「脱皮」
はっきりと、じんわりと心の底から湧き上がるような、新しい芽が発芽するような感覚が確かにあった。
いつもと同じ通勤電車から見える蓮根畑。水面はピンと張りつめ、ギリギリ水の状態を保ちながら美しい朝焼けの空を映していた。
ついさっきまで寒さに不満を落としていたのに気づいたら涙が出ていた。
とても暖かくて、その温かさは内側からも出ているようで、こんなに暖かい気持ちになったのはいつぶりだろう。
自発的には初めての経験かもしれない。
はっきりとわっかった。自分が一つ育ったことを。
2月はいつも私を深く暗い箱に入れる。声を張り上げても助けを求めても、そこにいるのはたくさんの私だけ。意思の違う「私」達。
一人の私が言う。
それになんの意味があるのか。
もう一人の私が言う。
お前は未熟でどうしようもない、つまらない人間だ。と。
2月と付き合って3年目になる。
今はもう、付き合い方を知っている。どうにかしようと抗うほど溺れるだけ。
2月は2月が作り上げた暗い湖にただただ、浮かぶだけでいい。
何も考えず、じっと終わるのを待つ。
水底からブクブクと湧き上がる有毒ガスが抜けるまで、静かに。
なぜなら、2月は私が作った裏月だから。
貯めこんだ負のエネルギーの渦に自らを引きずりこむ。
その日も、なんてことのない休日だった。何をして過ごしたのか一瞬思い出せないほど平穏な休日。
美味しいご飯を食べて。
ショッピングモールをふらふらし。
草野球を見て。
久々の顔ぶれと中身のない会話を繰り返しだらだらと過ごす。
ただそれだけの休日。
しかし私にとってはとても無意味な、生産性も能力向上もない、無駄な休日だった。
でも、それこそが穏やかな幸せだった。
私は、無駄を愛する気持ちをどこかに忘れてきた。
無駄な物などない、どんな瞬間も必ず意味があって、それは私を作り上げてくれる。
かつての私はそう考えていたのに、いつの間にか時間の無駄を嫌い、生産性、効率性を重視したスケジュールを組み常に何かを得ようと余白のない生活を送っていた。
気づかないうちに私は嫌な人間味を纏った。
私がなりたかった私はこんな人間じゃない。
ゆとりが、余白があることで創造の隙間ができる。
ゆっくり歩くことで、物の輪郭がはっきり見える。
見つめることで、変化に気づく。
耳を澄ますことで、心を知れる。
生き急いで、多くを抱えて取りこぼしながら走った先に私の手に残るものと、ゆっくり歩きながら心ひかれたものを集めてできた花束。
どこがゴールなのか、どこへ向かうのか行先はわからないけれど最後に私はたくさんの暖かい花の花束を抱えていたい。
もうすぐ、春が来る。
今年の春はどんな色に見えるだろう。