ソシュール(1)言語のイデア
言語学の3つの段階
言語学はソシュールが出てくる以前に3つの段階があった。
第一は「文法」、第二は「文献学」、第三は「比較文法」の段階である。ソシュールによると、これらには問題点がある。
文法学はギリシア人から始まったものだが、文法にこだわりすぎると、料簡の狭い規範学に傾きがちで、語そのものに対する公平無私な観察がなされない。
文献学はアレクサンドリア学派から始まり、言語研究に大きな貢献をしてきたが、本来の目的が文献の校訂や解釈、注釈にあるために言語を独自の対象としていない。そのうえ、古文献に拘泥するあまり、しばしば生きた言語を忘れることにもなる。
比較文法は、各言語をグループ分けし、そのルーツを探り、音韻法則を考えることによって、言語変化のメカニズムにまで肉薄した。しかし、一度たりとも言語そのものの本性を明らかにしようとしたことはなかった。
要するに、ソシュールからすれば、彼以前の言語学は、言語の本性に対する考察が欠落していたのだ。
言語の三区分
そこでソシュールは、言語の本性に対する考察を行うための準備として、言語を3つのレベルに区分する。それが、「ランガージュ」、「ラング」、「パロール」である。
ランガージュは、一般的に「言語」と訳されるが、ありとあらゆる言語、言語活動、言語能力を含めたものの総称として使われる。話し言葉だろうが、身体言語だろが、極論を言ってしまえば、犬やミツバチの言葉もランガージュとなる。
このランガージュを2つに分けると一方がラング、他方がパロールになる。
ラングとは「言語体系」と訳されることがあるが、日本語や英語といった体系をもった言語活動であり、もし体系をもっていれば、方言や業界語も含まれる。
パロールは、個々人が喋ったり書いたりする具体的な言語であり、「言葉」と訳されることが多い。ラングと違い、個々人の影響が強くでるのがパロールなのである。
この3つの中で最も重要なのがラングである。
ランガージュはその領域があまりにも広すぎるため、その領域全体を分析することが不可能である。そのため、研究対象としてはふさわさしくない。
またパロールは、個々人の影響が強く、個人それぞれののイントネーションの違いなどを分析するのも言語の本性を理解するうえでは不毛である。
しかし、パロールのように個々人でアクセントやイントネーションが違うにも関わらず、意味が通じる。それは、言語にアクセントやイントネーションの違いを超えた恒常的なイデアのようなものがあるからである。
そのイデアこそが、ラングなのである。
そのためソシュールは、ラングの研究をすることにより、言語の本性を暴き出そうとするのである。
〈参考文献〉
『哲学の歴史12巻 実存・構造・他者』中央公論新社、2008年