赤ひげ先生15
創傷処置の中に真皮縫合というのがある。
保険が適用されるのは顔か手の甲といった目立つ場所だけだが、木曜日に来てくれる若いドクターは形成外科が専門なのでその縫合は素晴らしかった。 まず体内で溶ける糸を使って傷口の少し内側同士を縫い合わせてから2回目に表皮をつれないように縫合するので、抜糸した跡が糸一本くらいしか残らない。 たまに顔の傷でこられた女の患者さんには木曜日をすすめてあげたくらいだ。
しかし一時が万事丁寧な診察は時間がかかる。
私が夜勤に入っていた時の夜間診療に腹痛の患者さんがやってきた。 赤ひげ先生なら触診して異常が無さそうなら胃薬か腸の蠕動を抑える薬か何かを出して、翌日の診察時間にまた来るように帰すところなのだが、その時若い先生はエコーを立ち上げて検査を始めた。
間の悪いことに、ちょうど二階病棟の集中治療室には目が離せない患者さんが夜間も点滴を受けていた。
嫌な胸騒ぎを覚えながら15分も経っただろうかトイレの非常呼び出しベルが病棟に鳴り響いた。慌てて駆けつけると、トイレまでの廊下床面が血だらけになっている。
その入院患者さんは点滴のバッグに刺してある方の針を抜いたので、腕に留置してある管の先から血を流しながらトイレまで歩いたのだった。
とりあえず外来の患者さんを待たせて先生に留置針を抜いてもらい、ベッドにねかせてドアをロックしてから外来に戻ったのだが、結局外来患者の病名は腹痛、薬だけ渡して帰ってもらった。
そのあと病棟の廊下中に撒き散らされた血液を拭くのにたっぷり1時間以上かかったのが
私の二度目のオカルト体験になる。
夜の病棟は何も起こらなければ定期的に見廻りをして仮眠もできるが、物音に敏感になっているので熟睡はできない。
看取りの患者さんがいる時はピーピーと鳴り続ける心電図モニターの音を一晩中聞くのだ。 ドラマの臨終のシーンで見るように、ピーーーと長く続く音に変わるのを聞き逃すことはできない。 無事夜勤が明けてうちに帰ってもしばらくは耳の中でなり続けているのである。
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