迷子の時に4
不思議な感覚だった。
町の夜はやがて闇に慣れて辺りが見えてくるものだが、山の闇はどこまでも深く、ただ触覚だけが相手の存在を教えてくれる。
唇が重なりやがて首に胸へと生き物のように熱い渦を広げていく。 私の深部まで届きそうになって思わず身をひいたが、舌先は迷うことなく一点を捉える。 快感は抗いようもなく私を捉えて、喜びなのか苦しみなのか区別もつかないほど大きな渦となった。
やがて静かに入ってきた彼は、凪いだ海のように私の中に静かに波紋を広げていく。 恍惚というにはもっと深淵で尊い、深い深い闇の中にただ二人で漂うように、太古の昔から続いてきた人間の営みの中に迷い込む。
新しい命を産み出すことは叶わずとも、密かな残り火に息を吹きかけて命の炎をおこす。
二人の体はよせては返す波に漂い続け、果てしなく続いた波はやがて岸辺にたどり着くように互いの体に吸い込まれて、そのまま二人は深く沈んでいった。 そこは果てしなく深い闇であり、また無限に広がる光のようでもあった。
朝は夜の闇を掻き消すように部屋中に満ちて、私は早々と目が覚めた。
眠っている康二を残して小さなキッチンでお湯を沸かす。ドリップバックで入れるコーヒーの香りに誘われて、ベットに起き上がった彼にカップの一つを渡し、私も隣に腰掛けた。
「私達お互いに何も約束することはできないわね。10年20年先、残り時間はそんなに長く無いし、老いは確実にやってくる。 だからたとえ束の間でも一緒にいれるならそれでいいと思ってる。だからあなたも約束しないでいいのよ。」
「そうだね、僕も同じことを考えている。 何かの約束でお互いを縛らなくても、二人で横並びに生きていければいい。」 静かに唇を重ねた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?