長期的市場構造変化:Time-Varying Parameter Model

Time-Varying Parameter Models (TVPモデル) は、時系列データにおいてパラメータが時間とともに変化することを考慮したモデルである。これにより、金融市場のダイナミックな性質や政策変更、経済ショック、地政学的リスクなどの影響を柔軟に捉えることが可能となる。従来の定常モデルが固定されたパラメータを仮定するのに対し、TVPモデルは市場の構造変化やトレンドの転換点を反映させることができるため、長期予測や異常検出に適している。


1. TVPモデルの種類

TVPモデルでは、パラメータは時間とともに変動する。この特性により、市場状況の変化にモデルは柔軟に適応し、市場変動に対応できるようになっている。

1.1 線形TVPモデル

TVPモデルの基本形は、パラメータが時間とともにランダムに変動する線形モデルである。
$${y_t = X_t \beta_t + \epsilon_t, \quad \epsilon_t \sim N(0, \sigma^2)}$$
ここで、

  • $${y_t}$$:時刻$t$における観測値

  • $${{\bf X}_t}$$:説明変数のベクトル

  • $${{\bf \beta}_t}$$:時刻$t$におけるパラメータベクトル

  • $${\epsilon_t}$$:観測誤差(白色雑音)

パラメータ$${{\bf \beta}_t}$$は、前時点のパラメータ$${{\bf\beta}_{t-1}}$$に白色雑音$${\bf {\eta}_t}$$を加えた以下の状態方程式でモデル化される。
$${{\bf \beta}_t = {\bf \beta}_{t-1} + {\bf \eta}_t, \quad {\bf \eta}_t \sim N(0, {\bm Q})}$$

1.2 非線形TVPモデル

非線形TVPモデルでは、状態変数が非線形に進化する場合を扱う。この場合、カルマンフィルタが適用できないため、粒子フィルタ や 拡張カルマンフィルタを用いて推定を行う。
$${{\bf \beta}_t = g({\bf \beta}_{t-1}, z_t) + {\bf \eta}_t, \quad \eta_t \sim N(0, {\bm Q})}$$
非線形関数$${g(\cdot)}$$として、例えば以下のようなLogistic関数を用いることで、S字カーブ(シグモイドカーブ)による成長を表現できる。
$${{\bf \beta}_t = \displaystyle{\frac{{\bf \beta}_{max}}{1 + e^{-a ({\bf \beta}_{t-1} - c)}}}}$$
AR(1)モデルを使用する時には、外生変数を$${z_t}$$、非線形項の影響度を$${\gamma}$$として、
$${{\bf \beta}_t = {\bf \beta}_{t-1} (1 + \gamma z_t^2) + {\bf\eta}_t}$$
とおける。


2. ベイズ推定と不確実性の定量化

TVPモデルのパラメータ推定には、ベイズ推定を用いることで、不確実性を確率分布として扱うことができる。事前分布を設定し、観測データから事後分布を求める方式を採用する。
リーマンショック後の経済回復などの景気循環のモデル化や、安定期と不安定期で異なる変動パターンを示す金融市場のボラティリティなど、複数の観測データに共通する非線形な潜在要因を推定する時には、TVPを用いて潜在要因のダイナミクスを非線形で表現し、Markov Switching Nonlinear TVP Modelで扱う方法がある。
この時の観測方程式は、
$${\bf y_t = \bm X_t \beta_{t}^{(s_t)} + \epsilon_t, \quad \epsilon_t \sim N(0, \sigma^2)}$$
で与えられ、非線形な動的変化をする状態方程式は、時変パラメータの前時点の値$${\beta_{t-1}^{(s_{t-1})}}$$と、ある関数 $${h(\cdot)}$$ を用いて、
$${{\bf \beta}_{t}^{(s_t)} = h({\bf \beta}_{t-1}^{(s_{t-1})}) + {\bf \eta}_t, \quad \eta_t \sim N(0, {\bm Q})}$$
となる。マルコフ過程の市場変化$${s_t}$$は、遷移行列が$${P(s_t = j \mid s_{t-1} = i) = P_{ij}}$$と与えられている。
市場の状態遷移が景気循環に対応する場合、拡張期の$${\beta_t}$$は
$${\beta_t = \beta_{t-1} (1 + \alpha e^{-\delta t}) + \eta_t}$$
で与えられ、
収縮期には、
$${\beta_t = \beta_{t-1} (1 - \alpha e^{-\delta t}) + \eta_t}$$となる。
ここでの$${\alpha, \delta}$$は状態依存のパラメータである。

 グローバルな金融市場の共通動向や、複数の観測データに影響を与える潜在因子のダイナミクスが非線形であると思われる場合、Nonlinear Dynamic Factor Modelで扱う。
この時の観測モデルは、観測データを複数の経済指標を持つ$${{\bm y}_t, y_{i,t}}$$とおき、潜在因子を$${f_t}$$、因子負荷を$${\lambda_t}$$として、
$${y_{i,t} = \lambda_i f_t + \epsilon_{i,t}, \quad \epsilon_{i,t} \sim N(0, \sigma_i^2)}$$
と表現する。
状態方程式は、非線形関数の$${g(\cdot)}$$を用いて、
$${f_t = g(f_{t-1}) + \eta_t, \quad \eta_t \sim N(0, Q)}$$
とおける。
成長が指数関数的な時には、
$${f_t = f_{t-1} e^{\gamma z_t} + \eta_t}$$を使用し、
非線形AR(1)モデルを使用する時には、$${\phi}$$を前時点の値 $${f_{t-1}}$$ に対する重みとして、
$${f_t = \displaystyle{\frac{\phi f_{t-1}}{1 + f_{t-1}^2} + \eta_t}}$$
を使用する。

 時間で変化するパラメータの推定を確率的に行い、不確実性を定量化する目的で、ベイズ推定をTVPモデルに適用する。
観測方程式は、観測誤差に$${\epsilon}$$と共に、
$${y_t = {\bf X}_t {\bf \beta}_t + \epsilon_t, \quad \epsilon_t \sim N(0, \sigma^2)}$$
で与えられ、状態方程式は、パラメータの変動強度を分散共分散行列$${{\bm Q}}$$で表し、状態誤差項を$${{\bm \eta}}$$として、
$${{\bf \beta}_t = {\bf \beta}_{t-1} + {\bf \eta}_t, \quad \eta_t \sim N(0, {\bm Q}) }$$
と表す。ベイズ推定は、事前分布を設定し、観測データから事後分布を求める方式で、不確実性を確率分布として扱うことで、推定値の信頼区間と予測分布が得られる推定法である。
最初にパラメータに対し適当な事前分布と初期値を与える。
状態方程式の分散は多変量正規分布の共分散行列の事前分布のInverse-Wichart分布とする。
$${Q \sim IW(\Psi, \nu)}$$
パラメータの初期値は正規分布に従うとする。
$${\beta_0\sim N(\mu_0, V_0)}$$
事後分布の推定は、Gibbsサンプリングを用いると、各時点の$${\beta_t}$$をサンプリングし、$${{\bm Q}}$$を、Inverse-Wichart分布からサンプリングして、
$${Q \mid \beta, y \sim IW\left(\sum_{t=1}^{T} (\beta_t - \beta_{t-1})(\beta_t - \beta_{t-1})', T\right)}$$
とする。
また非線形や非ガウスな状態空間モデルに関しては、粒子フィルタを用いて、尤度に基づいて重み付けをする方法もある。

3.TVPモデルの特長と利点

上記で挙げたように、TVPはパラメータの時間変化に柔軟に対応でき、市場における急激な変化や新しいトレンドに柔軟に反応でき、市場の不確実性を適切に捉えることができる。
観測データの複雑さや変動に応じて、パラメータが動的に変わるため、長期的な予測や異常検出性能が向上し、リアルタイム適応可能である。
以上の特性から、TVPモデルは、多様な要因が影響する市場予測において、動的に変化するパラメータを用いた学習を可能にし、予測性能の向上が期待される。時間と共に変動する要素を多く含む経済指標は、TVPモデルに向いており、異常検出や市場の急変などのリスク管理の迅速な対応が可能である。

4.TVPモデルの実装と計算

TVPモデルを実装する手順は以下の通りである。

  1. モデルの設定: まず、パラメータが時間とともにどのように変動するし、評価関数を最小二乗法や最尤法として、パラメータを推定する。

  2. 推定アルゴリズム:TVPモデルを推定するための主要なアルゴリズムには、カルマンフィルタと粒子フィルタがある。

  • カルマンフィルタ

    • 特長: 線形ガウス状態空間モデルに適用可能で、計算効率が高い。

    • 用途: 線形TVPモデルに適用され、パラメータ推定と状態推定を効率的に行う。

    • 制約: 非線形または非ガウスな状態空間モデルには適用できない。

  • 粒子フィルタ

    • 特長: 非線形・非ガウスな状態空間モデルに対応可能で、尤度に基づく重み付けにより、複雑な確率分布を推定できる。

    • 用途: 非線形TVPモデルに適用され、状態空間の動的な非線形変化を推定する。

    • 制約: 計算コストが高く、サンプル数を増やすと計算時間が増加する。

これらのアルゴリズムを、モデルの特性に応じて適切に選択することで、TVPモデルの推定性能を最大化できる。
モデルの性能を評価は、検証用データセットとの予測精度で測定する


5.結論

Time-Varying Parameter Models(TVPモデル)は、長期市場変化の分析において非常に強力なツールである。パラメータの時間的な変動を柔軟にモデリングすることで、過去のデータから学習し、未来の動向をより正確に予測し、市場の動的変動の検出や、金融市場や経済予測、リスク管理などの分野で適用される。一方で、TVPモデルは計算コストが高く、事前分布の設定が推定結果に影響を与えるため、適切な設定が求められる。今後は、ハイブリッドモデルの開発により、これらの課題が解決される可能性がある。TVPのハイブリッドモデルを扱った論文には以下のものがある。

  • Comparing Hybrid Time-Varying Parameter VARs Joshua C.C. Chan(2018)

  • Large Hybrid Time-Varying Parameter VARs Joshua C.C. Chan(2022)


いいなと思ったら応援しよう!