【中小企業診断士の読書録】 財務諸表と格闘する面白さ 山根節ほか著「ビジネス・アカウンティング(第4版)」
中小企業診断士が古今東西の経営に関する本100冊読破に挑戦する記録 -題して「診書録」 54冊め-
■なぜ読もうと思ったのか
金融機関に勤務していた当時、仕事に関連する本をいろいろと読んだのですが、本書はその中で最も感銘を受けた本の1冊です。
私が読んだのは、今から15年以上前で、本書の第2版です。当時、管理職になり、部下が書いた稟議書を決裁するという立場になりました。実際に経営者に会ったわけではないので、決裁するにあたっては、決算書を読みながら、その企業の経営活動や経営者の人となりなどを想像するようになりました。こうした決算書の数字と経営をどう結びつけるかという悩みに直面していたとき、本屋で発見したのが本書でした。
診断士になって、もう一度読み返そうと思い、昨年、当時の最新版である第4版を購入しました。しばらく積読のままにしていたのですが、財務会計の知識をブラッシュアップしようと思い立ち、今回読んでみました(放置している間に、第5版が今年7月に出てしまいました)。
■学び
15年ぶりに読んでみて、会計の面白さはさらにパワーアップしていました。新たな発見があり、これまで何となく漠然としていたことについて腹落ちすることが多くありました。
以前に読んだ第2版と比較すると、著者にあらたに2人が加わり、当然ですが掲載されている事例や知識がアップデートされていました。内容については、第2版は山根先生の単著であったため、山根先生の個性が反映されていました。会計の細かな知識より、決算書をどう読み解くかという実践に重きがあったように思います。これに対して本書では、会計学という学問的な色彩が強くなっていると感じました。
本書での学びは、①財務諸表は経営を映し出す写像である、②本物の財務諸表と格闘する、③曖昧だった知識の霧が晴れた、以上の3つです。
1 財務諸表は経営を映し出す写像である
これは、本書の柱といえるもので、初版以来ずっと著者である山根先生が主張されていることです。15年前に読んだときに、当時私が抱いていた問題意識と悩みに直球で答えてくれるものでした。今回読み返して、当時のことを思い出しました。
企業の経営活動は、会計という技術を通じて、財務諸表に映し出されます。
ただし、すべての活動が映し出されるかというと、けっしてそうではありません。たとえばその企業で働く人々の姿や個性などはわかりません。
しかし、著者が言われるとおり、会計は「企業の経営活動を統一的かつ総合的に捉えるツールであり」、「しかも唯一のツール」です。本書では、「経営の写像」という形で表現されています。
図のように、経営活動があって、それに対して会計は貨幣価値という観点から光を当てる。光を当てた反対側にある平面には影=写像が投影される。それが財務諸表である。
私は、15年前に、この図と説明を目にしたとき、それまでもやもやしていたものが、言語化されるのを感じました。
続いて、次の一節があります。
「われわれは少し経験を積むと、この平面図を見ることによって、立体的な経営活動を頭の中に再構成することができるようになる。この行為が『財務諸表を読む』ということである」。
ここまで読んで、一気に霧が晴れる思いをしたことを今でも覚えています。財務諸表を「じーっと見て」、想像力を働かせて、そこに現れている経営活動の変化、さらには経営者の考えや思いを捉えよう。それまでの決算書の分析が大転換したときでした。
2 本物の財務諸表と格闘する
本書では、多くのケーススタディがあります。それらのほとんどは、実在する企業の財務諸表を題材にしています。第4版では、メルカリ、ドンキホーテ、三井不動産といった国内企業のほか、アリババ、アマゾンなどの海外企業も含めて、それらの公表されている財務諸表(P/L、B/S)をもとに、同業他社との比較、時系列の推移を明らかにして、ビジネスモデルや戦略の特徴・変化を分析しています。
実在する企業をケースとすることで、非常に身近に感じることができました。さらに、財務諸表からの分析で明らかになったビジネスモデルや戦略を知ることで、その企業について報道されたニュースや新聞記事の背景が理解できるようになります。
その意味で、仮設例の決算書ではなく、実在する企業の有価証券報告書をもとに学ぶ、すなわち「本物の財務諸表」と格闘することが、有意義だと感じました。
以前に読んだ第2版では、「ある有名企業の成長戦略」と題して、1章を割き、ケーススタディがありました。3期分のP/LとB/Sだけが並べられて、この企業の会社名を答えよ、この企業はどのような成長戦略を描き、どのような戦術を打とうしているか、この企業のトップはどのような経営者か等を考えるものです。当初は業種すらもまったく見当がつかなかったのですが、原価の内訳、B/Sの資産構成などを見て考えていくうちに、だんだんイメージが湧いてきて、もしかしたらあの会社と、会社名が思い浮かびました。まさに財務諸表との格闘でした。なかなか面白いケーススタディだったのですが、今回読んだ第4版にはありませんでした。
第4版で勉強になったのは、「比例縮尺財務諸表」という分析方法です。これは、財務諸表の数値をその大きさに比例させて図示するもので、パッと見て財務の構造を視覚的に把握することができます。重要な科目は大きく表示され、重要でない科目はほとんど無視できるので、経営の大局を見るのに役に立ちます。
エクセルを使った作成方法も図入りで説明されています。フォーマットを作れば、それをもとにいろいろな企業の分析ができそうです。さっそく、ネットで公開されているIR資料から、ある上場企業の比例縮尺財務諸表を作ってみました。
ここでクイズです。これを見て、会社名を考えてみてください。正解は、最後に記しておきます。
3 曖昧だった知識の霧が晴れた
会計を学んでいくと、ぶち当たる知識の壁があります。
私の場合、それは、連結決算、税効果会計、国際会計基準でした。さらに、中小企業においても事業引継ぎという形でM&Aが広く行われるようになっており、それに伴って、会計上も「のれん」が発生します。M&Aに関する会計についても知識が必要です。
本書は、そうしたモヤモヤとして曖昧だったものの霧を晴らしてくれました。
193ページのコラム「会社はヒトだろうか、モノだろうか」は、M&Aに関して、とても面白い内容でした。
ある会社が別の会社を買収したケースを考えます。
ヒトがモノを買ったと考えると、「買われたモノの歴史は会計上考慮しなくていい。(中略)モノの歴史は売買によってリセットされる」。この考え方に基づいて買収を処理する方法をパーチェス法といい、会社の資産・負債をすべて時価で評価する。
一方、2人のヒトがくっついて1人のヒトになったと考えると、「いずれのヒトの歴史を引き継ぐことになる。この考え方に基づいて会社の結合を考える方法を持分プーリング法という」。
それまで、モヤモヤしていた2つの言葉の背景にある考え方を知ることで、一気に理解が進んだように感じました。
同じことは、国際会計基準でもありました。
会計基準としては、日本基準、米国基準、国際財務報告基準の3つがあります。最後の3つめがIFRS(アイファース)と呼ばれているものです。
会計基準をめぐっては、基準間同士の競争があるのですが、本書を読んで、その背景には、英米法対大陸法の違い・対立があることを知りました。英米法の国々では直接金融が盛んであるのに対して、大陸法の国々では間接金融が中心です。そのため、「英米法の国々は、投資家の意思決定に役に立つのであれば、ソフトで不確実な数値を採用することもためらわず、概して時価主義的な色彩が強い」。これに対して、「大陸法系の国々は、売上が立ってはじめて収益を計上す保守的な取得原価主義を守る傾向が強かった」(293ページ)。
昔、大学の民法の授業で学んだこと(英米法対大陸法)が、ここでよみがえってきました。そうした事情を考えると、米国基準もIFRSもよくわかります。日本は、明治以来、大陸法の影響を受けてきましたが、戦後はアメリカの影響を強く受けています。2000年に起こった会計ビッグバンも、そうした流れとして理解できます。
■次のアクション
本書を読んで、会計制度の背景にある考え方を知ることができました。会計というものは、知れば知るほど面白いものだということを、改めて実感しました。
中小企業診断士としては、「財務諸表」を読み解く力が求められます。それは、財務指標といった定量的な分析にとどまらず、経営活動や経営者の考え・思いといった定性的なものと結び付けて、企業の実態を明らかにすることです。
本書で学んだ実践方法により、本物の財務諸表と格闘していこうと思います。
<クイズの答え>
正解は、東京ディズニーリゾートを運営する㈱オリエンタルランドです。利益率、自己資本比率とも申し分のない優良企業です。あれだけの固定資産を有しながら、現預金等>有利子負債と、実質無借金経営です。
<蛇足>
面白くて有用な本ですが、診断士試験の事例Ⅳ対策にはおすすめしません。試験対策として使えるような知識はあまりないようです。ただ実戦的な内容なので、試験が終わった後に、会計について興味を持ち、もう少し深く知りたいと考えている方にはおすすめです。