カタルシス
(2700文字くらい)
石見堂が手術を受けることになった。
私と石見堂、諌山、クーロワール髙田の4人は悪友同士なのである。
20代の後半に、もうあまり無茶はできなくなる歳になってゆくなあ、ちったあ自重した方がいいんじゃね的な自戒も込めて、我々組織名を、
「MMR](Misoji Mountain Research)
と定めて活動を行ってきた。
だが気が付けば、とっくの昔に三十路どころではなくなってしまった。
山だの雪だの沢だのあれだけ暴れまわっていたのに、今や集まると言えば
諌山の土場でホルモン祭りを意味するまでになり下がってしまっている。
だが、石見堂は相変わらずエクストリームな渓流釣りを、仕事があろうが無かろうが、毎夜毎晩行っていたところ、とうとう体が悲鳴を上げ、喉からも悲鳴が上がるに至ったということだ。
んで手術。
この文章を書いている頃、手術室では、
「メス」
とか言われいるのだろう。
私も、子どもの頃に手術をした経験があるのだが、
「メス」「鉗子」
とか本当に言うもんだから、そのあまりのベタなセリフにブラックジャックかよオイとか思って、ハラを裂かれているにも関わらず笑い出しそうになって難儀したことがある。
一週間前、クーロワール髙田が石見堂の手術の壮行会をすると言い出した。大体そんな時期に、アルコールやホルモンを始めとするプリン体の儀式なんかを執り行って大丈夫なのかよと常識的に思うのだが、まあ、今までの目に余る非常識っぷりからすれば、そこは良しとしよう。手術直前に痛風にでもなれば、それはそれで面白いではないか。
当日の午後4時、スーパーに集合して買い出しをすることになった。
行ってみると、スーパーの入り口で諌山がつまらなさそうに、一人ヤンキー座りをしている。
「他は?」
嫌な予感がしたので聞いてみる。
「石見堂はぎっくり腰になった。教祖様(クーロワール髙田のこと)は知らん」
何と、痛風ではなくぎっくり腰ときたか。髙田はともかく。
「え、それって主役と言い出しっぺが不在ってことか?」
「どうやら、そーゆーことらしい」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ま、ふたりでやるか」
「そうだな、ホルモンも解凍しちまったし」
寂しくふたりで、鯛の刺身とネギと鶏もも肉と「味付けこもどうふ」と青鬼を買い占めて会場へ向かった。
会場はいつもの土場だ。
ここには重機とか製材機とかオノとか、およそ考えつく限りの拷問用具の集積場所となっている。人間の胴体を蟹バサミの如く、ジャキンと掴んで固定し、ぶら下げることのできる用具が目の前にぶら下がっている。(グラップルです一応)チェンソーの刃なんかは、一か所にまとめておけばよいものを、至る所にクモの巣の如くぶら下がっているものだから、酔っぱらって「おっとっと」なんて引っかかったら最後、「ジョジョの奇妙な冒険」の、すげえ痛そうなシーンみたいになることは必定だ。
仮に叫び声を上げたところで、近隣にその声を聴くものは誰一人としておらず、ジャンベとかスチールパンとか中華鍋を打ち鳴らす狂騒曲の合間に出てくる屁みたいなシャウトにしかならない。
すると諌山は、新しく手に入れた拷問器具を披露してくれた。
木こりの諌山は、最近特殊な仕事があり、以前にも増して木に登る必要が出てきたため、それ用の道具を揃えたということだ。特殊なアイゼンにも似たその道具からは、危険な香りがプンプンしている。
特殊伐採という、自ら木に登って、上から順番に切り落としてゆく命知らずの連中のことを「空師」とか「Arborist」というらしい。
林業関係の労災は、相変わらず他業種を抜いてトップの座に立ち続ける危険な仕事だが、特に「よじ登ったところで伐る」のはその最たるものだろう。
今回の作業は、伐るのではなく、ワイヤーをかけにゆく作業ということなのだが、出来ればやりたくないと言っていた。アタマのネジが何本か外れていないと出来ない仕事かもしれない。
また、このアイゼンのような道具は、木に傷をつけるので、伐採目的での木でしか使用しないということを申し添えておく。
鯛の刺身にワサビを多めに附着させ、キリンラガーを煽りながら、諌山の近況を聞く。アルコールの血中濃度が上昇してゆく。
この連中のいいところは、飲んでいても皆決して愚痴を言わないところだ。
もちろん、悪口は大いに言うのだが、基本的にはどうすれば楽しく生きられるか、という課題に対して、皆本気で考えていることが根底にある。
山登りというのも、その答えを出すための手段であるのかもしれない。
いよいよ興が乗ってくると、生贄を捧げる儀式が始まる。
七輪の網の上に、ホルモンを1枚づつ丁寧に拡げ、並べてゆく。
したたる脂が、赤い熱を放出しつづける練炭にふりかかり、炎を上げるとともに香ばしい煙がこれでもかと臓物にまとわりついてゆく。
次第に火が通ってゆくにつれ、丸まり、自らの脂で直火に晒された臓物は部分的に炭化し、それが苦みのアクセントとなってゆく。おっといけない。火が強すぎる。七輪の空気穴をわずかに絞る。
なんという素晴らしい調理法なのだろう。
喰らって旨いのは当然として、ジュっと炎の上がる音色と色彩と熱。これは完全にエンターテイメントだ。
隣を見れば、いつの間にか現れたクーロワール髙田が、竹串にネギと、とりモモ肉を刺してねぎまを拵えている。
それをホルモン色に染まった七輪で焼き上げる。
岩塩とブラックペッパーを振りかける。
喰らう。青鬼で流し込む。喰らう。流し込む。
肉、酒酒。肉、酒酒。
精神浄化の夜は更けてゆく。
それから一週間後、ぎっくり腰のまま手術に臨んだ石見堂からLINEがきた。
以下、そのやりとり。
石見堂:麻酔から醒めました。梅干しみたいなのを2つ摘出しました
梅干しの画像(閲覧注意のためupは差し控え)
私:右の方は綺麗に取れているけど、左はゲバしたのか(飛騨弁)無理やりむしり取った感じがするな
石見堂:そういえば、癒着が激しかった方は電気メスで焼き切って取ったと言ってました
私:なるほど、焼き切った方が左か!希少部位ホルモン
石見堂:案外、珍味かも
私:病室に七輪持っていくわ
この気色悪いやりとりは、「よく観察すること大事」ということが言いたかったわけですね。だが、ここまできて一つの疑問が浮かんだ。
奴は、一体どこの何を摘出したのだろうか。
どうやら、何か面白いことを期待しすぎていて、肝心な病名を聞くのを忘れていたらしい。
まてよ。ふと恐ろしい可能性が頭をよぎった。
いや、そんなことはない。それはないはずだ。
退院後、奴が男のままでいることを願う。
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