【中小企業診断士の読書録】 SECIモデル、ここに誕生す 野中郁次郎・竹内弘高著「知識創業企業」
中小企業診断士が古今東西の経営に関する本100冊読破に挑戦する記録 -題して「診書録」 51冊め-
■なぜ読もうと思ったのか
経営学、なかでも経営組織論の本を読むと、必ずと言ってよいほど紹介されているのが、この本です。かなり以前に出版された本のようですが、最近出版された本でも、参考文献のリストに上がっています。
以前に紹介した岩尾俊兵先生の著書「日本企業はなぜ強みを捨てるのか」の中では、日本発で世界標準となった数少ない経営理論として紹介されています。入山章栄先生の著書「世界標準の経営理論」においても、同じように紹介されていました。
「日本発の経営理論の金字塔」ということで恋焦がれた本であり、中小企業診断士を名乗る以上は必読書であると思い、今回読んでみました。
■学び
本書は1996年に発刊され、経営学の名著と言われています。発刊から30年近くを経てすでに多くの人によって紹介されており、あえて私が紹介するまでもないと思います。
ここでは、自分自身の頭の中を整理するためのアウトプットとして、そして自身の備忘録として書き記そうと思います。
構成は、①組織的知識創造のメカニズム、②ケーススタディ、③<考察>知識創造2.0そして3.0という3本です。
1 組織的知識創造のメカニズム
組織的知識創造とは、「組織が個人・集団・組織全体の各レベルで、企業の環境から知りうる以上の知識を、新たに創造(生産)すること」です。
知識創造のメカニズムとしては、いわゆるSECIモデルが有名で、それを最初に展開したのが本書です。ただ、本書を読むと、それはメカニズムの一部であって、大きく3つの枠組みがあるということがわかりました。順を追って、整理していきます。
(1) 組織の中で知識が創造される基本的な枠組み
本書では、企業の中にある知識を「形式知」と「暗黙知」に分けて、それらの相互作用によって、新たな知識が生み出されるメカニズムを明らかにしています。それは、次の4段階からなります。
それぞれの頭文字を取って、SECIモデルと呼ばれ、知識創造の核心をなすものです。ただし、本書の中にはこの名称は登場せず、おそらく発刊後に命名されたのだと思います。
SECIモデルでは、S→E→C→Iというプロセスにより知識が作り出され、さらに作り出された暗黙知はこのプロセスによって新たな知識が創造されるというスパイラルに発展していきます。
(2) 知識創造を促進する5つの要件
知識創造の基本枠組みであるSECIモデルが促進される要件というものがあって、次の5つがあげられています。
冗長性とか最小有効多様性など聞き慣れない言葉がありました。それぞれ、本文を読んで私なりに意味付けをしたものです。もしかしたら誤った理解があるかもしれません。
どんな組織でも知識が創造されるというわけではなく、S→E→C→I→S→…というプロセスが動作するためには、上記の5つの要件が必要だということです。SECIモデルのベースとなる要件、そういうふうに理解しました。
(3) 知識創造の時間軸
SECIモデルに時間軸を加えて、もう少し具体化したものが、「ファイブ・フェーズ・モデル」と呼ばれるものです。
これら3つ(SECIモデル、それを促進する5要件、ファイブ・フェーズ・モデル)が知識創造メカニズムの骨格をなすものです。
本書では、これら3つの骨格に続いて、理解を促進するための事例研究、知識創造のためのマネジメント、組織構造、グローバル的な展開という形で論が進められています。
2 ケーススタディ
知識創造のメカニズム、なかでもSECIモデルを理解するために、事例をもとに考えてみようと思います。
事例として使用するのは、中小企業診断士試験の第2次筆記試験において出題された、令和2年度事例Ⅰの事例です。ちなみに、私は令和2年度に2次試験を受験験したのですが、このときは不合格となってしまいました。ただこの事例Ⅰだけは63点と、唯一合格点をもらうことができました。
事例の内容は、地方の名士が地元の歴史ある酒蔵A社を買収して、首都圏の銀行に勤務していた孫を新社長として、経営改革に取り組むというお話です。試験問題ですが、出題者が創作した架空の話というわけではなく、実在する企業の事例をもとに多少アレンジを加えたものだそうです。
そこでは、次のような問題が出題されました。
この設問を読んだとき、あまりに漠としていて戸惑いました。出題者は何を聞きたいのか。情報化とあるから経営情報システムの観点から考えるのか。いろいろなことが頭の中を駆け巡ったのですが、その理論的背景には、まったく思いが及びませんでした。
私の再現答案です。
いま読み返してみると、恥ずかしくて人様に見せられる内容ではないです。1次試験の経営情報システムの知識に引っ張られているように思います。
2次試験の合格発表があった直後、TBC受験研究会の解答解説の動画を見ました。講師は、受験界のカリスマ講師と言われる山口正浩先生です。そのときのことは今でも覚えています。
「これ、何の問題かわかりますか。皆さんは気づいたでしょうか。そう、SECIモデル。これが思い浮かんだ人はすばらしい」
「SECIモデル、あっ聞いたことがある」、当時はこんなレベルでした。
TBC受験研究会の模範解答は次のとおりです。
①が共同化、②が表出化、③が連結化、④が内面化。見事な答案だと思います。ほかの受験校の模範解答と比べてみましたが、TBCが一番冴えていました。
この問題は、当時、Twitter界隈は「女性事務員の問題」と話題になりました。事務所に行くと、ベテランの女性事務員さんがパソコンをパチパチ操作している。中小企業ではよくみられるシーンです。SECIモデルは、中小企業の現場のこうした問題にも適用できる実践的なモデルです。
この事例の与件文をいま改めて読み返してみると、そこには中小企業をめぐる今日的な課題、たとえば事業承継、第三者承継としてのM&A、承継後の経営などが散りばめられており、非常に学ぶべきことが多いように思います。興味のある方は、中小企業診断協会のHPからダウンロードすることができますので、読んでみてください。
https://www.j-smeca.jp/attach/test/shikenmondai/2ji2020/a2ji2020.pdf
3 <考察> 知識創造2.0、そして知識創造3.0
本書が発刊されたのは、1996年です。30年近い年月を経た今も、ここに書かれていることは輝きを失っていません。本書が名著と言われる所以です。
ただ、時代環境は大きく変わっています。当時を振り返ると、インターネットの黎明期で、まだまだ普及していませんでした。
本書において、知識創造のメカニズムの事例として紹介されている企業事例を読むと、そこでは、人と人との濃密なコミュニケーションを前提としているように感じました。“直接対話”、“相互作用”、さらには“合宿”といった言葉があり、私が体験した1980年代の企業の姿がありました。
今日では、インターネットが当たり前にように普及し、さらに人々はスマホによってコミュニケーションを行うようになっています。コミュニケーションの方法が大きく変わったなかで、知識創造のメカニズムはどう変わるのでしょうか(あるいは変わらないのでしょうか)。
本書で説かれているメカニズムを「知識創造1.0」とすると、ネット社会におけるそれは「知識創造2.0」と表現できるかもしれません。知識創造2.0とは、どのようなものなのでしょうか。偉大なる経営学者の理論に対して恐縮なのですが、2つの図式が考えられると思います。
①人と人とのつながりが広がり、知識を得やすくなり、メカニズムが拡大強化された
②濃密なコミュニケーションが薄れて、知識転換のメカニズムが弱まった
いずれとも考えられるのですが、日本企業の強さの源泉であった現場での創発力が弱まり、世界経済でのプレゼンスが弱まっていると考えると、上記の②なのかもしれません。
さらにここのきてAIの登場です。前回のnoteでも紹介しましたが、それは私たちのごく身近な存在になりつつあります。私たちが疑問に思うことを入力すれば、AIが一発で見事な答えを返してくれます。AIによって、知識創造のメカニズムは「知識創造3.0」とすれば、それはどうなるのでしょうか。
■次のアクション
さきほど述べたとおり、発刊から30年近い年月が経っていますが、少しも色あせない名著でした。線引きや書き込みが多数となりました。これからも何度も読み返して、自身の「暗黙知」としたいと思います。
本書によれば、SECIモデルの最大のポイントは、暗黙知をいかに言語化して形式知に転換するかという「表出化」だそうです。これはコンサルティングやコーチングにおいても言えます。経営者の思い・経験(暗黙知)を言葉(形式知)にする。これこそコンサルタントの役割といえるでしょう。
これから経営者に接する場面において、表出化を意識して取り組んでいきたいと思います。