ドゥルーズ(1)同一性からの解放
3つの区分
ドゥルーズの哲学は、これまでの西洋哲学が何らかの同一者や同一性の概念を措定し続けできたものだと批判し、同一性に支配されない差異そのものの生起からなる流れのもとにある世界を思考する哲学である。
それは差異をただ肯定することではなく、差異の生起する世界の運動と共に生きている私たちの生が、より豊かに、時には苛烈な強さをもって自己創造していくことを、体系的に提示することであった。
ドゥルーズの哲学はおおよそ3つの区分ができる。まずは、最初期の論文でありドゥルーズ自身が自分の著作であることを拒否した〈修業時代〉の時期。
次に、過去の哲学者を研究し、独自の解釈のもと自分の哲学における諸概念や発想を生み出した時期。
最後が、映画や絵画、文学の批判を行った芸術論を主とする時期である。
差異・システムの関係
ドゥルーズの哲学は、差異に関する直観、システムの構築、方法の3つの契機から構成されている。
まず、出発点には差異に関する感受性ないしは直観がある。ここで言われている差異とは、新たに創造され、生起していく、予見不可能な現実のことである。
私たちの日常は、このドゥルーズの言う差異によって作られている。しかし、これまでの学問はその差異を隠蔽して、同一化の運動を目指してしまった。この同一化の運動に抗うために、差異への感受性ないし直観を手放さずに思考しようとするのが、ドゥルーズの哲学の出発点である。
この課題は、差異へと目覚めることを阻むシステムの解明と、それに裏打ちされつつ差異概念を彫琢するという2つの側面からなる。
システムとは、同一性を有する超越項へと差異を関係づけることによって差異を隠蔽して一連の錯覚をもたらす表象の哲学を生み出す。
ドゥルーズは、表象の哲学を踏まえた上で、同一性を有する同一項へと差異を関係づけることで、差異の差異たるゆえんを消し去ることなく、差異の自由にしてアナーキーな生起そのものを捉える。これを内在性の哲学と言う。
内在性の哲学におけるシステムは展開していく。なぜなら、新たなもの・予見不可能なものとしての差異は一回限りの事象・出来事ではないからである。差異は、新たな差異を生み出す。よって、差異を生み出すシステムは、そのシステムにおいて差異が他の様々な差異に関わり、それらの関わり自体が流れとしてのシステムを構成する。
では、そのようなシステムはどのようなものなのか。
この問いに答えるためドゥルーズの哲学は、諸差異の自由にしてアナーキーな創造的自己運動を実際に可能にするようなシステムの構築を課題とする。
ドゥルーズ哲学の総体は、このシステムの構築作業にほかならない。
〈参考文献〉
『哲学の歴史12巻 実存・構造・他者』中央公論新社、2008年