺言作成サービスのトップ企業に成長しています​(connectingdirectors.com

  • エグジゼント(Exizent) – 2018年創業の英グラスゴー発スタートアップで、遺産相続・死亡手続きの事務作業を簡素化するプラットフォームです。法律事務所や遺言執行者と銀行・役所等のデータをオンラインで接続し、死亡後の各種届け出・口座凍結・相続処理をワンストップで行えるようにします​(tech.eu

なお、大手企業では金融機関や保険会社がこの分野に注目しています。例えば日本では、みずほ銀行や野村證券がエンディングノート作成サービスを提供開始するなど、従来から顧客の「死」に関わる業界(生命保険、信託銀行など)もデジタル終活に参入しています。

葬儀・供養のデジタル化(オンライン葬儀・新しい追悼サービス)

葬儀や埋葬といった儀式の世界にもテクノロジーの波が押し寄せています。コロナ禍では葬儀のライブ配信やオンライン追悼が広がり、新しいビジネスが生まれました。

  • ハイブリッド葬儀・VRお別れ会 – 日本の終活大手鎌倉新書は、イベント大手の丹青社と組んでリアル会場とバーチャル空間を連携させた葬儀「VRお別れ会」を開始しました​(kamakura-net.co.jp

  • HEREweHOLO(ヒアウィーホロ) – 2020年創業のオランダのスタートアップで、等身大ホログラムによるメッセージ伝達サービスを提供しています。生前に録画した本人映像をホログラム投影し、自分の葬儀で“最後のスピーチ”を行うことも可能です​(tech.eu

  • Vivo Recuerdo(ビボ・レクエルド) – 2018年創業のスペイン企業で、葬儀場に設置するデジタル追悼スクリーン「思い出の窓」を開発しました。通夜会場の入口にディスプレイを置き、参列者がQRコードやアプリで写真・メッセージを投稿すると、その場で皆と共有できます​(tech.eu

  • Better Place Forests(ベタープレイス・フォレスト) – 米国のスタートアップで、伝統的な墓地に代わり森に遺灰を撒いて記念樹を植えるサービスを提供します。遺骨を自然に返しつつ森林保全にも寄与するエコなコンセプトが支持され、約7,980万ドルもの資金調達を記録したこの分野最大級の企業です​(connectingdirectors.com

  • アース(Earth) – 米国で近年登場した遺体の土化(Human Composting)サービス企業です。遺体を特殊な設備で微生物分解し、約30日で肥沃な土壌に還す技術(自然有機還元)を提供しています。環境負荷が高い火葬に代わるものとして注目され、1,000万ドル超を調達しました​(connectingdirectors.com

このように、葬儀・埋葬分野では環境に優しい選択肢(樹木葬、土化、水葬)やオンライン化(配信、VR参列)が広がっています。伝統的な葬儀社もこうした変化に対応し始めており、供養ビジネスの革新が進んでいます。

グリーフケア(遺族ケア)とVR活用

愛する人を失った遺族のグリーフケア(悲嘆ケア)にもテクノロジーが活用されています。心理カウンセリングのオンライン提供や、AIチャットボットによる対話支援など、新しいアプローチが登場しています。

  • エンパシー(Empathy) – 2021年創業のイスラエル発スタートアップで、遺族向け支援アプリを提供しています。死亡後の事務手続きチェックリスト、葬儀準備ガイド、グリーフカウンセリングなどを1つのアプリでまとめてサポートします。テクノロジーと人的サポートを組み合わせることで、家族の時間・費用・ストレスを大幅に削減できるとされます​(fiercehealthcare.com

  • グリーヴィー(Grievy) – ドイツのスタートアップで、若年層にも利用しやすいセルフセラピー型のグリーフケアアプリです。利用者ごとにパーソナライズされたセルフケアプランを提示し、必要に応じてメンタルヘルス専門家への即時アクセスも提供します​(tech.eu

  • VRによる故人との“再会” – VR技術を用いて遺族が故人と対話したり思い出をたどったりする試みも現実化しつつあります。韓国では2020年、亡くなった7歳の娘を持つ母親がVRゴーグル越しに仮想空間で娘と再会するテレビドキュメンタリーが放映され、大きな話題を呼びました​(reuters.com

グリーフケアの領域では他にも、オンライン追悼コミュニティ(例:Facebookのメモリアル機能や専用追悼サイト)、故人の思い出を動画や音声で残すサービス(Aznar VRによる「VRレター」など)も登場しています​(aznarvr.com)(souken.info)。従来は宗教者やカウンセラーが担っていた心のケアを、テクノロジーが補完・支援する流れが今後一層進むと考えられます。

❸死後の影響(死を超えて残す)

「死後の影響」の分野では、個人の記憶や存在を死後もデジタルな形で残す技術や、デジタル資産の相続管理、ブロックチェーンを活用した遺産システムなどが挙げられます。いわば「デジタル不朽」「デジタルレガシー」を実現するビジネスで、生前のデータから故人の人格を再現したり、死後に自動で資産やメッセージを届けたりすることが可能になり始めています。

AIによる人格再現とデジタルクローン

SFの世界だった「故人のデジタル復元」が、AIの発達によって現実味を帯びています。チャットボットや音声合成を使い、あたかも故人と会話できるようにするサービスが登場しています。

  • HereAfter AI(ヒアアフター) – 米国のジェイムズ・ヴラホス氏が創業したスタートアップで、チャットボットによる故人の人格再現を提供しています。ヴラホス氏自身、亡き父親のために録音インタビューをもとにした「Dadbot(お父さんボット)」を作成し、生前の口調で会話できる体験を得ました​(businessinsider.com

  • エターニミ(Eternime) – 2014年に設立された米国のプロジェクトで、個人のソーシャルメディア投稿や写真、チャット履歴などを収集し、死後に自分のデジタル分身(アバター)と会話できるようにする試みです。創業者のマリウス・ウルシャケ氏自身も親友を事故で亡くした経験から発想を得ており、「人々をバーチャルに不滅にする(virtually immortal)」ことを掲げています​(businessinsider.com

  • マイクロソフトのチャットボット特許 – 2021年、Microsoftが特定個人(存命中または故人)のソーシャルデータを学習して、その人そっくりに会話するAIチャットボットに関する特許を取得し話題になりました​(snopes.com

  • Amazon Alexaの故人ボイス機能 – 2022年、Amazonは音声アシスタントAlexaについて、わずか1分間の音声サンプルから特定人物の声を模倣できる機能を披露しました。デモでは亡くなった祖母の声色で孫に本を読み聞かせる様子が紹介され、亡き家族と対話する疑似体験として注目を集めました​(cnbc.com

なお、AI人格再現には倫理的な課題も指摘されています。遺族の心理ケアに有用との期待がある一方、「故人のデータ利用の同意」や「生者と死者の境界の曖昧化」への懸念も専門家から出ています​(businessinsider.com)。しかし今後も技術進展は続くとみられ、デジタルな形で“魂”を残すことが可能な時代が到来しつつあります。

デジタル遺産管理とブロックチェーン相続

人々の資産や思い出がデジタル化する中、オンラインアカウントや電子資産を死後にどう扱うかも重要になっています。また、ブロックチェーン技術を使って改ざん不可能な遺言を記録したり、スマートコントラクトで自動的に相続執行したりする取り組みも始まっています。

  • GoodTrust(グッドトラスト) – 米国発のデジタル遺産管理プラットフォームで、ユーザーのオンラインアカウントや写真、契約を一括管理し、死後にどのように処理するか指示を残せるサービスです​(mygoodtrust.com

  • デジタル遺産管理の上位企業 – 前述のTrust & WillやFreeWillに加え、オーストラリアのSafewillやWilledといったオンライン遺言サービス、米国のデジタル遺品整理サービスGoodTrust、スウェーデン発のMyers(マイヤーズ)など各国でプラットフォームが誕生しています。Crunchbaseの調査によれば、オンライン遺言作成や遺品管理ツールが近年の資金調達上位を占めており、GoodTrustやSafewillはその代表例です​(connectingdirectors.com

  • Vault12(ボルト12) – ブロックチェーン技術を活用したデジタル資産の相続ソリューションです。仮想通貨ウォレットやオンライン口座の秘密鍵、重要書類データを暗号化して「デジタル金庫」に保管し、あらかじめ指定した相続人(受取人)にのみアクセス権を譲渡できる仕組みを提供しています​(vault12.com

  • バンク・オブ・メモリーズ(Bank of Memories) – ウクライナ発(米国展開)のスタートアップで、家族の思い出をブロックチェーン上にNFTとして保存・共有するサービスです。写真や動画、音声メッセージをハイブリッド分散ストレージに保存し、NFT化することでデータの所有権をユーザー本人とその指定承継者だけが持てる仕組みを採用しています​(tech.eu

この他にも、スマートコントラクトを利用したデジタル遺言の研究が進んでいます。例えば特定のアドレスから一定期間トランザクションがなければ自動的に資産を移転する、といったデッドマンズスイッチ機能を備えた仮想通貨ウォレットも登場しています。また、自治体レベルでもブロックチェーン活用が検討されており、エストニアやドバイでは公証や戸籍にブロックチェーンを導入する試みが報じられています。こうした技術により、国境を越えた相続や相続証明の簡素化が期待されています。


以上、世界中の「死」に関連するビジネスについて、特に注目すべき企業や動向を分野別に概観しました。寿命延長を狙う「死の回避」分野では巨額投資によるブレークスルーが模索され​(labiotech.eu)(swisslife.com)、終活・葬送を刷新する「死の受容」分野ではデジタル化と多様化が進み​(kamakura-net.co.jp)(tech.eu)、「死後を超えて残す」分野ではAIやブロックチェーンで個人のレガシーを未来に伝えるというSFさながらのサービスが現実化しつつあります​(businessinsider.com)​(tech.eu)。このようなDeath Techの潮流は今後も拡大すると見られ、従来からの老舗企業と革新的なスタートアップ双方の取り組みにより、私たちの死生観や社会制度にも大きな影響を及ぼしていくでしょう。

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