続・珍道中
(3408文字)
「あー千葉いきてえ千葉いきてえ」
もう半年も前から毎日毎日飽きもせず、呪いの言葉のようにつぶやき続けるわが子たち。(女子)
帰省をして、じーちゃんばーちゃんと従妹たちに早く会いたくてしょうがないのだ。
それで、念願かなって先週ようやく行ってきたのだが、その道中は御多分に漏れず珍道中であった。
起床は午前2:30である。
何故かと言えば、千葉県浦安市にあるにもかかわらず、「トーキョー」と名の付く海のテーマパークに立ち寄らなければならないからだ。
いつもはいくらブッ叩いても(誇張表現)一向に起きないガキ共は、こういう時に限って瞬殺で立ち上がる。まったくもって都合の良い生き物なのである。
計画は完璧で、開門の一時間前に到着予定、首尾よく関所を突破した直後に北の氷の山への通行手形をスマホでゲットする流れだ。
愛車の営業バンにしこたま荷物を詰め込んで、発車時刻通りに走り始めた。
「ヒヤッホー」
「ゴーゴー」
とかみんな言いつつ、ほどなくして私以外全員爆睡モードに入る。
いや、いいんです。同乗者にとって快適な運転をするのが私の使命です。
だが、モタモタしているわけにはいかない。氷の山への通行手形は競争率が高い。いつもより荷物が多いため、クルマのリアが下がり気味なので私は1ノッチ分シートを前にスライドさせ、ドライビングポジションを整えると本気モードの運転に没入した。
首都高に入ると案の定渋滞していた。
まずい。このままでは予定していた時刻に関所までたどり着けない。
テーマパークのシステムは、最初の関所を通過しないと、さらにその先の、夢のまた夢エリアに入るための手形を得ることができないのだが、それは早いもの勝ちなのだ。ええい、どうしたものか。
私は下の子に指示を出した。
「おい、電話をするんだ」
「だれに?」
「ねずみにだよ」
「うん、わかった」
トゥルルルルルル、トゥルルルルルル。ガチャ。
「ハアアイ、ボク、ミ〇キー。キョウハナンノヨウカナ」
「渋滞に巻き込まれて困っているの。私のために門を開けるのを待ってほしいの」
「ウーン、ソレハチョットムツカシイカナ」
「お願い、新宿まで100分とかって言われたの」
「チョットマッテ、ミ〇ーニソウダンシテミルヨ」
🎵タッターラッタータターララッタッター、ガチャ。
「ゴメンネ、ヤッパリダメダッテ」
「えーっ、おねがい」
「コンドハモット、ハヤオキシテネー」
「ちょっとま」
ガチャッ、ピーッピーッピーッ。
・・・むう、やはりダメか。このままでは開門一時間前どころか一時間後にすら着かない。だからと言って午前零時に出発せよとでも言うのかねずみさんよ。ああ、私も氷の山の魔法使いのお姉さんに逢ってみたかった。人参が顔に刺さった雪だるまにも。
「氷の山には行けそうにない」
私は断腸の思いで子どもたちにそう告げた。
「えーっ、なんで」
下の子はもう泣きそうである。そりゃそうだ。一か月前からの計画だったのだ。
乗るアトラクションは全てリストアップ、それぞれにカードを作って詳細な情報を記入、クリアファイルに入れていつでも確認できるようにしているのだ。昼ごはんのメニューまで決まっている。うむ、我ながらよくできた子だ。職人は段取り八分なのだ。(勝手に職人にするな)
だが渋滞はますます密度を増し、ほとんど動かなくなってしまった。
しかしそれにしても周囲のドライバーの節操の無さといったら呆れるばかりだ。かなりの確率でスマホを見ながら運転しているし、ひどいのになると、少年ジャンプクラスのデカいマンガをハンドルの上におっぴろげてニヤニヤしながら運転しているのだ。
「あのヒト、マンガ読んでる」(妹)
「きゃー、目を合わせちゃだめー」(姉)
そりゃ事故るわな。そこの引っ越し業者のあんちゃんよ。写真撮って拡散したろか?そんなつまらないこと絶対しないけど、お願いだから俺様のクルマにぶつけないでくれよ。めんどくさいから。
だが上の子は冷静だった。
何故ならば渋滞が好きなのだ。
何故渋滞が好きなのかといえば、田舎に渋滞は存在しないからだ。
私の恩人の飛騨人(故人)は、その昔「渋滞」のことを間違えて「しぶたい」と読んでいたらしい。渋滞のない飛騨地方は、都会の交通事情など完全にアウトオブ眼中なのだ。
そんな首都高渋滞の中、目をひくのが「きぬた歯科」の看板である。
上の子はこの看板を見るのが大好きで、テンション爆上がりである。
「お、おい、あれを見ろ」
「きぬた先生本出したらしいぞ」
「きゃーやばい」
調べれば、「きぬた歯科看板完全攻略マップ」とか、相当入れ込んでいる人もいるらしく、伝説の看板王の名は伊達ではない。
いやすごい。本のカスタマーレビューは星4で、評価も上々である。
何より首都高での子どもの楽しみになっている。私も。きぬた先生、応援しておりますぞ。八王子まで治療には行けないけどね。
環状線C1を過ぎれば次は湾岸線から浦安だ。長い渋滞も解消して流れ始めた。
「うをー湾岸だ湾岸だ」
「首都高湾岸」とか「第三京浜」とか「箱根ターンパイク」といったキラーワードに高揚するアホな父親はひた走る。
そしてそして予定よりも2時間半遅れで、ようやく夢の世界に到着した!
番人に尋問を受け関所を抜けると、そこは異次元世界であった。
何と目の前に巨大な火山が轟音を轟かせながら噴火している。
山腹には前時代的な重機がブッ刺さっていて、車輪がカラ周りしている。
おいおい、スタッフの皆さん、にこにこしてる場合じゃないでしょ。避難指示避難指示!
こんなヤバいところに迷い込んだにも関わらず、田舎の子どもは無邪気だ。
「ホントに夢の国だねー!」(妹)
・・・火山噴火してるんですけど。
だが予想していた通り、北の氷の山への手形を得ることはできなかった。
その代わり、「髪の毛が異様に長い」お姫様のアトラクションへの手形を何とか得ることができた。
侵入許可は夕方になってしまったが、それまでの間、絶叫したり、エビが挟まって動けなくなっている高級サンドイッチを食したり、船に乗って見ず知らずの人に手を振ったりと存分に楽しむことができた。
夕方になり、ついに「夢のまた夢」エリアに侵入すると、そこには至る所に巨大な岩と化した物語の主人公たちがそびえていた。ダースベイダーに固められたハン・ソロのようでもあったがしかし、その表情は皆歓びに満ち溢れていて、非日常という感覚を得るのに十分であった。
ふと見上げると、そこには小高い塔があった。
その塔は「髪の毛が異様に長い」お姫様の住居であり、その実魔女に囚われの身であったことを知らぬ物語のプロローグなのであった。
そして私たちは物語の中に吸い込まれていった。
物語が終了した私たちは、夢のまた夢の、さらに最奥を目指した。
そしてそのはるか彼方には、氷の山がそびえ立っていた。
登頂することが叶わなかったその頂は槍ヶ岳よりも急峻で、ピッケルすら歯が立たない固く蒼い氷に覆われていた。
少し下には雪も見えるが、それは伝説のエクストリームスキーヤー、スコット・シュミットが滑るような斜面が展開されている。
中腹には氷の城。
恐らくあの中には魔力の暴走にもだえ苦しむ女王が孤独の中、籠城しているのであろう。
辿りつけなかった夢の氷城。
🎵あーれーはーヘンなやま、ハーゲーやーまーだーわー
私の心のなかで、幾度もいくども、そのアトラクションのアイルランド民謡的なメロディが奏でられるのであった。
いつか、きっと、たどり着く日まで。
・・・・・・・・
じーちゃんばーちゃんと従妹たちに囲まれて有意義な4日間を過ごした子どもたちは、翌日からいきなり学校なのであった。
朝、彼女達は半透明になっていた。魂が抜けているのだ。
「おい、お前ら幽体離脱してるぞ」
「・・・・・」
「魂を呼び戻せ!」
「・・・・・・・・・・」
「んー、あと4か月もしたら正月だなあ」
みるみるうちに生気を取り戻してゆくガキ共。
「わー千葉いきてえ、千葉いきてええ」(女子)
その日、飛騨地方は秋の風を感じた。