命がこぼれていく。どんなにかき集め抱きしめても。そして消えてしまう。そんな思いは二度としたくない。誰にもして欲しくない。 けれど、人が不老不死でない以上、病や事故と無縁でない以上、それは避け得ぬこと。勿論、人だけでなく長く寄り添った動物であっても同様だ。 絶望のあと。残された者が人生をどうおくるか。気持ちを切り替える。大切だ。やりがいを見つける。それも重要。そして日常を取り戻す。落とし所としてはそこだろう。 だけど。また大切が増えていく。それだけは怖い。怖くて怖くてどう
インターホンがなる。僕は玄関に向かい、覗き窓から外を伺う。知らない女性が立っていた。扉を開ける。セミロングの黒髪。背丈は僕より少し低い。デニムに白いロングスリーブのシャツを合わせている。やはり見覚えがない。目が合う。しかし何も言葉を発しない。沈黙。仕方がないので僕の方から声をかける。「どちら様でしょうか。」女性は僕の目を見たまま「私はあなたの妻です。」と言う。 確かに僕には妻がいた。しかし十年前に病気で亡くなっている。それに目の前の女性は妻とは似ても似つかない。「妻はもう亡
「俺は世界を壊しにゆく」 そう言い残して去っていった友人がいた。そう話した以上、彼の顛末を物語るのが筋ではあるが、私はその後の彼がどうなったのかを知らない。故に語るべき続きがない。そんな私ができることと言えば、自分自身を語るしかないのである。 平々凡々。私の日々はまさにその一言に尽きる。そうは言っても完全なる平凡な日々などありはしないのもまた事実。少しだけ奇妙な出来事も起こり得るのだ。 こんな日があった。 道を歩いていると向こうから腰の曲がった老人が近づいてくる。ゆっ
まいったな。曇ったままだ。 毎日毎日。目に映る世界はずっと曇ったままだ。雨が降ることもないし、晴れることもない。嵐も来なければ、雪が降ることもない。ただずっと曇っている。 好きなものぐらいは晴れるかなと思って色々と並べてみる。 大好きなご飯。ガパオライス。やっぱり曇っている。大好きな映画。恋する惑星。曇っている。大好きな音楽。syrup16g。曇っている。 どうやら僕の目はおかしくなってしまったらしい。 街に出てみる。今は夜だ。近くの繁華街へ向かう。綺羅びやかなネオ
歩きながら考えごとをしていた。哲学的なことや何かの理論を構築していたわけではない。牛肉がのっているから牛丼であり、豚肉がのれば豚丼になるのは必然だ。みたいなことである。鶏肉の場合へと思考をスライドさせた時、足元に違和感があり現実に引き戻された。 階段がある。階段は上るものであり下りるものでもあるわけだが、目の前のこれは地面が階段である。上りもしなければ下りもしない。いわば障害物でしかない。だがともあれ階段ではある。それはさておき。先に進むにはこの道しかない。どうするか。思案
あの日、君だけ 僕を残して、君だけ 明日を喪って 全てを閉ざした 思い出が塩を塗り 記憶が自傷する 映画を観て笑って 音楽を聴いて笑って ご飯を食べて笑って 猫と遊んで笑って 消えてしまった日々は 二度と戻ることはない あの日、君だけ 僕を残して、君だけ 明日を喪っても 呼吸を続けていた 思い出は語りだし 記憶が問いかける 映画を観て笑って 音楽を聴いて笑って ご飯を食べて笑って 猫と遊んで笑って 消えてしまった日々が 二度と戻らないとしても 僕は今も歩い
前回記事を書いてからだいぶ経ってしまったが、その間にカメラを購入した。値段が折り合わなかったり、中古で見つけた状態の良いものがタッチの差で売れてしまったりと紆余曲折あったが、最終的には『SONY RX100M3』を購入。既に写真を撮りまくっている。 プロの写真家さんの動画とかも観ながら、自分の撮りたい画と能力などを鑑みた結果のRX100。それも最新のM7ではなく中古のM3。性能や便利さなどを見れば一般的にはM5以降がベストみたいだが、僕に必要な機能はM3で充分すぎるので。
朝、太陽が昇っても あなたに触れることができない 夜、星が瞬いても あなたを抱きしめることができない 太陽よりも星よりも ずっと遠くにいるから 僕は今も独り 今も独り あなたを想う どんなに愛しても なにもできずに 無力な笑顔だけ上手になっても 運命なんて変わるはずもなく そして時間は残酷なほどに 悲しみも後悔も癒してしまう それでも 生きることを望んだあなたのために 今も僕はこの世界に留まる あなたとの未来を今も続けている
親愛なる友 ダグラス.P.ラヴクラフトへ 突然の手紙に驚かれたことと思う。早急に君に話しておかねばならないことがあるのだ。それは私が見た夢の話であり、この世界に関わることでもある。何とかして君に伝えなければという一念で、腐心しつつも事細かに纏め上げた。どうか空想だ創作だと笑わないでくれ。これはありのままの悪夢なのだ。君を信じている。最後まで読んで力を貸してくれることを信じている。 私は空を見上げていた。闇夜に輝く星々に宇宙を感じ、銀河の壮大さに畏怖すら覚えた。星の瞬きを目
今まで写真は携帯やスマホで充分というスタンスだったのだが、最近俄にカメラ欲求が高まっている。 発端は『PERFECT DAYS』。かの映画を観た際、主人公の平山にフィルムカメラで写真を撮るという習慣があった。元々、レトロな画というのは好きだった事もあり、一発で感化され「フィルムカメラ欲しい」となった次第。 その流れもあり最初はフィルムカメラを探していた。ハーフフィルムカメラなんかが流行っている様で、割と安価に手に入るのもいい。とは言えカメラは素人なので、専門家の見解も聞き
先日読み終わった『カフカ断片集』。未完の断片や創作ノートなどに書かれていた数行の文を纏めたもので、これがいたく気に入った。というより、腑に落ちた。 もともとカフカは大好きで何度も読んでいるのだが、自分が文章を書くにおいて理想だという事に気付かされたのだ。断片や断章であるから、カフカからしてみれば不本意なのかもしれないが、実際は未完でありながら完成している。いや、読み手が余白を想像する事で完成するのだ。作りかけなわけだから起承転結がきちんとしているはずもなく、ただの断片でしか
隣に巨大な虫がいた。その場所に寝ていたはずの夫はいない。この虫が夫なのだろうか。何か手がかりはないものかと、その身体に目を走らせてみる。鈍く緑色に光る仰向けの腹には、左右三本ずつの脚がありウネウネと蠢く。頭部と思しき部分は小さくてよく見えないが、触覚のようなものがチラチラと見えた。手前にあるのは口だろうか。細かい毛がまばらに生えている。どこをどう見ても虫にしか見えない。しかし私はこれが夫であるという確信めいたものを感じていた。 平凡を絵に描いたような夫に対し物足りなさはあっ
ここの所、連続して短編小説もどきを書き上げた事で、文章を書く時の自分のクセなど新しい発見があった。 基本的に物語を書く時は全て唐突。何かを書こうと思って始めるのではなく、突然頭の中に溢れてきた言葉や文章をメモに取り、物語の形に仕上げていく。きちんとテーマや描きたい事を決めプロットを立て、登場人物の細部まで固めて物語を動かしていくのが正しいのだろうが、僕にはそんな緻密なやり方は到底できない。文章として読み易くする為にテンポや形式を合致させたりという調整ぐらいはできるのだけど。
見上げると月が朱い。 私は月に向かって願いを投げた。「救えぬのならば殺せ」と。月は何も答えず。その真円から血を流す。溢れでた朱色がモノクロームの世界を染めてゆく。 喪失が私を責め立て、無力感が私を嬲った。後悔に首を締められ遠のく意識。未練が死を断ち切り、空になった肺に赦しを吸い込む。深呼吸をして意識が明確になると、そこは見知らぬ街だった。 何かに呼ばれたような気がして、石畳の街路を駆け抜けてゆく。無数の耳朶が貼り付いた看板。読経し続ける口唇。虚ろな眼に睨まれながら、崩れ
🌑 死を迎えた魂はどこへ向かうのか。それは誰にもわからないが、物語が続く以上、僕によって肉体を奪われた君は再び目覚めることになる。 🌒 「目を覚ますとそこは雲の上だった」とでもやれば文学的だろうし、「目を覚ますとそこは四畳半が続く場所だった」とやれば小説的でもあろう。しかし現実はただの漂白された空間でしかない。死後の世界などそんなものである。過度な表現が入り込む余地などないのだ。ともあれ。君はその真っ白な空間に居た。 手足と体を確認する。手近に鏡がないので顔までは確認
ちょっとそこの君。そうそう君だよ。僕の話を聞いてはくれまいか。なぁに、時間は取らせんよ。最近はだらだらと長い話が幅をきかせているが、ちょいとだけ拝借ってなもんだ。だからさ、君。少しだけ付き合ってくれよ。 話というのは他でもない。この部屋にいる悪魔の事だ。いや神とも言うし妖とも言うし何もない空間と言ってもいいかもしれない。まぁ、それはさておき。そいつの言うことが問題なのだ。 その悪魔。もとい神。もとい妖。いわんや空間…ああ面倒くさい。便宜上、蛹と呼ぼう。そいつは「どっぺるげ