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【中小企業診断士の読書録】 伴走支援の理論的基礎を学ぶ  中村和彦著「入門 組織開発」

中小企業診断士が古今東西の経営に関する本100冊読破に挑戦する記録 -題して「診書録」 53冊め-

■なぜ読もうと思ったのか
 
通勤時間に本を読み、土日に図書館で構成を考えて原稿を書くというパターンでやっているのですが、ここ最近は仕事が忙しくなり、土日は「倒れ込む」という状況が続いていました。そのため久しぶりの投稿となりました。
 
前回投稿した「経営の力と伴走支援」のなかで紹介されていたのが本書です。著者の中村和彦先生は南山大学の教授で、中小企業庁が主導する経営力再構築伴走支援のブレーンともいえる存在です。
 
前回の記事でも触れましたが、伴走支援は、「始めに行動ありき」という形で始まった取組みであり、現場での試行錯誤を重ねてスキームが構築されました。振り返ってみて、伴走支援の実践は、組織開発という学問体系とそこでの手法によって裏付けられるものだったのです。
 
著書の中村先生は、わが国における組織開発研究の第一人者だと言われています。伴走支援の理論的な基礎を学びたいと思い、本書を読んでみることにしました。

■学び
 
本書は新書版で本文195ページという分量と、書名のとおり組織開発の入門書です。初学者向けにわかりやすく書かれているのですが、もともとアメリカで生まれた学問であるため、独特の術語があり、かつ横文字が多いので、それらを理解するのに難儀しました。体系的に理解できたとは到底言えないのですが、本書で学んだことを、①初めての「組織開発」②組織開発を理解するための鍵となる考え方・手法③組織開発の実践としての伴走支援の3つに整理してみました。
 
 
1 初めての「組織開発」
 
中小企業診断士試験およびその後の勉強を通じて、組織論について学んできました。組織の定義、組織構造、組織学習、組織文化など、いろいろと勉強してきたつもりだったのですが、「組織開発」という学問体系・概念に初めて触れました。それだけに、この本に書かれていることは、とても新鮮でした。組織というものに対する新たな見方ができるようになったと感じています。不完全ではありますが、組織開発について、次のように理解しました。
 
▶まず、「組織」です。本書で「組織にはハードな側面とソフトな側面の2つの顔がある」という言葉(21ページ)に触れたとき、それまで漠としていた組織の本質が一気に理解できたように思います。中小企業診断士試験の教科書には、組織の定義とか、組織の3要素とかが書かれていて、力づくで暗記したのですが、断片的な知識にとどまり、組織の本質を理解するものではありませんでした。
 
▶組織のハードな側面とは、組織デザイン、組織構造、就業規則などの文書された規則・手順などを指します。一方ソフトな側面とは、組織の中の「人に関するさまざまな要素、たとえば人の意識やモチベーション、人々の思い込みや前提、コミュニケーションの仕方、協働性や信頼関係、お互いの影響関係やリーダーシップ、組織の文化や風土など」(21ページ)です。ハードとソフトという単純な立て分けですが、これまで学んできたことがすっきりと頭の中で整理することができました。
 
▶組織開発は、このうちソフトな側面に働きかけるものです。組織の人間的な側面に働きかけ、その変革に取り組むアプローチです。
 
▶「開発」という言葉について。英語では、development です。開発というと都市開発、ソフト開発という言葉の使い方があり、ヒトが有形・無形のモノに何か働きかけるというイメージでとらえがちですが、ここではそういう意味ではありません。developmentという言葉には、「発達、発展、成長」という意味があり、組織開発とは組織の発達・成長を促すという意味です。
 
▶それでは、誰が組織の発達・成長を促すのでしょうか。開発の主語・主体は、組織の当事者、すなわち経営者、従業員など組織の構成員です。誰か外から来た人が組織を変えてくれるのではなく、「構成員自らが変革の主体になる」(71ページ)ということです。ここが組織開発のポイントだと思いました。
 
 
2 組織開発を理解するための鍵となる考え方・手法
 
冒頭に述べたように、組織開発は1940年代にアメリカで始まり、日本には60年代に導入されました。いわば「舶来の学問」であり、術語すなわち言葉の使い方も、日常的な言葉使いとは異なり独特なものがあります。さきほどの「開発」がその例です。本書を読み進めるなかで一番困惑したのは、この点でした。
 
組織開発を理解するうえで鍵となる概念、考え方、そして具体的な手法について、まとめてみました。
 
▶「コンテント」と「プロセス」
コンテントとは、組織の中で、会議などにおいて話されている内容、取り組んでいることなど、「話題、課題、仕事の内容的な側面」(72ページ)です。目に見えるもの、観察することができるものといえるでしょう。一方プロセスとは、組織の成員の間で起こっていることで、成員はどんな気持ちか、どのように参加しているか、どのようにコミュニケーションがなされているかなど、お互いの関係性を指します。組織開発では、プロセスに着目し、そこに働きかけるものです。
 
▶「プロセス・ロス」と「プロセス・ゲイン」
組織内のプロセス、すなわち成員の関係性に何らかの問題があると、企業の成果や収益に影響します。この悪影響を与える部分をプロセス・ロスといいます。本書では、スタイナーという社会心理学者が提唱した次の式が紹介されています。
 
 実際の生産性=潜在的生産性 - 欠損プロセスに起因するロス(プロセス・ロス)
 
この式は、「経営の力と伴走支援」でも紹介されていました。組織開発は、プロセス・ロスをいかにして解消するかに着目します。そのためには、組織内の当事者(成員)が自らのプロセスに気づき、そのプロセスを良くしていくことで、成果や業績が高まると考えます(77ページ)。一方プロセス・ゲインとは、成員間の関係性により相乗効果が生まれ、潜在的生産性を超えて、実際の生産性が高まることをいいます。
 
▶組織開発の2つの手法 -リーダー養成型とパートナー型-
組織開発はプロセスに働きかけるものですが、手法としては大きく2つに分けられます。1つは「リーダー養成型」で、強いリーダーを養成して、そのリーダーが組織開発に取り組むというものです。もう1つは「パートナー型」で、企業の外部または内部にいる専門のコンサルタントが、企業の中の部門や部署の変革をパートナーとして支援するものです。
 
▶パートナー型組織開発の具体的な手法
中小企業診断士として、それが外部の専門家という立ち位置から考えても、パートナー型に注目しました。組織開発には多くの具体的な手法があるようなのですが、本書では代表的なものとして、①データ・フィールドバック、②プロセス・コンサルテーション、③対立解決セッション、④AI(アプリシエイティブ・インクワイアリ-、Appreciative Inquiry)の4つが紹介されています。横文字のオンパレードで少々頭が痛くなりましたが、このなかで最も興味を覚えたのは、②プロセス・コンサルテーションです。
プロセス・コンサルテーションは、エドガー・シャインが提唱した考え方で、(1)クライアントが自らの組織の中で起こっているプロセスに気づき、変革していく、(2)コンサルタントはその過程を支援するというものです。


3 組織開発の実践としての伴走支援

 
中小企業支援の政策として取り組まれている伴走支援は、組織開発の実践そのものです。
 
伴走支援の定義について、おさらいしておきましょう。「伴走支援ガイドライン」には、つぎのようにあります。

(支援者が)企業に繰り返し訪問し、経営者との徹底した対話と傾聴を通じて、企業の課題設定や課題解決に向けた様々な障壁と施策を考えることで、経営者自らが変革の道筋を立てることを支援する。

まず第1に、支援者による対話と傾聴を重ねて経営者が企業の本質的な課題に気づき、その解決のために施策に取り組むことを目的とします。これは、シャイン教授が説くプロセス・コンサルテーションです。伴走支援は、組織、そのなかでもソフトな側面、すなわちプロセスに働きかけるものです。
 
第2に、経営者自らが変革の道筋を立てます。組織開発の「開発」の主語・主体が組織の構成員でした。伴走支援では、支援者が答えを教えるのではなく、企業の経営者・従業員が自ら考えて課題解決に取り組みます。
 
第3に、課題解決のために、組織のプロセス、構成員である経営者と従業員との関係性、相互のコミュニケーションに着目します。構成員の関係性を阻害する要因(プロセス・ロス)を取り除き、組織の生産性を高めようというものです。
 
第4に、そのためには、経営層だけの取組みではなく、従業員をも巻き込んで、会社の全体・全員を動かします。
 
実際の事例をみると、組織開発の実践としての伴走支援を理解できると思います。
 
中小企業白書2023年版に、伴走支援の事例が紹介されていました。長野県飯田市にある山京インテック㈱という会社です。同社は電子機器メーカーで、従業員数110人の中小企業です。
 
同社の課題は、①OEM事業から自社製品事業への転換、②3つの事業部門の統一的管理と連携でした。これは表面上の課題といえるもので、組織開発でいうところの「コンテント」です。支援チームが明らかにした本質的な課題は、①PDCAを効果的に回すこと、②人事評価における「人材」の評価ポイントを明らかにすることです。おそらく、日々の業務に追われて、それぞれがバラバラに動き、中長期的な取組みが後回しにされている現場だったのでしょう。
 
同社では、こうした課題解決のために、支援チーム、経営幹部、社員によるディスカッションを行いました。会議あるあるなのですが、当初は社員からの発言は少なったそうです。支援チームのサポートにより、徐々に発言が増加。最終的には、部門を超えたアイデアが出されるなど活発な議論が行われるようになりました。
 
以下は、今回の取組みの中心人物であった総務部長の発言です。
 
① 「ディスカッションにより一体感が生まれ、社員の意識改革ができた」 →会社の全体・全員を動かす
 
② 「日々の納期に追われて改善が後回しだったが、環境を変えれば生産性が上がるということが実感できた」 →プロセス・ロスの解消
 
③ 「答えを教えてもらうのではなく、自分たちで考えて行動することを促してもらえた」 →本質的な課題の気づき、自走化
 
同社の実践と総務部長の発言のなかに、組織開発の真髄があるように思います。
 
 


画像はイメージです(生成AIにより作成しました)

■次のアクション
 
本書は、その書名のとおり組織開発の入門書です。組織開発は実践的な学問で、さまざまな手法があります。本書ではほんの一部だけ紹介されていました。
 
企業のコンサルティングに従事する者としては、そうした手法と実践事例について、さらに深く学んでいきたいと思います。
 
ただし、組織開発の主体・主語は組織の当事者であることを忘れてはいけません。上からではなく横からの支援者でありたいと思います。

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