広島県のデジタル人材育成の取り組み④ 学生編 パート2
◆ パッケージ型インターンシップの秘訣は「マーケティング思考」と「安心・信頼」
なぜデジタル人材育成を含む時代のニーズに沿ったプログラム開発を広島県主導で構想・実現できるのでしょうか。本パッケージ型インターンシップ・プログラムを企画・運営する県庁職員である平野さん・新潟さん(広島県雇用労働政策課)に取材をさせて頂く機会をいただき、その要素を垣間見ることができました。キーワードは「マーケティング思考」と「安心・信頼」にあると考えます。
マーケティング思考で考え、デザインする
県・行政で「マーケティング思考」と聞くと「?」(疑問符)がつく方もいらっしゃると思いますが、両氏へのインタビューを通じて紹介を頂いたのがこちらのAISASをベースとした大学生の進路獲得までのジャーニーをデザインしている資料です(下図:「県内就職までの意識・行動ステップ」)。AISASはマーケティングにおける「消費者の購買行動プロセスを説明する」フレームワークの一つで、今回消費者=学生、購買行動=広島就職と置き換えて、県内就職までの意識・行動のステップアップを定義しています。パッケージ型インターンシッププログラムのこの学生のジャーニー(進路決定までの旅路)のなかで大学1・2年生向けの「県内企業に興味関心を持って調べる」(AISASの2番目のSearch)の取り組みとして位置づけられています。
また、一貫して前述した「ひろしま就活応援サイト Go ひろしま!」が学生と企業の間を結ぶ接点として位置づけられており、マーケティングの考え方に基づいた施策が様々取られていることがわかります。脱線しますが、民間企業の方が兼業で担当されている広島県チーフ・ブランディング・オフィサー(CBO)の方のアドバイスをもとに本ジャーニーマップは作られており、学生支援のために正に産官が連携している点も広島らしいと言えるのではないでしょうか。このようなマーケティング思考が、「デジタル人材」の育成の必要性を捉え、上記のようなデジタル人材に関するパッケージ型インターンシッププログラムの開発・実施に繋がっていると考えます。
インタビュー時に、先程実施事例として紹介した情報産業協会と県との協働で本パッケージ型インターシッププログラムを企画した際のこぼれ話をお聞きしましたが、当初は講義や懇談会だけではなく、県内のデータセンター見学やローコード・ノーコード開発の体験を含むコンテンツ案もあったそうです。残念ながら新型コロナの影響で実現には至らなかったようですが、県サイドとしては大学や学生に直接声を聞いて、学生にとっては座学だけでなく実践を取り入れたほうがよいと、しっかりマーケットニーズ(学生ニーズ)をとらまえて、情報産業協会サイドから、「そうであればプログラミング体験を入れましょう」という話になったとのこと。マーケティング思考でプログラム設計をしていることを証左するお話であると思いました。
[参考] https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/work2/saiyou.html
行政だからこその”安心”と”信頼”
ここまで読まれた方で、この取り組みは民間や教育機関などの別のアクターでもできるのではないかと思われた方もいらっしゃると思います。どうして県が就活応援サイトを作るのか、どうしてインターンシップ・プログラムを実施するのか。そのキーワードは「安心」と「信頼」にあると考えています。やはり、「広島県」として企画・運営をしている事実は、育成アクターである民間企業も、大学・高校などの教育機関も、そして本プログラムの育成対象であり主役である学生やその保護者などあらゆるステークホルダーにとって、絶大な安心感を与え、正に「安心」「信頼」を生み出しているというのが肝ではないかと思います。
デジタル人材育成のためには、複数のアクターが連携する、共創をすることが重要であるというのが私の持論ではありますが、広島県がハブとなり、教育機関からニーズを汲み取り、民間企業と連携して教育プログラム(=パッケージ型インターンシップ)を提供していることがこの取り組みの特徴であると考えます。
一方で、デジタル人材育成という観点ではパッケージ型インターンシップに対する「認知」「関与」の課題・必要性もまだまだあるのだと感じました。理系学生は就活行事への関心の差が大きくあり、そもそもこのような素晴らしい取り組みがあっても知らない、なかなか参加が難しいこともあるとのこと。一方で文系学生は「IT」「DX」への敷居がまだまだ高く認知していても、関与していく=参加することに躊躇してしまうケースもあるとのことでした。
この敷居が高くDX・ITの仕事を敬遠してしまうというのは、広島県に限ったことではありません。ある県の文系学部しかない大学の担当者にお話を伺った際も、大学の初年次からDXやITの基礎リテラシーに触れていないとデジタル・ITという進路を敬遠する、そもそも選択肢として全く考慮しないとのこと。学生にとって早い段階からデジタル・ITの知識や経験値を得て、心理的安全性を持ってもらうことが必要であると感じています。パッケージ型インターンシップはそのような「入り口」の取り組みとして素晴らしいものであり、本プログラムがより広く学生の皆さんに周知・認知および関与されることを切に願います。
◆ 今後の展望
広島県のDX推進事業と本パッケージ型インターンシップのつながりについてもお聞きしました。直接的な関係性はないものの、本取り組みは広島県にとってデジタル人材育成という観点でも「入り口」のプログラムであるため県庁内でもコミュニケーションを取られているとのこと。「広島で働く・就職する」という観点で県内に、ITやDXに興味を持った学生を受け入れる土壌があるのか、どれだけIT業界や職種の採用枠があるのかが一つの課題であるとおっしゃっていました。デジタル人材の育成・確保の推進を謳う広島DX加速プランとの整合性も今後は論点になるのだろうと理解しました。
また、官学の連携という観点では2023年2月に「広島県と広島工業大学との包括的連携に関する協定」が締結されました。これは「ひろしまで活躍できる専門性の高い技術系人材の育成」「デジタル技術等を活用したさまざま地域課題の解決」を目指しています。広島工業大学の学生の方々の県内就職に向けた取組として、パッケージ型インターンシップのプログラム開発も案として入っており、理系学生向けプログラムが開始をされる予定とのことです。工業大学の教育ノウハウはデジタル人材育成においては重要であると考えており、この県と工業大学の地域連携は今後私自身もフォローをしていきたいと思います。
今回は産官学連携のデジタル人材育成の取り組みとして、広島県が旗振りをするパッケージ型インターンシップについて紹介をさせて頂きました。次回は社会人のデジタル人材育成について複数回に渡って紹介をしていきたいと思います。
文責:デジタル人材育成学会副会長 中村
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