雪の降るよる② ミックスグリルとそば屋の店員

 三万円を使えば、適当なビジネスホテルやカプセルホテルで横になることが出来た。何なら、この三万円はそのために手に入れたものだった。本当ならば風呂にだって入りたいし、こんなしみったれたかけうどんではなく、ファミレスでサラダとミックスグリルが食べたい。こんな雪が降ると世間が騒いでいる日に、誰が好き好んで野宿なんかするものか。そば屋の時計は日付が変わったことを知らせていた。店内に流れるよくわからない演歌に腹が立った。うどんを一本ずつ啜りながら、怒りに打ち震えていると、やがてぐずぐずにのびて、噛む必要すらなくなった。このまま、一気に朝になってしまえばいいのに。朝までの何時間かが、途方もなかった。ちらりと店員の様子を伺うと、やはり無愛想に厨房で何か作業をしている。おそらく、人が好きではないのだろうと思う。口はへの字に曲がりに曲がって、頬の皮がだらりと垂れている。ホームレスの若い女にかける優しさなんて持ち合わせてはいないんだろうな。そう推測する。ファストフード店は、最寄りの店舗は二十四時間営業自体をやめてしまった。充電が切れそうなスマートフォンを取り出そうとして、やめた。この三万円を使ってしまおうか。考えに考え、ぬるくなった汁を飲み干し、そば屋を出た。気温がさらに下がったような気がした。
 ガソリンスタンドから、駅に向かうように歩き出した。コートのボタンを締め、小さくなって歩いた。あてはない。時折吹き付ける風が、無遠慮に前髪の中に入ってくる。牛丼屋の灯りに引き寄せられ、店内の様子を伺うと、一人の客がぱらぱら見えて安心する。私は、そこでやっと自分が心細いのだと自覚した。すると、一気に胸の奥がずんと重くなり、今にも三万円を握りしめタクシーを捕まえたい気持ちになった。
 でもそれをしないのは、谷野恭平のせいだ。ああ、何で私が谷野恭平のせいで、こうも葛藤しなければならないのか。夜はまだまだ長かった。

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