見出し画像

人間vs草vs人間

 田舎暮らしの皆様はこの時期、所属団体や個人所有の土地、そして自治体主催の草刈りに忙しい。
 全く草というヤツはどこからでも生えてくる。アスファルトの割れ目にはまり込んだ種も平気で発芽する。最終兵器の除草剤を撒いても、ちょっとすると我関せず的にビュッと生えてきやがる。最近はオオハンゴンソウが猛威をふるっていて、防草シートで根絶やしにしようと試みるのだが、結局はシートの外に外に追いやるだけで、ドーナツ化現象が起こり、つまりイタチごっこが継続中だ。

 職場の草刈りは刈払機を使う。
 刈払機の始動にはまず混合油を給油する必要がある。
 エンジンは2ストロークなので、ガソリンにオイルを混ぜたカクテルを飲み込ませなければならない。ジンとベルモットをミキシンググラスでステアする要領だ。オリーブを入れる必要はない。そして、いくら気を付けて給油したとしても、溢れ返ってこぼれて勿体ないことになる。
「うわあ」
 共用の丸ノコ刃はどれもナマクラだ。一回でも石にギャイーと当てたら刃は無くなって、ちっとも切れなくなるので、私は自分専用を一枚隠し持って大事に使っている。それを装着してエンジンを始動するのだがハズレを引くとなかなかエンジンがかからない。ヒモを引っ張り続けるだけで汗だくになり、ヒットポイントが0に近づく。ようやくエンジンが始動した後、いよいよ刈りまくるわけなのだが、何でもかんでも刈ってはならない。
 植えた木の苗はよく誤って刈ってしまうのだが、当然これはだめ。
 また、茅葺屋根用にわざわざススキなんかを残している場合がある。これも当然刈ると怒られる。
 そして、それ以外の大量の草を刈るたびに思うのは、「これ食えたらいいのになあ」
 豪快な人は、「毒が無ければ基本的に何でも食することができる」なんてことを言うのだが、実際問題過去に飢饉が起こったときは本当に何でも食っていたのだろうか?
 蓼食う虫も好き好きというが、職場の人も「ウドだ、ウドだ」といってウドではないシシウドを間違えてよく食らっていた。だが、別段健康上問題はなさそうだった。
 最近農家さんと話をしていて、ニンジンの葉っぱとか、イモの軸とか、捨てるの勿体ないから食ってみたら普通にうまいという話をしていた。全然普通に食えるのだ。
 でも、その農家さん曰く、そりゃ調味料があるからね、ということ。
 イモの軸とか、茹でただけで味付けもなしに毎日食ってみろよと。俺のじいちゃんは戦時中毎日そんなものばかりだったので、そりゃ嫌になるわなと。そうだよなあ。現代の料理なんて、ひどいと調味料の味にちょっと野菜の風味が乗ってるだけなんてのも珍しくない。調味料は偉大なのだ。

リョウブの葉。この地域によく生えているのはその昔、救荒植物として植えられたという歴史があるから。米のかさを増す目的で「令法飯」とし、食すそうだが、誰に聞いても「まずい」というので筆者は食べたことが無い。新芽は甘いそうなのでいつか食ってみようとは思う。

 ところ変わって職場ではなく、今度は地域の草刈りだ。
 こちらは刈払機ではなく人力で行う。マイ刈払機を持っていないからだ。  私の住んでいる地域は、もともと農家さんが多い土地柄なので、草刈りはお手の物である。
 活動としては、年一の班単位での草刈りと、河原の草刈りが行われるのだが、河原の方は草の量がケタ違いなので、精鋭部隊が結成される。
 集合場所の河原に到着すると、十数人の農家さんが既に待ち構えている。
 田舎に集合時間は関係ない。早朝だろうが何だろうが、常に前倒しで事が進んでゆくことを新参者は認識しなければならない。笑いながら世間話をしている彼等はしかし、どこか出兵前の兵士のような面持ちも見え隠れする。 そう、敵は草なのだ。景観を損なう草。雑草の種をまき散らし、田や畑に悪影響を与える草。過去には堆肥の原料にもされていたのであろうが、今や化学肥料に取って代えられた。彼等の装備は軽トラとエンジン刈払機だ。一人残らず全員フル装備。さながら軽トラは装甲車、刈払機は自動小銃と言ったところか。私はと言えば、残念ながら自転車に草刈り鎌1本だ。映画の世界ならば軍隊相手にナイフ1本で互角に渡り合うストーリイも成立するのであろうが、相手は草である。だが、そこは木工屋の意地だ。前日キレッキレに鎌を研ぎあげておいた。はなから負けは分かっている。どこまで善戦できるかが勝負どころだ。

「やるか」
の号令のもと、刈払機のスロットルは総員全開となり、爆音は耳をつんざいた。
 河原の土手を横一列になった軍勢はターミネーターのように、機械的に無慈悲に草を薙ぎ払ってゆく。2ストの排ガスが、くわえタバコの煙と混ざり合い、虫を追い払う。私もこうしてはいられない。
 ただ、軍勢の只中にいてはおそらく誤って丸ノコで首をはねられることは確実なので、一番端で鎌を振るいはじめた。
「ザッザッ」
むむ、これはなかなかの切れ味だ。腰のないヘニャ草もほぼ一撃で両断することができる。
「よし、これならばいけるかもしれない」

 それから小一時間、私は隣の刈払機よりも多くの面積を刈ることに全力を傾けた。これは人力でエンジンにどこまで肉迫できるかの実証実験でもあるのだ。
 人力での草刈りはパワーではない。鎌の切れ味とスウィングのスピードが命だ。無我夢中で鎌をふるっていると、だんだん指先に血液が溜まり、足腰が言うことを聞かなくなってきた。敵さんを確認すると、残念ながら私の倍のスピードで大地を丸裸にしていた。
 そして、撤収の号令がかかった。
 負けることは最初から分かっていた。
 だがどうだろう、鎌一本でもそれなりの成果を挙げているではないか。もちろん私はヘトヘト、エンジン組は涼しい顔をしている。だが私は満足だった。
 そうしていると、エンジン組が急にこんなことを聞いてきた。

「おう、おめーんとこの班、この前草刈りしてたら、よそからうるせーってんで警察に通報されたって聞いたぞ」

 そうなのだ。
 前に、班での草刈りの時、だいぶ離れたアパートの住人から警察に苦情が入ったのだ。
 私は現場にいなかったのだが、朝っぱらから刈払機がうるせーということで、通報されたらしい。警察も事情はよく分かっていて、すみませんねえ、でも電話かかってきたから来なきゃいかんので一応ってな感じで、穏便な対応。
 こっちとしては怒り心頭である。地域の暮らしをより良くするために日曜の朝っぱらからみんなでボランティアをしているのだ。勝手にやっているわけではない。お上からも頼まれている案件なのだ。距離だってけっこう離れているし、それに早朝やらなければ、熱中症でブッ倒れる人も出るだろう。大体一年に一回ちょっとくらいうるさいからって、その器の小ささは何なんだよ。
 そうしたらエンジン組が、

「オレ、今度手伝いにいってやるよ」
「面白そうだなあ、オレもいってみるか」
「オレも」
「オレも」

 もちろん、2ストサウンドをはるか地平線まで轟かせるために。
 先ほどまで敵だった人間が急に力強い味方になった。
 
 今日の敵は明日の友である。 

いいなと思ったら応援しよう!