赤ひげ先生19
赤ひげがかつて勤めていた大きな総合病院は蕎麦で有名な地方にあった。
年に一度、新蕎麦が出る秋にわざわざ挽き立ての蕎麦粉を持って蕎麦を打ちに来てくれる人がいた。 以前の病院からの顔馴染みの男性で、時々診察を受けに来ることもあった。
いつもは味気ない病院食の厨房にこの日ばかりは新蕎麦とだし汁の香りが漂う。
年に一度の慰労会なので、シフトが休みのスタッフもご相伴にあずかろうとやってくる。
年末にはお歳暮として、毎年数の子がたっぷり入った松前漬けを一人づつ手渡してもらって、お正月のおせちに出したのを覚えている。
ボーナスも無かったし、ケチだなんて文句言ってる人もいた。 人使いも荒かったけれど、私は赤ひげ先生が好きだ。
ずっと古い国産車に乗って、スキーウェアも私が娘時代に使っていたような古いモデルのままで、お医者様のイメージのような贅沢はしない。
多分銀行の借り入れを早く返済終えたら新しい機会を入れたいと思っていたのだと思う。
長い間フィルム撮影だったレントゲンも、診察室のモニターで見れるようなって、大量のフィルムから探し出すことも無くなった。
胃カメラも鼻から入るものに変わった。
それだけでもまた長い返済になる筈だが、赤ひげ先生にはまだ病院を継ぐ後継者がいない。
大学病院で読影専門医の長男は人と話すのが苦手で、病院を継ぐ気は無いらしい。
代診に来てくれている若い先生の中にだって赤ひげ先生のやり方を継げる人はなかなかいない。
後継者問題は簡単では無さそうた。
今医療は大きく変わり始めている。
今までは日本古来の漢方や鍼灸といった東洋医学は近代医療の添え物のような扱いだったけれど、世界は統合医療にシフトしつつある。
現にアメリカ軍では針治療を積極的に取り入れているし、西洋医学に漢方医療も学んだドクターはより高い評価を受ける。
また南アフリカの貧困層でも日本のお灸が効果をあげている。 ツボさえわかればモグサは簡単に作れて安価に自分でも治療ができ、エイズや敗血症にも効果があるそうだ。
欧米では投薬で治らなかったうつにも鍼治療が積極が取り入れられて、漢方やツボの科学的な解明は世界中で進んでいる。
日本の東洋医学は世界レベルなのに活かせていないのは本当にもったいないことだが、それでも変化は始まっているのか、最近近くに新しいタイプの病院ができた。
それは整形外科病院で、ドクターがレントゲンを撮って診断をして病名がつくと承諾書を書いて院内にいる10人ほどの鍼灸師が治療する。
中にはその日に良くなる人もいるらしいと話を聞きつけて、毎日患者さんで溢れているらしい。
世界的な製薬会社にすれば見逃せない流れだと思うが、私達はもうそのカラクリに気づいている。
このままでは世界に誇る日本の保険医療も風前の灯なのだ。
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