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マリア様はご機嫌ナナメ 15  青春の門はまだ遠い

 その年のクリスマス・パーティを僕は辞退した。そして夜行列車で東京へ向っていた。
 やっぱり「青春の門」を叩くには夜行列車で上京しなければ。僕は、ヒナコとマリアがクリスマス・パーティをやってる頃。国鉄の大阪駅から夜行の「銀河」に乗った。銀河で行けば普通運賃で東京までいける。ちょっと尻は痛いけれど、上京する喜びはには代え難かった。

 そのころヒナコの家では、いつものようにママの作った豪華な料理が並んでヒナコとマリアがいた。
 今夜もマリアはとびっきり不機嫌だ。
「カイもひどいよね、せっかく冬休みになってマリアともゆっくり会えるのに、何も好き好んで終業式の後にスッとんで東京に行くなんて」
ヒナコはマリアの心情を思い言った。

 「あんな奴、東京でも何処でも行ってしまえ。東京のおネエチャンの尻でもおっけていろ。カイのバ~~カ~~だ」
明らかに強がりだとヒナコのママは思った。そして、
「大丈夫、カイ君、まじめだから。安心して待っていなさい」

 翌日、僕は朝早く東京駅に着いた。来たぞ。これが東京だと思った。東京の朝はもう動き始めている。大阪とは比べものにならない程の人々が朝早くから駅に溢れかえっている。僕は他に寄るあてもないので、国鉄山手線に乗り換えて高田馬場へ着いた。
 早稲田大学だ、その感動はどう言って良いのか、言葉を探したが見当たらなかった。僕よりその感動を伝える書物はたくさんあるのでそちらを読んで戴きたい。
 僕が大隈講堂の前のベンチに座っていると、冬休みなのにけっこう多くの学生が行ったり来たりしていた。多分、サークル活動の人達だなと思い、自分はそんな優雅な学生生活とは縁遠いなと、すこし悔しかった。
 その時、昔ながらの角帽を被り、黒の羽織、袴でひげ面の男が僕の前で立ち止まった。
「おい、なんか思いつめた顔をしてるなわが早稲田大学にそんなツラは似合わないぞ」
 僕はそのひげ面の先輩に思い切って自分の身の上を話した。

 「ハハハ、そんなことか」
ひげ面の先輩は豪快に笑い、言った。

 「わが早稲田ではそんなことは悩みにならん。吾輩を見ろ、郷からの仕送りなんぞとっくに途絶え、学費はここ一年滞納だ。ネグラはポン友の下宿だ」
「青年よ、先ずは早稲田へ来い、それから考えても何とかなる」
 豪快な話をしてそのひげ面の先輩は去って行った。
 そうだ考え過ぎなんだと自分に言い聞かせ、
「でもな、そんな無謀なこと出来ないな」
僕は強気と弱気が行き交う気持ちでそのキャンパスを後にした。
 マリアとヒナコとヒナコのママへのお土産を買い求めて、僕はまた帰りの夜行列車、銀河に乗った。

 翌日の早朝、大阪駅に着いた。そこから僕はヒナコの家へ電話してこれからお土産を持っていくと伝えた。
 朝、九時前にヒナコと家へ着いた。やっぱりそこにはマリアもいた。
 僕が東京で見たことを話し、あのひげ面の先輩のことも語った。そして、お土産を出した。ヒナコとマリアには早稲田の海老茶色のラグビージャージ。勿論、僕もお揃いのを買ってきた。ヒナコのママには早稲田の角帽のミニチアを買ってきた。僕はヒナコのママに言った、
「ちゃんと合格出来たら、本物の角帽をお贈りしますよ」
ヒナコは無邪気に
「都の西北早稲田の杜に~」と歌っていた。
マリア様は今日も不機嫌だ。
「バカ野郎!!」とそのジャージを僕に投げつけた。
「オマエなんか、さっさと東京に行っちまえ。バ~カ」
予想通りの反応だったから、僕はマリアの投げたジャージを胸で受け取った。
「わかった、わかったよマリア。まだ合格したわけでもないし、合格しても早稲田に行く学費が僕には無いんだ。だから、安心して」

 ヒナコの家を後にして、僕とマリアは万代池の遊歩道を散歩した。歩き始めてすぐにマリアは僕に抱きついてきた。
「絶対、行かないでよ!」
「ああ、わかったよ」
彼女は僕を強く強く抱きしめた。
突然、マリアは僕を突き放した。
「臭~い~~」
そりゃそうだ、一昨日から風呂に入ってない。マリアはそう言って帰っていった。でもその片手には僕に投げつけた早稲田のラグビー・ジャージをしっかり持っていた。

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