見出し画像

10年後も手に入るもの

                        (3800文字くらい)
めんどくさがりなのである。
職人が面倒くさいとは、何事であるかと言われそうだ。
細かい仕事も、手間のかかる作業も、根気よくやらねば良いモノなんかできはしない。
おっしゃる通り。
だが、面倒くさい作業というものは、大体においてスムーズに進まない作業であったり、苦労の割に結果が伴わない作業を意味するものだと思っている。
そこで、改善を行う。
改善とは、一義的に安全性、品質、生産性を向上することなのだが、私はそれよりも何よりも、仕事を面白くすることだと思っている。
めんどくさい仕事が面白くなれば、一義的な目的など全てクリアできる。
仕事ははかどり、不要なストレスから解放され、結果的として良いモノを生み出すことができる。
幸いなことに、現代は改善のための選択肢にあふれている。
故に、「苦労して作りあげたモノ」というやつは、あまり感心できない。
そこには必ず苦労の痕跡が残ってしまう。
それが例えば、芸術性とか精神性を求めるものであるならば話は別なのであろうが、通常のモノづくりにおいて苦労というものは、実作業にとりかかる前に済ませておくべきなのだ。
それが段取り八分というやつだ。

段取りは朝起きた時から始まる。
昨日の段階で作業内容の確認や機械のセットアップ、問題が起こりそうな箇所のチェックなど、大方の目途はついているものの、再度確認を怠らない。
続いて着替えを行う。
私はもう20年以上同じ格好で仕事をしているので、着るものに迷うことはない。スティーブ・ジョブス氏と同じで、余計なことにアタマを使いたくないのである。
氏はリーバイスの501と三宅一生の特注ニットであったそうなのだが、私はLeeの102だ。ブーツカットで余計な加工をしていない、素の状態のものだ。
作業着なので、毎日勝手にダメージは入ってゆくのであるから、わざわざ最初から色が薄くて傷んでいるやつを買うような愚かなことはしない。
ジーンズというのは、汚れと一緒にインディゴが落ちることにより清潔さが保たれる。そのインディゴが最初から落ちていたら、何のための染色なのか意味がわからなくなる。もちろん、裏返してガンガン洗濯する。
洗わないのを良しとするのは希少価値のあるものに限っての話だ。
Leeを選択する理由は、ヒップポケットの補強にリベットではなく、「スレッドリベット」と呼ばれるステッチが採用されていることだ。
もともとはカウボーイが穿くジーンズであるから、大切な馬具を傷つけない配慮がなされている。バイクに乗る時や、クルマのレザーシートにも気をつかうことがない。
木工屋の場合、出来上がった椅子に座ることが多いのだが、その際間違っても磨き上げた木地に、リベットでキズなぞつけてはならない。特に革張りの場合、キズの修復は不可能である。であるからしてリベットのないLee一択なのであり、リーバイスでは絶対にダメなのだ。
ブーツカットである必要もある。
葉隠よろしく「木工といふは、おが粉に塗れる事と見付けたり」という職業であるからして、これが裾がすぼまっているスリムだと、靴の中におが粉が入り込み、往生することになる。ブーツを履くわけではないのだが、フレアの方が靴へのおが粉の侵入を防いでくれるため、清潔に快適に作業ができるのだ。もちろん裾上げなどという野暮なことはしない。若干裾を引きずってはいるが、次第に擦れてほころび、丁度良くなってゆく。
靴はメレルのジャングルモック。
この快適さは、もはや言うに及ばずであろう。
上半身はポロシャツだ。とくれば、ラルフ以外に選択肢はない。
綿素材を基本としているのだが、ポロシャツの織り方は、Tシャツのようにだらしなくなってしまうこともなく、乾きも早い。

さあ、ここまで読んで、
「ステキな職人さんねー」
とか
「仕事にストイックな憧れのオジサマだわー」
とか思ったあなた。
詐欺にかかってしまう可能性があります。気を付けてください。
私、残念ながらそんなに、というか全っ然いいもんじゃありませんので。

ここから先はいつもの調子でいきます。

先ほど書いたことに偽りはありません。
けれども職場に行けばトラブルだらけだし、作っている最中の苦労は絶えません。あくまでも理想論です。
着るものに関しては、本当にずっとLeeの102を履き続けていて、もう何本同じものを買ったのか覚えていません。

まだまだいけそうなのだが、おしりに穴があいているので引退。
20代の頃から変わらず29インチなのはちょっと自慢。

普段着に関しては、ご想像の通り無頓着です。
それでも子どもの頃には、何故か家に「マリ・クレール」誌が毎月常備されているという不思議な家庭で、中二病の時分には隅々まで読んでいました。
別に母親がゴルチエとかヴェルサーチを着ていたなんてことはなく、ごくごく普通の恰好?をしていたと思うのですが、多分面白いから買って読んでいたというだけのことだと思います。
ファッションに興味があったのは、まあ高校生までで、それ以降はスキー靴とか山用のハードシェルとか、ライダースジャケットに10万出すことをあまり厭わない特殊な人種に変貌してゆきました。
が、最近困っているのは、たまーにちょっとカッコいいパンツでも買おうかと思っても、伸びる素材のやつばっかりでウエスト何センチとかではなく、S・M・Lから大雑把に選べという、何ともさびしい状況になっている。こんなもの、市場の要求というよりは、サイズのラインナップを少なくして在庫を減らそうという供給側の身勝手な都合にしか思えてならない。
伸びる素材はヨレ易いので、長時間座った後、立ち上がった時の締まりのなさは無様だと思う。だから伸びるやつは絶対にイヤなのだ。
フォーマルはそれでもまだ伸びないのが選べるのだが、カジュアルは本当に伸びるやつばっか。伸びない素材のパンツを探して、巨大な商業施設をくまなく探したのだが、結局見つけたのはディッキーズのワークパンツだけ。しかもアウトドアショップ。
いや、でもド定番って偉いですよ。10年経っても同じものが手に入る。結局その場でNo,874を購入しましたよ。
でも、Leeの102なんて、今やどこの店にも置いていなくてネットでしか買えない。こりゃ、完全に自分は過去の人間になってしまったのだろうか。
ド定番も手に入らなくなる時代がすぐそこまで来ているかもしれない。

私は基本、貧乏性です。
貧乏性はよく勘違いをするのですが、
「高価なものは丈夫で長持ちするはずだ」
という幻想があります。
多分、お金を持っている人は、ここぞの一発、一回限りでも役に立てばそれでよし、的な使い方を求める度合が庶民よりもはるかに多いので、耐久性なんか二の次だから、高級感を出せという要求が多分にある。
そこのところを理解していないと、高かったのにすぐ擦り切れたとか、見当ちがいな不満が出たりする。私に言わせれば、そんなものは生地を見て触ってよく観察すれば分かることであると思うのだが。
私の大好きな自動車評論家の沢村慎太郎氏は、著書「午前零時の自動車評論」の中で、レザーシートは滑りやすいので、ファブリックに比べて運転がしにくいが、高価な衣類の生地にはやさしいという趣旨のことを書かれていた。
またレザーというものは、日本では高級品のイメージがあるのだが、革の文化がある地域では、それは実用品であり、必ずしも高級品ではなかったりする。かつては馬車のシートなど、主が乗るところだけ革ではなくファブリックであったりしたそうなので、そうした文化の違いは木工屋としても無関係ではないと言える。
ちなみに、かのルイ・ヴィトンは、トランクの無い時代のクルマに取り付けるカバンの需要とともに発展していった話とか、父親は指物師であった話など非常に興味深いことも書かれており、私の愛読書となっているのだ。

「どんな仕事をなさっているのですか?」
「ルイ・ヴィトンの父親と同じ職業です」
「はあ???」
・・・ダメか。

庶民はまずもって耐久性が第一である。
そして今、私の最大の悩み事は、この靴下がいつまで手に入るのかということだ。

コーコス信岡の消臭5本指ニオイクリアEX2足セット

この5本指靴下、素晴らしい。
長年理想の5本指を追い求めていたのだが、これはその到達地点である。
「あえて旧式編み機使用」というところが、作り手の都合とも思えなくもないのだが、とにかく分厚くて丈夫。穴があく前にゴムの方が死ぬ丈夫さ。
それでいて臭くならない。
ああ、この靴下、10年先にもあってほしい・・・


最後にいつものオチをひとつ。
今年の8月、家族で初めて東京ディズニーシーに行った。
その時の様子は以下の通り。

出発する前、私の服装に対して物言いがついた。
「ちょっと、何それ、町内の草刈りの時の恰好じゃない」
「だって、すげー暑いと思うよ。この恰好が一番いいんだよ」
「ハズいからやめて」
「何いってんだよ!ノースフェイスのTシャツにマーモットのパンツだぞ!立派なアウトドアブランドだ」
「そーゆーことじゃない」
「なんだなんだ、お前らだって、ネズミの耳とか付けるんだろ?あんなの集団ヒステリーみたいなもんだぞ、そっちのがハズカシイ」
「ともかくハズいからやめて」

これ、着てる人が違ったら180度違う意見になるような気がするのだが・・・




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?