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マリア様はご機嫌ナナメ 17 聖なる夜に口づけを

 二学期が始まった。まだ暑いので、下校時刻までは学校の図書室で勉強した。
時々、松本先生が覗きにきた。

「おい進堂。ところで、あのベッピンの彼女どうするんや」
 松本先生にマリアは紹介してある。というよりも、いつもの事だがマリアは学校へ押しかけてきて松本先生に会っている。学費の問題が解決したことをマリアはヒナコのママから聞いたからだ。

 「先生、あの~先ず学費のことお礼申し上げます。けど、本当はカイに東京に行って欲しくないです。お金なかったら、この人、先生の行った大学へ行くと言ってたんです」

 まるで女房気取りだった。
「そして府立高校の先生になるって言ってたんです。松本先生の事、本当にこの人は尊敬してるんです」
松本先生は満更でもなかったが、そこはこらえて、
「マリアちゃんだったっけ。僕も本当は早稲田に行きたかったんや。その夢を進堂が叶えてくれそうや。四年間だけ辛抱したってな」

 マリアはいつものひょっとのように唇を尖らせたけれど、黙ってそれを聞いた。

 僕の高校は一切受験対策をしない。通常の授業をちゃんと受けていればそれで学力はつく。それが学校の方針だった。だから模擬テストも一切無し。だから殆どの生徒は予備校の現役生コースに通っている。予備校には自習室もある、しかも地下鉄の列車の最終に間に合うように十一時代まで自習室を開放してくれる。勿論、全国レベルの模擬テストも定期的に実施している。僕も個人で申し込んで模擬テストだけ受けた。

 早稲田も大阪市大もなかなか合格圏に入らなかった。浪人も止む無しか。浪人したら一年間は大阪に居れる。マリアとも会える。待てよ、彼女は現役で音楽の大学に行く。そしたら、浪人の僕なんかさっさと見切って、大学生の彼氏をつくるかもしれん。そうでなくても頭の中がくちゃくちゃになっているのにマリアのことまで考えると・・・・

あっという間に秋は去り、冬が来た。

 「クリスマス・パーティぐらい息抜きに来たら」
ヒナコのママからお誘いがあった。睡眠不足でこけた頬をみたら、みんな笑うだろうな。僕の鋼の精神は恐ろしく脆い。それにヒナコのママの作ったおいしい料理も魅力的だ。

 「カイ、久しぶり」
「やだ、なんて顔してるの。半病人みたい」
プーの頭を撫でながらヒナコは笑った。
「大丈夫カイ様、やっぱり私がついてなくてはあなた駄目ね」
マリアは半分冗談、半分本気で言った。

「マリア、あんたピアノばっかり弾いてないで、ちょっとはお料理でも習いなさい。こんなに頬がこけて、可愛そうに。うちのママみたいに胃袋をがっちり握りなさい」
ヒナコが笑いながらマリアに言った。
「私、そっちの方面のセンスは無いみたい。私の作った料理食べたら、間違いなくカイは死ぬ」
みんなが笑った。

クリスマスの食事を終えて、プレゼントの交換になった。
僕は忙しさにかまけて、プレゼントのことをすっかり忘れていた。

 ヒナコとマリアは一緒に小さな白い紙包みを僕に差し出した。その包紙みの上には、

 北野天満宮

と書いてあり、中には合格祈願のお守りが入っていた。
「やっぱり天神さんやで、それも京都の本家本元や、よう効くで」
クリスマスに神社のお守り。ちょっと変だけど、二人が寒い中をわざわざ京都まで行ってくれたことに胸が熱くなった。
「ありがとう」
僕は素直に二人に感謝した。
菅原道真に神頼みか。気弱になった僕の背中を二人は押してくれた。

 「二人へのプレゼント用意してないんやけど、その代わりこれ見てくれる」
僕は最新の模擬テストの結果表をみんなに見せた。それは、早稲田も大阪市大も合格圏に入っていた。

 「凄いねカイ!」
ヒナコは無邪気に喜んで手を叩いた。
マリアは大きく目をみはり、顔が引きつっている。
「来るぞ」僕は身構えた。
だけど、今夜の彼女は違ってた。
スッと立ち上がり入口のドアのところまで歩いて行き、ドアに向って、
「クソ」
と呟いた。
回し蹴りより彼女の呟きは僕の心を締めつけた。

 パーティが終わりヒナコの家を出た後、僕とマリアは冬の夜の万代池の遊歩道を歩き始めた。
彼女は僕に抱きつき、
「キスしてよ、ずっとほっとかしにして」
 雪こそ降っていなかったが、聖なる夜に僕はマリアを力いっぱい抱きしめて長いキスをした。そして彼女の肩を抱いて、彼女の家までおくっていった。

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