息子

「ねえ、本当に大切なことだと思うから、今のうちに伝えておくね」
息子は黙ったままだ。
「貴方に心地良く聞こえるような言葉をかけてくる人は、貴方を騙しているだけだから、引っかかったらダメよ」
「貴方に声をかけているわけじゃない言葉でも、貴方が心地良く感じる言葉があるかもしれない。でも、それも信じちゃダメ」
息子は黙ったまま、携帯をいじっている。
「何故、それが心地良く感じるのか、自分の中で咀嚼して、噛み砕いて、その原因を、理由を見つけないと、言葉には何の意味もないのよ」
「難しくて、何言ってんのか、わかんねえよ」
「貴方も、もう大人でしょ。彼女だっている。考えてね。私だって、いつまで貴方といられるかなんて、わからない」
「どういう意味だよ」
「深い意味はないわ。貴方もいずれ、自立しなければいけない時がくる。その時に、一人でも立ち行くことが出来る指針になればなと思って」
息子は黙った。
「信じるって事はね、信用するってことはね、盲信なの。それだとね、必ず、裏切られたとなるの。相手を恨むようになるの。裏切ったの、ってなるの」
「私のことが好き?愛してる?信用できないの?
全部、信用する必要はないわよ。惑わされる必要もない。貴方のことを本当に好きな相手なら、まず、聞いてこない」
「よく、聞かれるんだけど」
「貴方は、彼女のことが好きなの?」
「好きだよ」
「だったら、そう答えてあげれば」
「言ってることが違う」
「彼女はね、不安なのよ。貴方達の歳でね、不安を抱えるのは当然のこと。本当に彼女のことが好きなら、彼女の持つ不安を、ひとつずつ、取り除いてあげること。それが出来たら、彼女は貴方に惚れるわよ」
「信用するなと言ったけど」
「大人になるとね、貴方を騙すために、利用するために、寄ってくる人たちも大勢いるの。
大人になってもね、不安を解消出来ていない人も、大勢いるの」
「いい、縋ったらダメよ。縋ってくるのもダメ。振り払ってね。縋ってくる人は、つけ込んで、貴方を頼るふりをして、利用するだけだから」
「彼女もそうなの?」
「貴方ね、彼女に、それ聞いたら、フラれるわよ」
「アァ、わけわかんねー、めんどくせー」
息子は頭を掻きむしった。
「相手のことを大切に思うなら、信じてあげなきゃ、それこそ、相手に失礼よ。でもね、私が言いたいのは、信じた相手なら、裏切られたとしても、恨み言はなしってこと。そこで、もし、貴方から恨み言がでるようなら、貴方は彼女のことを何も信じていなかったんだという事」
「何それ。ただの馬鹿じゃん」
「馬鹿になったほうが、いい場合もあるのよ」
「へぇー、大人って、大変ですねぇー」
これ以上は、無理かもしれない。
「彼女の思いは、大切にしてあげてね。それが出来るようになれば、貴方、モテるわよ」
「それはそれは。ありがとうございます」

この話は以上だ。
ふと不安になる。
私の思いは、ちゃんと伝わったのか。

縋るな

縋ってるだけじゃないの?

誰にも言えない。
聞けない。
そう見えても。

はぁ

もうすぐ、旦那も帰ってくる。
そろそろ、夕飯の支度をしなければいけない。

人は信じられる相手を必要としているのかな。
そうなのかもしれない。
そうした相手がいる事は、凄く幸せな事なのかもしれない。

でも、盲信、縋り、そして、信じること、この違いを理解してほしい。
息子には伝えたい。
それが、自分を守ることにもなるのだから、相手を思うことにも繋がるのだから。

縋ることは、相手の重荷にもなるのだから

そんな事を思いながらも、時間は過ぎてゆく。
気がつけば、目の前に、息子はいない。

あぁー、夕飯の支度しなきゃー

#創作大賞2024

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