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マリア様はご機嫌ナナメ 30 大晦日の歌合戦

 アメリカから帰って僕たちは何時もの日常に戻った。アメリカ旅行の
珍道中の話は反響も大きかった。マリアの深夜のお喋りも板についてきた。
そんなある日、
 「進堂ちゃ~ん」
の浅田さんお声だ。
「しのぶのジャズナイトは好評だし、上の方も期待している。それで、今まで放送したのをまとめてレコードにする話がある」
 そうだな、僕は局にいるからお気に入りのライブは好きな時に何回でも聴ける。これをアルバムにしたらファンの皆は喜ぶだろうな。
 「でも、浅田さんレコードを作るのってお金掛かるんでしょう?」
「だから、裏面は麗子とマリアのお喋りとポップスのライブを収めることで、麗子さんのお父上から内諾を貰った」
いつもながら、仕掛けが早いな。

 僕はしのぶさんとマリコのペア―と麗子とマリコのぺアーとで別々に打ち合わせをして曲目の選択をした。場合によっては録音を録り直すので結構時間が掛かった。
 「で、さ、進堂ちゃん」
浅田さんは声をひそめて僕に話した。
しのぶさんは来年の国営放送の長編大作ドラマのヒロインにキャスティングされて、年内を最後にオールナイトを卒業する。国営放送は長編大作を盛り上げるため、しのぶさんを大晦日の国民的行事の歌合戦にも出す予定だ。
 しのぶさんの所属する大手芸能プロダクションも大いに力が入っている。
「しのぶさんも愈々だな」
僕たちと遊んでいる時はもう終わりで、彼女は大物女優の階段を昇り始めた。

 僕はしのぶさんとマリアで歌合戦の選曲に入った。僕はしのぶさんとマリアを伴ってあのジャズが好きな音大の先生の自宅を訪ねた。
 「お!竹本しのぶさんか」
先生は満面の笑みで僕らを迎えた。
「いつも聴かせて貰ってるよ。しのぶさんの歌は絶品だし、マリア君の演奏もなかなかだ」
 そして先生は隣のリスニングルームで何曲か選んで聴かせてくれた。

そんな、こんなで秋は飛び去るように過ぎた。
「ねえ、マリア。年末の歌合戦でどんな衣装を着る?」
僕のデスクと浅田さんのデスクの間にちょこんと座っていたマリアが、
「いつもの」

 その時浅田さんはデスクの引出をかき回して一枚の名刺を僕に投げた。
「有名な、オートクチュール(注文服)の先生や、そこで相談しこい」
「でも。高いんでしょう?」
「心配するな、会社で払う」

 僕たちはそのオートクチュールの先生のアトリエを訪ねて、マリアはドレスを新調した。

 僕はしのぶさんと一緒にマリアが伴奏で年末の歌合戦に出ることを大阪のみんなに知らせた。
母はもちろん大喜びだ。
カズオさんとタカオさんも喜んでくれた。
松本先生は奥さんに、
「おい、俺が見込んだ奴が、やったぞ」
ヒナコとヒナコのママは信じられないを連発した。
大阪の皆から励ましのハガキがマリアに届いた。

 マリアが注文した衣装が届いた。
「あれ、これ何?」
「魔女の帽子よ」
「しのぶさんが魔性なら私は魔女」

 そして、ついにその日がきた。
歌合戦が行われる会場は渋谷の放送センターにあって、うちの局とは比べものにならない規模だ。三千人以上の観客が入りうちとは段違いだ。

 リハーサルは三日前から始まった。ステージの後ろにはフルオーケストラ。バンドも控えてる。みんなプロ中のプロだった。
 僕は観客のいない会場の客席中央のピー・エイ席の横に技術の古賀さんと座ってた。
「そこのピアノのアッタク音もう少しひらえませんか」
僕の発言に隣の古賀さんうんと首を吸った。
国営放送のピーエイの方は、ニヤっと笑って。フェーダーを上に上げた。

 いよいよ、本番だ。
僕は麗子さん、浅田さんと一緒に袖で固唾を飲んだ。

 ステージにしのぶさんが出ていく、マリアもその後に続いた。
会場にどよめきが起こった。
今夜のマリアはオートクチュールの先生に作って貰った、黒のベルベットのドレスに、同じ生地のつばは広い黒のハットだ。どう見ても「黒魔女」だ。僕は初めて彼女に会った日を思った。

 しのぶさんは歌い、それに応えてマリアの演奏も冴えた。会場からは万雷の拍手だ。

 ステージが終わるとマリアは僕に向かって一直線で駆けてきた。
袖にいた僕に飛びつくと涙声で、
「怖かった」
マリアは僕に抱きついた。僕は静かに彼女の髪をなでた。

 後ろではしのぶさんが微笑でいた。


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