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赤ひげ先生

その時私は緊張して座っていた。
後に私が赤ひげ先生とよぶことになる院長はその頃60歳前後、外科と内科を標榜する18床の診療所を開いて 20年あまりだったと思う。
私はがんセンターで7年、市立病院で2年レセプト業務に携わったが、前職場の仕事効率の悪さ(パソコン画面で確認でき二度と見ない訂正したレセプトを全てコピーするという膨大な保管量と時間ロス) に物申して同僚の反感をかい、転職の面接で院長の前に座っていたわけだ。

「うちはできることはなんでもやってもらう。
レセプトや受付だけでなく二階病棟の介助や、遅番で看護師が帰ってから診療終了までの時間は看護助手もやってもらう。それでも大丈夫かっ⁉︎」
外科医にありがちな一刀両断の物言いに否とはいえない。
「はい!一生懸命やります!」
それまでカルテでしか知らなかった現場に関わることができると思ったのは甘かったと、すぐに思い知ることになった。

診察時間は朝8時半から夜7時まで。
それが月曜から土曜までで日曜のみ午前診療。
さすがに木曜は夜勤までの代診の先生を頼むが、その日はスキーや沢釣りに出掛けていく。
とにかく1分1秒もムダにしない、診察中も先々にと準備ができていないと叱咤の声がとぶ。 
診察室のスタッフがピリピリしている空気が受付にも伝わってくるが、受付のパソコン前に座っていてもいつ呼び出しがかかるかわからない。 
とにかく鬼軍曹に付き従う新米兵さながらの毎日だった。

看護助手をやる時は道具や手袋を渡すタイミングが悪いと「遅い!」と怒鳴られ、鉗子やクーパーを手渡すと、「お前は不潔なんだ!」とのたまう。 
不潔〜!?
あとで看護師さんに聞けば、鉗子立ての縁は不潔と見做すので器具が触れてはならぬそうな。 
「素人やもん、そんなん知らんし!」と叫びたいのを我慢する。
とにかく最初の3カ月は新聞の求人欄で次の仕事を探していた。

それが突然目の前が開けた ‼︎
あっ!この先生は思ったことを頭を通さずそのまま口に出しているだけで、私のことを嫌っているわけでは無いんだと気がついたからである。
それが当たってたかどうか本人に聞いたわけでは無いが、おかげで院長の言動にパニクって墓穴を掘ることも無くなり、仕事にも少しずつ慣れていった。

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