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相合傘

そこは雨が止まない街だった。薄暗くなり始めた夕方、街はずれに到着した長距離バスからは傘を握りしめた人が続々と吐き出されていた。

その男は後ろから2列目に座っていた。いよいよ自分も降りようとスーツケースを持って立ち上がったが、一緒に置いたはずの黒い折り畳み傘が見当たらない。上のカゴ、座席の下、隣の座席を見回すが影も形もない。

「探し物ですか?」
と男の後ろに座っていた青年が声をかけてきた。見ると温和な顔で優しそうな青年がこちらを見ていた。
「ええ、雨が止まない街なのに傘が見当たらなくて。黒い折り畳み傘なんですが見ていませんか?」
「残念ながら見ていないですね。」

そして優しい青年も一緒になって探してくれたが傘は見つからなかった。するとバスの運転手が早く降りろというジェスチャー付きでこちら見てきた。
(勝手の分からない街で傘がないのは辛いが仕方ない)
諦めた心を読んだかのように青年が提案してきた。
「とりあえず私の傘に一緒に入りましょう。見ての通り大きな傘ですから、一旦そこの待合所まで行きましょう。」

待合所は屋根があるだけの質素な作りで脇に小さなトイレが設置されているだけだった。日が落ちるに合わせて蛍光灯がチカチカと光り始めていた。
「トイレに行きたいので傘を持っていてもらえますか?」
青年は我慢していたらしく、答えを待たずに傘を押し付けてきて走っていった。
男はスーツケースを置いて椅子に腰かけた。渡された白い傘を見つめる。
(なんと優しい青年なんだ。雨が止まない街と聞いて憂鬱な気分だったが案外いい街じゃないか。)
そう思うと雨の音も、傘からはみ出して濡れた肩も悪くないものに思えていた。

それから3分もしていないだろうか。待合所の前に二台の車が停車した。停車と同時に全てのドアが開いて5,6人の男が飛び出してきた。屈強そうな男たちは雨を蹴散らしながら男の元へ走ってきた。
「警察だ。手を挙げろ」
突きつけられたのは傘でなく拳銃だった。いきなり銃口が向けられた男は状況が理解できなかったが、一人の警官が無線で話した内容に耳を疑った。
「バスに乗り込んでいた強盗犯を捕らえました。情報通り白い大きな傘を持っています。」

男には優しい青年が強盗犯であると、すぐには理解できなかった。
しかし、取り囲む警官たちの隙間から見えたのは、黒い折り畳み傘を差し、振り返ることもせず立ち去っていく青年だった。

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