雪の降るよる① 立ち食いそばと三万円
ガソリンスタンドから大音量で流れるラジオで、今夜は雪が降るとしきりにアナウンサーが繰り返していて、うるさい、と思った。夜中のガソリンスタンドは煌々と光り輝いて、私みたいな虫も引き寄せた。ガソリンスタンドの裏が茂みになっているので、そこに身を寄せていた。冬とはいえ東京の気温なんてたかが知れていると舐めていたら、今夜は底冷えする冷たさだった。剝き出しの手先が痛かった。
雪の一センチや二センチで、ニュースになるなんて馬鹿らしかったが、東京にしばらく住んでみるとその大きさを感じる。東京は大規模な集団行動で、ひとつのイレギュラーがすべてを狂わす。みんなタワーマンションに住んだり大きなオフィスビルに勤めて偉そうな顔をしているけれど、電車がひとつ止まれば大騒ぎ、そのせいでタクシーは捕まらない、店が休業してパニックになる。どんなに偉ぶっても大勢の人間は集団行動から抜け出せないのだと思う。ハメハメハ大王の子供みたいに生きたい。私はそう思う。
ガソリンスタンドは、大通りに面しているので夜中だけど交通量が多い。その車の音が、私の存在意義を与えてくれる。冷えに冷えた全身が、もう暖かさすら与えてくる。私は、財布の小銭を数え、ぎりぎり四百円近くあることを確認する。腹も減ったが、それよりも暖をとりたい。大通りの横断歩道を渡った向かい側に、立ち食いそば屋があった。遠目で確認するに、客はなく、店員ひとりで暇そうに突っ立っている。がたがたと震える手を抑えながら、私は立ち上がり、信号が青になったタイミングで走り出した。
うまく小銭を取り出せなければ、うまくボタンも押せなかった。やっとのことで「かけ」の食券を買い、「うどん」と告げた。年配の店員は無愛想に、返事のひとつもしなかった。すぐにうどんが茹で上がり、カウンターに取りに行く。大通りに面したガラス張りのカウンター席で、ぼんやりと道路を眺めながら、熱い汁を啜った。汁を啜っていると、三万円を谷野恭平に返し忘れていることに気が付いた。確認すると、財布ではなく、リュックサックのポケットに、裸のままの三万円が捻じ込まれていた。
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