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鋸 その1

                      (1400文字くらい)
美しい。
昭和の時代に廃業した東京「香取屋工具店」の尺1寸片刃横挽鋸。
店主であった幸田守親請合の文字が刻まれている。
優に50年以上前のものであるが、保管状態が非常に良い新品を入手することができた。
片刃の横挽鋸は背が丸く、刃列の先端が柄に対して下がるという、お約束の形状、様式美である。ずっと眺めていられる。
現在このような様式の鋸は造られていない。

私の職業は木工屋だ。
職人として修行をし、無垢材を用いた家具造りの現場に長らく身をおいてきたのだが、器用貧乏なのが災いして今は雑用係みたいなもんだ。
便所掃除もすれば、メディアの取材も受ける何でも屋。
そしてたまに、誰もやりたがらないヘンな仕事が入ってくると、そういうものを好き好んでやる、そういう人間だ。
今回もヘンな仕事の見積もり依頼が来た。
詳しくは書けないのだが、要はテーブルの高さを低くしたいので、脚を切ってほしいという依頼。
何が問題なの?切りゃいいだろ。
いやいや、その脚ってのが、直径60cmもある丸太だっていうんですよ。

「そりゃ木こりの仕事だべ」
直径60cmといったら、今の世の中立派な大木である。木こりだって構えてかかる仕事だろう。
彼等の道具はチェンソーだが、木工屋の道具も基本的には機械である。
機械というのは色々と制約があって、材の巾は500mmまでしか入らないとか、小さすぎて木を削る前に指が削れるとか、何かと出来ない理由が多い。
やるとすれば、製材所に持ち込んで製材機(帯鋸)にかけるしかないのだが、問題もある。
まず、そのブツは丸太そのものなのだから、どうやって基準を取るのだろうか。両木口(年輪が見える面)が平行な面同士にならなければ、傾いたテーブルになってしまう。
材を固定するツメによって傷もついてしまうし、どのみち切断面はギザギザになるから、まっ平らにするため鉋をかけなければならない。
直径60cmの堅木の木口削りなんて、ゴリ押し力業の作業はまっぴらゴメンである。
じゃあどうする?

男は黙って、のこぎりで一刀両断にするしかねーだろ。

ただ、そんな大きな鋸、大工なら持っているのだろうが、家具屋の私は持っていない。家具屋の道具は概して大工のものよりサイズが小さい。そりゃそうだ。造るものの大きさがまるで違うのだから。
「小細工が出来ないから大工っていうんだ」
なんて大工のことをディスっている人もいたのだが、そんなことはありません。家具屋顔負けの繊細な仕事をする大工はいますよ、さすがに。
それで、探し回っていたらあったんです。冒頭の画像のやつが。

上が普段使っているサイズの鋸。大きさも形も全然違います。

この話を書こうと思った時、すごく迷いました。
鋸にまつわる話はけっこうあって、脱線しまくりの収拾がつかない話になる危険があるからです。
なので、ちょっとずつ刻んで書いてゆくことにします。
ただ、私は大工道具の専門家ではありませんので、鍛冶屋さんの話とかそちらの方面の話はしませんので悪しからず。
いつもの調子で行きます。

あと、その直径60cmの脚を切る仕事は、まだ注文がきておりません。道具だけ先行して手に入れたということです。
それでいいんです。これで仕事の巾が広がるのですから。
まず、柄を挿げるところからですね。
柄がなければ試しに切ってみることもできません。
どんな柄にするのか、考えるのも楽しみです。

その2へ続く

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