雨の夜、無数のランタンと共に
1
少年は祖父が大好きだった。
最初の思い出は折れた傘の骨を直してくれたこと。次の思い出は時計のネジを巻く後ろ姿。ちょっと器用でいつも優しいおじいちゃんだった。
少年が7歳になった次の日のことだった。傘を直すための工具を買いに出た祖父が交通事故によって還らぬ人となった。しかし祖父の死を受け入れられなかった少年は壊れた傘と共に祖父の帰りを待ち続けていた。
当たり前だが、何年経っても祖父が帰ってくることはなく、少年は15歳になっていた。あの当時の傘は壊れたまま、祖父の作業部屋で少年の作業を見守っていた。
2
その国では毎年「光の天使祭」が行われていた。
数百万の大小様々なランタンを空に飛ばし、大切だった人に思いを馳せる祭りだ。死者は還元層へ埋葬するこの国では、肉体は惑星に還し、魂はランタンに乗せて空へ還すしきたりであった。
光の天使祭には一つの伝説があった。
「雨の空に上げたランタンは雨雲を抜け天国へ届く。」
伝説を知った少年は祖父の部屋で大きな大きな、気球のようなランタンを作った。そして15歳最後の夜、雨が止まない街へ運んできたのだった。
3
霧雨の夜、街の至る所から光が空に昇っていた。
背中に壊れた傘を括りつけた少年はオレンジ色に光る特大の光子をランタンに封じ込めた。少年を載せたランタンはみるみる立ち上がっていき、やがて布がピンと貼ったと同時に地面から静かに浮き上がった。
祖父と過ごした穏やかな時間のようにゆっくりと、ゆっくりとランタンは昇っていった。
街の光が小さくなっていき、見回すと周りには無数のランタンの光が揺らめいている。そして空を蓋する雨雲がすぐそこまで迫っていた。
4
雨雲は分厚く、周りのランタンは全く見えなかった。
少年は寒さに凍えながら傘を握りしめた。全ては祖父と会う瞬間のために。しかし、あまりの寒さに少年の意識は遠のいていき最後には気を失ってしまった。
何時間経ったのか、少年が目を覚ますと白い雲が眼下に広がり、空は昼のように明るかった。周りにいたランタン達も雲を抜けたようだったが、次々と小さな花火のように弾けて消えていった。そして少年のランタンも小さく揺れ始め、今にも弾けそうだった。
少年は誰もいない空に向かって、力の限り祖父の名を叫んだ。刹那、少年を載せたランタンは大きな光を放ち、空に弾けとんだ。
5
「おじいちゃん、会いたかった。」
「会いに、来てくれたんじゃな。。。」
「ずっと、この傘を直して欲しかったんだ。」
「今のお前ならこれくらい直せるじゃろ。」
「うん。。。それでも、おじいちゃんに直して欲しかったんだ。」
6
草原を濡らす雨の音に少年は目を覚ました。
乗っていた大きなランタンはどこにも無く、空を照らしていた無数のランタンも消え去っていた。見えるのは雨雲の切れ目から射し込む一条の光だけ。
少年はゆっくりと立ち上がり、その手に握られたままの傘を開いた。
なんとなく、本当になんとなく、祖父の声が聞こえた気がした。少年は涙を拭ったが傘に隠れた顔は誰からも見えない。そして雨の中へ足を踏み出し、家路につくのだった。