痛すぎる話 後編
Tome館長様、素敵な作品ありがとうございます。また使わせていただきました。ヘンな記事で申し訳ありません。
(4000文字くらい)
まこちゃんの話はいつもサビの部分だけ強調して言うものだから、全体の話の流れがイマイチよく分からない。同じB型同志のことなので、その辺の分かりにくさはよく分かる。血液型で性格なんか決まるわけないだろ、という意見には、はあーごもっともでございます、と言うしかないのだが、私の周りの一風変わった連中は、現実問題ほぼほぼB型ばかりなので、こりゃ一体どういう訳なのかなあ、と思うところなのであります。
それで困ったことに、連中の誰もが「自分が一番まともだ」と何の根拠もなしに信じ込んでいるものだから始末に負えない。
え?私はどうなのかって?
こんな話を書いているくらいだから、まともに決まっているでしょう。
はっきり言いましょうか。
愚問です。
ともかく私が、まこちゃんの断片的な話を無理くりパッチワークのようにつなぎ合わせた結果、下記のような話になった。
まず彼は、コンクリートの二次製品をつくる会社で働いている。
要はコンクリートブロックとか、側溝の蓋とかそういう類のものを作っている。と思う。私と同じモノづくりの世界にいるということだ。多分。
御多分に漏れず、現場は危険の宝庫である。いわゆる3K。
くさい、こわい、きもちわるい。
おっと、失礼。
きつい、きたない、きけん、でした。
私の仕事も3Kなので、よくわかるのです。
それでまず、彼のリアルな現場を想像するに、「インディジョーンズ/魔宮の伝説」という映画を思い出してください。暴走トロッコから一命をとりとめるや否や、ハリソン・フォードが敵のマッチョと砕石場で戦い、死闘の末、相手が石を粉砕するローラーに、身に着けていた帯が巻き込まれて引きずり込まれ、そのままトムとジェリーみたいな痛いことになるという、あの世界、あの感じです。これぞまさに労災。いや、殺し合いか。はさまれ巻き込まれ切れこすれってやつですね。
映画を観たことがなくとも大丈夫です。これから説明します。
まず、まこちゃんは鉱山の中の高いところでつるはし⛏を振るってコンクリートの原料となる石灰岩を切り崩していた。猛烈な暑さ、むせ返る湿度の中での重労働だ。周りは暗く日の光は届かない闇であり、照明は裸電球ひとつ。よくて40wくらいだろう。ヘルメットをかぶり、グレーに汚れたランニングシャツはもともと純白だったはずだ。労働の中で鍛え上げられた肩と上腕二頭筋は黒光りしており、前腕にはふくらんだ静脈が何本も脈を打っている。ガツッガツッと石灰岩に鉄槌を打ち込むその姿に畏怖の念を抱かざるを得ない。だがその時、汗にまみれ、埃に黒ずんだ顔から一瞬血の気が引いた。
熱中症だ。水飲んでないだろ。
筋肉が弛緩し、つるはしをゴッと落としたかと思うと、意識を失いかけたまま数歩後ずさりをした。
だが、彼の背後はすっぱり切れ落ちた崖であり、その崖に沿って空中に架けられたトロッコのレールが敷かれていた。
レールと枕木の間に足がかりはなく、底なしの闇が広がっている。それでも目を凝らせば数メートル下に、ろくに整地されていない岩肌丸出しの切通しがかすかに見えている。
まこちゃんはそれを知ってか、心の中で後ろに行ってはならないと、懸命に指令を肉体に下すものの、その叫び声は遂に届くことはなかった。
それはまさしくケンシロウにやられて自分の意志に反し、ガケから落ちていったアミバのようであった。
アミバの話はともかくとして彼が不運だったのは、それでも生への執着を捨てきれなかったことだ。
足を踏み外すと同時にその浮遊感に驚いた肉体は息を吹き返し、落下しながらも目の前のレールを両手でガシッと掴んで間一髪墜落を免れたのだ。意識が朦朧とする中、落ちてはならないという本能だけでレールにぶら下がっていた。
だが次の瞬間、カタンカタンというどこかで聞き覚えのある軽やかで金属的な音と振動が彼を恐怖のドン底に落とし入れた。
トロッコがこちらに向かって走ってきたのだ。
ああ、レールを掴む手からガタンガタンという振動が骨に響く。固く握られた手は石のように固まっており、離そうにも離すことができない!
ギャイーッというトロッコのブレーキ音が聞こえたかと思うと、レールを握りしめた指の上を、トロッコは無情にも走り去っていった。
彼は墜落した。
そして、数メートル下の尖った岩がむき出しの作業道に、したたか体を打ちつけたものの、まだ辛うじて意識が残っていた。
尖った岩が背中に食い込んでいる。が、それよりもなお激痛が走る自分の指を持ち上げ、恐る恐る目の前に持ってくると・・・!
「ぬわんじゃこりゃー」
あまりの惨事に我に返ると、助けを求めるためフラフラと歩いて行ったその先は、あろうことか巨大な刃物がゴンゴンゴンゴンと回転している岩をも物ともせずに砕く粉砕機への入り口なのであった。そこはまさしく地獄の業火へと続く、牙をむいたケダモノの口のようであった。体は言うことを聞かず吸い寄せられてゆく。このまま自分は身の丈ほどもある粉砕機に巻き込まれ、ミンチになるのだ、もうお終いだと覚悟したその時、仲間に腕をぐいと掴まれ、現生に留まることができたのだ。
これが事の一部始終である。
メールに添付されている写真を見ると、なるほど指一本だけ第一関節から先はなくなっていて、縫合の痕なのか、赤い糸みたいなものが数本ピッピッピッと出ている。
まあ飛騨人の仲間入りをして一人前になったかのような面持ちだ。
だが、掴んだレールの上をトロッコが走っていっただなんて、そんじょそこらの武勇伝なぞ屁でもないと言わんばかりの大事故から想像していた割に、なんだよ指一本だけなのかよ、という肩透かしを食らった感があった。
だってさあ、トロッコが走っていったんだよ。指の上を。
トロッコなんて、その単語を聞くだけで危険で身震いしそうじゃあないか。
トト、トロッコだって?みたいな。
大体そもそも、そんな魔宮の伝説みたいな職場なんて、この科学が発展した現代の日本にあるのかねえ。
そこでケンシロウにやられたアミバみたいになったわけでしょ?
いや、特定の漫画とか映画に頼った「たとえ話」は不親切だし、知らない人にはチンプンカンプンなので、極力避けたいとは思っているのですよ。シロウトの文章だからって一応公衆の面前に晒しているんだから、そりゃねーだろ、と言われてもしょうがない。でもこうして書いてみた狙いは、この話って、完全にスピルバーグと北斗の拳の夢のコラボになっちゃってるわけなんですよ。いっくらなんでも、そんな話ってウソ臭くねえか?
ウソ臭い話に仕立てた張本人はわたくしでございました。
が、トロッコが指の上を走っていったのは、さすがに私も信じられなかったので何度も確認したのですが、事実であると認定いたします。
背後に粉砕機が迫っていたのも事実なのであります。
まこちゃん、ゴメンね。盛りすぎちゃいました。
でも、まこちゃん、この話をすごく嬉しそうに話して聞かせるわけですよ。
そりゃもう鬼の首を取ったような勢いで。
恐らくこの武勇伝と指一本を天秤にかけるのであれば、間違いなく武勇伝の方を選択するだろう。
彼はそういう男だと、私は思っている。
後輩が木工機械で指を落としてから(前編の話です)、私の責務は現場でそういった事故を起こさないことが最重要課題となった。当然なんですけどね。
今思えば、あの頃は恐ろしいことの連続だった。
必要に迫られて新しい機械(中古)を買ってくるのだが、誰も使った経験がないし、使用法を教えてもらう「つて」もない。というか、その手段を知らなかった。
仕方がないので、私がおっかなびっくりやってみることになる。
当然の成り行きとして、指が吹っ飛ぶかと思うような恐ろしい目に合う。
クルマの免許もないのに、いきなり公道に出て走りだすようなものだ。
今でもある意味そうなのだが、木工機械を扱うということは「猛獣使い」のようなものだと思っていた。猛獣使いの経験があるわけではないのだが、ちょっとご機嫌を損ねたり、油断をすると喰われてしまう恐怖の対象。
30年経った今でも、喰われる確率こそ格段に減ってはいるものの、決してゼロになることはない。
そしてまた、機械だけが恐ろしいわけではない。
手工具の鑿だって、誤って足の動脈を突いて死んでしまう事故なんか、思い出したように繰り返されている。結局、刃物を扱う職業というやつは、そういうものなのだ。
あの事故があってから、もうすぐ20年だ。
この間、事故が起こらぬよう、それなりに努力してきたつもりだし、毎日誰かが怪我をしやしないかと不安な日々を送り、そしてこの先もしばらく続くのであろう。
仕事で何を誇れるのか、と言われれば、あれから現場で指を落とすような事故は起こしていないということ。それと、自分の指がちゃんと10本揃っていることくらいかもしれない。
そんなに自慢できることなど、ありゃしない。
話はさかのぼり・・・
TRX850のエンジンが真っぷたつになってからしばらくして、保険やら何やらで次の一台を手に入れる目途がついた。
納車日、バイク屋でそいつは凶悪なエグゾーストノートを放っていた。
赤いハーフカウルにヨシムラのチタンマフラーが装着されており、そのシャンパンゴールドの輝きにシビれた。
ドゴゴドゴゴというアイドリングの中に、ガチャガチャという機械が織りなすノイズがその野蛮さを際立たせる。その正体は。
スズキの失敗作、危険すぎるジャジャ馬、試乗会でウォブルが起こり転倒死亡事故が起こったという曰くつきのリッターツイン。
その名はTL1000S、初期型の逆輸入車であった。
このバイク、本当に痛かった。だが残念ながら今回はこれまでにしておこう。
これ以上は・・・イテテイテテ、腹が・・・・
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